第100話 そして我ら、ここに集う 下
「おっと、おいたは困るぜ、おぼっちゃんよ」
ゲアハルトがアデレードの前に立つ。
「クリス、嬢ちゃんを頼むぜ」
その言葉にクリスは頷き、アデレードを守るように自分の後ろに下がらせる。ゲアハルトは動き辛い上着を脱ぎ、首元を緩める。公爵の手下達が威嚇するように剣を抜き、銀色の刃がシャンデリアの炎にきらりと光る。劇場で遠巻きにアデレード達を見ていた貴族達が悲鳴を上げて、劇場内を逃げ惑い、ある者は劇場の奥へ、ある者は外へと逃げて行った。
「武器もないのに大丈夫ですの?」
「こんな連中、素手で充分だ」
男の一人がゲアハルトに斬りかかってくる。ゲアハルトはそれをひらりと躱し、手刀で男の手から剣を叩き落とす。そして男の腕を掴み、襲い掛かろうとしていた他の男達に向かって放り投げると、避け切れなかった男達がもろにぶつかる。そのまま体勢を崩して縺れるように倒れた。何とか避けた男達も、素早くゲアハルトが後ろを取って首筋を叩いて次々気絶させた。
「まったく、この服借りもんなんだぜ。破れたら困るだろうがよ」
制圧し終えたゲアハルトが服に付いた埃を払うような仕草をする。
「で、お嬢ちゃんどうする? まだあいつが残ってるけど」
わなわなと震えるサウザー公爵を指差し、ゲアハルトはアデレードを仰ぐ。彼女が口を開こうとした瞬間、公爵は逃げ出した。
「あっ」
「おい!」
アデレードとゲアハルトが思わず叫ぶ。だが、公爵は入口から外へ出ることが出来なかった。
「どこへ行くのです、ウルリッヒ?」
劇場の入口から青い制服を着た兵が雪崩れ込んで来る。その兵を指揮しているのは怜悧な印象の若い金髪の男性だった。アデレードにはその男性に見覚えがあった。
あれは……クラウスさん?
マックスと一緒にホテルに泊まりに来た青年だった。
でも、何故クラウスさんが兵を引き連れているの? マックスさんの言っていた協力者ってクラウスさんのことだったの? 確かに、私も会ったことがある、という点ではそうかもしれませんけど……。
困惑するアデレードを他所に、クラウスの連れて来た兵が公爵とその仲間を捕えていく。
「何をする! 俺ではなく、この女を捕まえろ!」
クラウスが冷たく公爵を一瞥する。
「何を勘違いしているのです、ウルリッヒ。私は貴方を迎えに来たのですよ」
「迎えだとっ!?」
「えぇ、貴方は病を患っておいでです。それ故に虚言を繰り返すのですよ。ありもしない事実に基づいてね。これ以上他の方に迷惑を掛けるわけにはいきませんから、病院までお送りしますよ」
クラウスはうずくまるイザベルと彼女を守るように抱きしめる王子の姿をちらっと見る。
「ええいっ、俺は病気なんかじゃないっ。離せ! 俺を誰だと思っている! 離せ、離せ、離せっ!」
口から泡を飛ばし、怒りに任せて拘束を解こうと手足をばたつかせる。そのやせ細った体からは想像もつかないほど激しく抵抗する。クラウスはその様子にため息を吐く。仕方ない、と言わんばかりに兵の一人に目くばせする。すると、その兵は公爵を気絶させた。
「連れていきなさい」
クラウスの指示により、公爵達は劇場から引き摺られるように連行されていった。
「あの、クラウスさん、これは一体……?」
躊躇いがちにアデレードはクラウスに話しかける。
「王族は何も、国王陛下とエーリッヒ王子だけではありませんよ」
クラウスは苦笑した。
「あっ……!」
つまり、クラウスは王族の一人だったのだ。
そういえば、陛下の弟君には3人の御子がいて確か、3番目の王子がクラウス様と言ったような……。
アデレードは愕然としながら呟く。
「どうして今の今まで気が付かなかったのかしら?」
王子はイザベルをゆっくりと立たせる。
「フロイライン・アデレード、リーフェンシュタール伯の言う通り、息災でいてくれて良かった。どうか、これからの人生も貴女に幸多からんことを」
「ありがとうございます、殿下。殿下が真の愛を見つけられたこと、本当に喜ばしく思います。お二人の前途にも祝福が訪れますように。何といっても、愛が全てですわ」
アデレードは優雅に一礼し、劇場から出ていく2人を見送った。
「実は私がリーフェンシュタール領の貴女の許へ行ったのは、エーリッヒに頼まれたからなのです」
クラウスが静かに語り始める。
「彼はイザベルと結婚しようと決めるにあたって、もし貴女が不幸な境遇にいるのなら、自分も幸せに生きる権利はないとね」
「そう、でしたの……」
「優しい方ですよ。ただ、王太子には向かなかっただけで。案外降りることになって、ほっとしていると思いますよ」
「クラウス様……」
「では、私もこれで」
彼はアデレードに軽く礼をして、その場を辞した。
「さぁ、私達も帰りましょう」
アデレードはゲアハルトとクリスに微笑みかける。アデレード達の戦いは終わったのだ。
とりあえず、今はディマを撫でながらゆっくり休みたいわ。
屋敷で待っている愛犬の姿を思い出し、アデレード達も劇場を出ていく。
「いやー、流石、我が女神。素晴らしい悪役っぷり。私の創作意欲もばしばし刺激されたよ。こうしちゃいられない。早速書き始めないと! ねぇ、シュナイダー」
「あぁ、そうだな」
貴族達が逃げ去った後も、芸術家の2人は好奇心からその場に留まり、ずっと経過を見ていたのだった。




