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放課後III



 殺伐とした空気はない。さっきの会話から想像できないほど、私たちの周りの空気は穏やかだった。


 とんとんと会話も弾み、食事だってそれなりに進んでいる。(まどか)は、あとほんの何口かで完食しそうな勢いだし、(あずさ)もアイスがドロドロに溶けてしまう前に、パフェの上の方は食べ切っていた。私のハンバーグも残すところ半分、といったところか。


 あの瞬間が、私と梓の仲を切り裂いてしまう決定的なものになっていてもおかしくなかったのに、今、三人で普通に食事をしている。あの時、私が折れないと瞬時に悟り梓が折れてくれたから、この関係を保てている。それをちゃんと理解しているし、感謝もしている。


 梓の方が大人だったのかもしれないーーと思ったが、口の端に生クリームを付けている姿を見たら、そんなことないなと思えた。私の何倍も優しい人間であることは間違いないが、大人とは程遠い。








「で、誰が最後に教室を出たか目星は付いてるの?」


 パフェの中にあるフルーツをスプーンでつつきながら梓が私に問う。行儀が悪いと円に叱られ唇を尖らす姿は、やはり大人とは言えない。



「部活ある組はとっとと教室出て行くだろうから、普通に考えて帰宅部連中だと思うんだけど……クラスの半分以上が帰宅部だから、さっぱり見当つかない」


「でも、愛海(まなみ)たちのグループは最後まで残ってない? 少し教室で話してから帰るみたい」


「いやいや、円怖いこと言わないでよ。山本(やまも)っちゃんの次は愛海と仲良いグループを疑うの? 仲良いんだよ? 仲良いのにあんなの書かないでしょ! もし書いてたらそんなの……」


 円の発言を梓は慌てて否定しようとするが、言葉に詰まる。梓がその先に言おうとすることが、何なのか分かった。


 心の中にあった疑惑が浮上する。ひょっこりと顔を出したそれは出来れば想像したくないもので、でもこの世界ではよくあることだと、私たちは知っている。



 ーーいじめ。



 もしかしたら、あのグループ内でいじめがあったのかもしれない。客観的に見れば仲良しグループ。だけど、実はそうじゃなかった……のかもしれない。


 想像したくないことだが、全否定出来ない。それが悲しい。


 三人とも口を閉し、嫌な空気が流れ始める。少し周りの温度が下がったように感じ、ぶるりと身震いした。


「ちょっと温かい飲み物取ってくる」


 一度、空気を変えるため席を立つ。私も、と後から二人も続いた。振り返ってみると二人の顔は、強張っているように見えた。


 こんな風にドリンクバーの前に立って無言でいることなんて、今まであっただろうか? 「私が注いであげる!」と、梓が言い出して、円と二人でそれを全力で止めてーーそういうやり取りがお決まりのパターンだったのに。今日は大人しく自分の分だけをグラスに注いでいる。


 





「あれ? 梓?」


 この空気をどうしようかと考えている時に、誰かの一言がそれをいとも簡単に変えてしまった。条件反射のように声のした方に顔を向ける。取り敢えず、ありがとうと言いたい気持ちだった。



美紀(みき)じゃーん! 久しぶりー!」



 あぁ、見たことある。名前は知らないけど、同じ学校の生徒で梓の友達だ。彼女の後ろにもう一人居るけど、梓とは友達ではないようで、興味なさそうにスマホをいじっていた。


 円と目を合わせ、少し梓から距離を取る。何となく気まずいから出来るだけ梓たちの会話を聞かないように、意識をドリンクバーの方に向ける。


 「梅昆布茶にしよう」、「あ、私も梅昆布茶飲みたい」と女子高生らしからぬ渋いチョイスをしている私と円の前で、梓たちは女子高生らしい華やかなトークを繰り広げているようだった。


 口を大きく開けて笑い、時折り手を叩く。完全に自分達の世界に入ってしまっている。飲み物を取りに来た他のお客さんが迷惑そうに梓たちを見て、その横を通り過ぎる。そこのふたり、イエローカード。







「ねぇ、他の客の邪魔になるよ。話すならもっと隅に寄って話しなよ」



 そろそろ声をかけた方がよさそうだ、と口を挟もうとした私よりも先に、その場の空気を切り裂くような声が、ふたりを注意した。熱を持たない無機質なそれは、さっきと比べものにならないくらい、急激に周りの温度を下げる。


 美紀、と梓が呼ぶ彼女と一緒に来ていた女の子は、スマホをいじりながら他人事のように二人を注意したのだ。そして、一度もスマホから顔を上げることなく、「先に席座ってるから」と言って歩き出す始末。友達に取る態度としてどうなの? と思わずにはいられない。


 その彼女と肩がぶつかりそうになり、半歩横にずれた。なんだか彼女の通った後は、そこだけ薄い氷の膜が張ったような道が出来ているように見えて……気のせいなんかじゃなく、本当に温度が下がったんだと思えた。


 そんなことを思いながら彼女の後ろ姿を追っていると、リュックに付けられたキーホルダーが自然と目に入った。弾むように揺れるそれに、あっ、と思わず声が出る。


 シャラン、シャラン、と彼女が足を踏み出すと心地いい音が空気に溶け込む。氷点下まで下りきったこの場所には、不釣り合いな音だった。



 私の声に立ち止まり、振り返る。


 初めて彼女と目が合った瞬間だった。












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