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香典の代わりにラムネとビー玉を ー last message ー





 そこには花があった。花弁にシワが入り、かすかに変色した花が。花は太陽から目を逸らし、項垂れるように地面を見つめている。この暑さなら二、三日手を加えなければ、こうなるものなのかもしれないが、悲しくはない。



 何故なら重心が下がってもなお、花だけは落とすまいとする姿が、とても美しいから。


 きっとこれが、使命を全うしようとする花の姿だ。




 私達はいつもアミのお墓に手を合わせる前に、お墓周りの掃除をしている。私達以外にもアミのお墓を大切にしてくれている人達がいるから、ほんの十分程度で掃除は終わる。



 アミのお墓はずっと陶器のようにつるりとしていて、真新しいままだった。



 花も、頻繁に誰かがお供えしてくれているみたいで、こんな風にくたびれていることがあっても、枯れていることはなかった。



 私は一度もここで枯れた花を、見たことがない。



 掃除を終え、花をお供えする。地面を見つめていた花と、ピンッと姿勢の正しい花が交代する。



「お疲れさまでした」



 この言葉は、元々心の中で呟いていた労りと感謝の気持ちを込めて花に贈る言葉だったが、いつの間にか、口に出すようになっていた。今は私に続いてみんなが、その言葉を口にするようになっていた。



 ーーただ、私は納骨式以来、花をお供えしたことがない。



 あの日もアミに花を贈る気なんて、これっぽっちもなかった。円と梓に付き添った花屋で、どうせここまで来たのだから一輪だけだでもーーと、たまたま目についた花を手に取っただけで、その時は、その花の名前すら知らなかったくらいだ。



 後々、円が調べて教えてくれた。あの花の名前は、トルコキキョウというらしい。私が選んだのはグリーンのトルコキキョウで、花言葉は [ 良い語らい ]。



 フリルのような乙女心くすぐる可愛らしい花びらが何枚も重なった華やかな咲ぶりと、淡く爽やかな色合いが、アミにピッタリだと思ったから私はその花を選んだ。たったそれだけの理由なのに、必然なのだろうか、花言葉もアミに贈るために、その意味を持っていたかのように思えてならない。



 それでも、もうアミに花を贈るつもりはない。あの日だけ、一度きりの、はなむけ。



 左右にある花立に、生き生きとした花が溢れんばかりに飾られた。中央にあるアミの名前が、今も特別なものに見える。アミに花を贈った四人が、一歩後ろに退がる。私は一歩前に出て、アミの名前の前に一本のラムネを置いた。そして、一歩後ろに下がる。



 横一列に並び、暫しの沈黙。誰とも合図をするわけでもなく、初めからタイミングがわかっていたかのように、私達は同時に手を合わせた。



 手を合わせて、目を閉じる。風に揺らされた草木の擦れ合う音だけが聞こえる。



 この瞬間、アミで溢れる。



 もしもアミが生きていればーー



 それは、数えきれないほど想像した世界。どれだけ願い望んでも、決して実現しない世界。わかっている。理解している。それでもなお、夢見てしまう。



 それだけ私にとって、大切な人だった。



 未練がましくしがみ付いていると言われれば、そうだと認めざるをえない。けれど、過去に思い馳せることは悪いことではない。だって、気づきを与えてくれるから。



 その気づきの影響力は、計り知れないものだ。



 何故なら、あの頃ーーアミが生きていた時は想像もしなかった夢を、私は描いたのだから。



 毎日をぼんやりと生きてきた人間が、初めて信念を持って生きようとした。どうすれば夢を叶えられるのか考え、行動に移すことが出来た。



 もちろん解ってはいたが、夢は、簡単に手に入るものではなかった。



 しんどくて、虚しくなる夜があった。思い通りに行かないことばかりで満たされない日々を、散々過ごした。悩んで悩んで、嫌になることも幾度となくあったが、そのお陰で想像力は育った。



 夢が見つかれば、真っ直ぐに進むこと自体は簡単だ。凸凹道でも坂道でも関係なく、ただ、やるだけ。そうすれば、()()離れて行くことはないから。



 そう思うことで、これまで頑張ってこれた。



 一人ではなかった。私だけではなかった。ここにいる全員が、何かを見つけた。それぞれが、それぞれの道に足を踏み入れた。未知の世界は怖いものだと思っていたがーー、



 扉を開けてみれば、素晴らしい世界が広がっていたと、今なら自信を持ってそう言える。



 ここに居る全員が、そう迷わず首を縦に振るだろう。



 口には出さないけれど、伝わってくる。アミの死を……この想いを枯らすわけにはいかないという、ひとりひとりの形の違う愛が。



 ここに居る全員が、本気で生と向き合っている。



 ここに居る全員が、アミから形のない何かを受け取り、それを繋ごうとしている。



 私は証明したかった。



 アミが生きたこの世界が、美しいということを。



「またな、愛海(マナミ)



「今度は拓海(タクミ)も一緒に来るね、愛海」



「またね! 愛海っ!」



「白石、次は年末年始に来るからねぇ」



「また来るね……アミ」



 アミに渡すのは、ラムネとビー玉だけ。それだけで、充分。



 袋から自分の分のラムネを取り出して、アミのラムネと乾杯した。頭に浮かぶのは、美味しそうにラムネを口にするアミの姿。



 私はラムネを一気に飲み干した。



 無我夢中で駆けてきたランナーにでもなった気分だ。身体が、欲している。爽快感が喉を通り過ぎてゆく。勢い余って口元から溢れたラムネが、首筋を流れた。



「なあ、ユイ……」



 背中越しに聞く声は、遠慮気味。山本は一線を超えようとする時、柄にもなく尻込む。私は溢れたラムネを手で拭い、振り向く。真白のように、上品にハンカチを使って拭いたりはしない。



「なに?」



 目を見て話したいのに、山本と目が合わない。右往左往、完全に目が泳いでいる。なんとなく、彼の訊こうとすることは予想がついた。だから、こちらが動揺することもない。山本の性格は熟知している。



「あー、あのさ、何で毎回……ラムネ、なんだ?」



「そんなの、アミがコレを好きだからに決まってるじゃん」



 主張するように空になったラムネの瓶を振る。カラカラカラーービー玉が笑うように鳴る。何処となく、アミの笑い声に似ている気がする。



「……それだけ?」



「それ以外にないでしょ」



 私の嘘はバレないだろう。そもそも全てが嘘ではないからこそ、信憑性が増す。アミがラムネを好きだったのは事実だし、それにこんなことで嘘を付いても、私が得をすることもないから、変に疑われることもない。



 ごめんね。また嘘ついちゃって。でも、全部じゃないから、許して。



 これは、生前のアミが願ったことだから。



 私はただ、アミとの約束を守りたいだけ。



「そっか……そうだよな。それ以外にねぇよな」



 納得しているようには見えないが、納得しようとしているようには見えた。山本の器用貧乏は今も健在だ。こういう所は、昔から嫌いじゃない。



 山本の葛藤する姿に悪いと思いながらも、頬が緩む。同じような表情をした真白と目があって、私はさらに笑みを深くした。そして、ゆっくりとひと瞬き。


 瓶を持った方の手の人差し指を伸ばし、空に向ける。こうすれば無言でも簡単に皆の視線を、誘導することが出来る。



 ここに来た時と、随分景色が変わっていた。



「うっわ! 見て見て! めっちゃ空が綺麗だよ! なんだか夕方と夜のちょうど真ん中って感じ!」



 子供のようにはしゃぐ梓の声。



「おお! やべぇな、これ」



「綺麗ぇ……これ、マジックアワーってやつ? 私、初めて見たかもしんない」



 各々が感動を口にする中、真白だけは口を閉ざし、ただじっと、空を見つめていた。その後ろ姿からは、感情が読み取れなかった。



 しばらく全員で空を見上げていたが、突然沈黙を破るように、梓が走り出した。どうやら墓地があるこの高台を、ぐるりと囲むフェンスの所まで行くつもりらしい。そこまで行けば、街を一望出来るからだろう。



 当たり前のように、円と山本が梓の元に向かおうと、体の向きを変えた。私と真白も一歩を踏み出したが、後ろ髪を引かれる思いがして、私は咄嗟に真白の手を引いた。真白は私のその行動に、不思議そうに首を傾げた。



 立ち止まる私達に気づかず、円と山本は行ってしまう。



 それでいい。



 去って行く二人の背と、引き止めた私を交互に見て、真白は行かないの? という視線を投げかけてくる。うんともすんとも反応を示さない私に痺れを切らした真白は、眉を下げて笑った。この直後、更に真白を困らせてしまうことが目に見えて、心が痛む。



「……納骨式の日、山本に言ったの……これから山本の大切な人になる人は、あいつの中の特別なアミへの感情を、否定したりしない人だって……」



 語尾が震えた気がした。少し肌寒い。でも、きっとそのせいじゃない。

 


「……それが、私だって言うの?」



 高くも低くもない声で、真白が訊く。



 言葉で失敗してしまった分をカバーするかのよに、私は真白の眼を見て、力強く頷く。こんなパフォーマンスでは、納得出来ないだろうか。頭が重い。そのまま視線は、下へ。



 真白は、私の患者ではない。私の、ただの親友だ。言葉をどう紡げば、安心させてあげるだろうか。こういう時ほど言葉の力が必要なのに、まだまだ私は未熟者で……。



「でも、まさか山本よりも想いが深い人だとは……これは山本も、予想してなかったんじゃないかな……私は二人がこうなることを、ちょっと……いや、ちょっとじゃないか、大分望んでた……」



 視線を上げると目の前に居る真白は、眉間に皺を寄せ、それはそれは不服そうだった。



 三人は私達の存在を忘れて、この街の景色に夢中だ。学生のようにきゃっきゃっとはしゃぐ声は聞こえるが、距離がある分、あちらの会話自体は聞き取れない。大した安心材料でもないが、こちらの話も聞こえないだろう。私は話を続ける。



「これはあくまで私の想像だけど……真白は、山本のこと、中学生のころから……」



 そこまで言ってやめた。私が踏み込んでいい領域なのか、今更ながら不安になった。だけど口に出してしまった時点で、一線を越えてしまっている。



 真白の眉間の皺はさらに深くなり、ため息をついた。怒りか、それとも呆れか区別のつかない深いため息に、体が硬直する。今しがたラムネを飲んだはずなのに、喉がやけに渇く。



 怖い。どれだけ時間が経っていても、誰かの本心を訊くのは、嬉しくて、怖い。親しい人なら尚更……。



「そうだよ。アキラが思っている通りだよ……愛海(マナミ)を避けたのも、それが理由。でもね、嫉妬だけじゃないの。二人が上手くいってもいいって思ってた。嘘じゃないよ。愛海を好きになる気持ちは、すごくよく解るから。それでもあの頃は、自分の感情に折り合いがつけれなかった。応援したいのに、なんだか……すごく惨めな気持ちになったの……私はいつも愛海の隣に居たのに……私には、目もくれないんだって……」



「……うん」



 それも、解っていた。なんとなく、解っていた。だから、それを口にさせたくはなかったのに。



「真白っ、あのね、違うの! 真白のこと責めてるんじゃなくて、私は……!」



 そう、私は真白を責めてるんじゃない。誤解を解く必要がある。真白の手を握ろうと腕を伸ばすと、真白が私の手を迎えにきてくれた。きゅっと、ラムネでベタついた手を、真白の両手が優しく包み込む。



 ああ、どうしよう。真白の綺麗な手を汚してしまう。そう思った瞬間に、真白の両手から自分の手を引き抜こうとしが、真白はそれを許してはくれなかった。



「解ってるよ。全部解ってる……今まで訊かないでいてくれて、ありがとう。アキラは気づいてるって思ってたから、驚きはしないよ。それにね……ざまあみろ! って思ってるの。(アキラ)君に」



 努めて明るい真白に、私は戸惑う。ざまあみろなんて言葉、真白の口から聞いたことない。



「彰君より、私の方が愛海のこと大好きなんだから。彰君より、私と愛海の関係は深いんだから。それに、愛海は私のこと……『ずっと好きでした』なんだから……」



 息を呑んだ。真白に、愛海の姿が重なる。



「真白……」



 私達は、答え合わせをしていない。あの日、それをしなかったのは、あの日の真白を見て、する必要がないと思ったから。しなくても、きっと私達は同じ答えに辿り着いていると思った。



 ーー思ったとおりだった。



「嬉しかった。めちゃくちゃ」



「……うん」



「ずっと好きでしたって、すごくシンプルだけど、そんなこと言われる人生ってなかなかないよね?」



「……う"ん」



「愛海だったから……嬉しかったの」



「う"ん……」



「…………ねえ、アキラ…………どうしてアキラが泣きそうなの?」



「だってーー!」



 気づかなくていいとアミは記していたけれど、私には気づいて欲しいと、記しているようにみえた。だから、わざわざあの八行を、アミは真白に遺したんだ。



 私達は深読みし過ぎた。深読みし過ぎたせいですぐには気づけなかった。もしかしたら、それすらもアミの計算だったのかもしれない。



『解けないうちは自分のことを忘れられない』



 そんな風に思ったんじゃないだろうか。



 馬鹿だ、アミは。


 アミは報われなかった。報われないまま、逝ってしまった。でも、決して無駄な人生ではなかった。それは真白によって証明された。



 今更、なんかじゃない。遅くなんてないんだ。



 アミは、ちゃんと報われた。



 最期に伝えたかった想いが、ちゃんと真白に届いていたから、これ以上はないはずだ。そう思いたい。



「アキラ、もうやめにしよう」



 真白が、泣きそうな顔で微笑んだ。



「やめにしよう。愛海のことで泣くのは、もう……やめにしよう。愛海が、悲しんじゃう」



 真白のためかアミのためか、それとも自分のためかわからぬまま、下唇を噛んでとにかく涙を堪えた。



「私達は、今を生きているから。だから過去を、悪いことばかりを思い出して泣くのは、もうやめようよ。泣いてばかりいたらさ、なんか、愛海が呪いみたいなっちゃいそうじゃない? 私、そんなの絶対に嫌だよ。愛海を呪いになんてしたくない。愛海は、いつだって……いつだって、綺麗だったんだから……」



 ーー私は人に[ 大丈夫 ] を差し出せるような人間になりたかった。



 あの日から、ずっと。



 不条理に降り注ぐ不安や恐怖、苦悩から誰かを守り、それ以上悲しみに暮れないように。



 例え悲しみを止ますことが出来なくても、傘のように覆い被さり、苦しみから遠ざけてあげられる人間になりたかった。これから出逢う人達に、アミの傘のような青空を見せてあげられる人間に、なりたかったんだ。



 でも、全然ダメだ。どれだけ勤勉になっても、どれだけ経験を積んできても、なりたかった自分には、なれていない。なれる自信もない、ダメダメな人間だ。



 今だって、ほら、私の方が救われている。



「私達は、一生愛海のことを忘れない。それで……それだけでいいんじゃないかなって、最近思えるようになってきたの。何も気づいてあげられなかった自分を許すことは出来ないけど、これから出来ることがある……だってさ、私達は生きてるから。アキラだって出来ることがあるかもしれないって思ったから、今、()()()にいるんでしょう?」



 唇を強く噛んだけど、涙が溢れた。



 ラムネを拭った手は、ベタついている。でも、気持ち悪くはない。



 微弱ながら根気よく続けて来た甲斐あって、罪悪感は消えなくとも、積み重なった小さな一滴が、数年の歳月を掛けてそれを削り続けた。



 もちろん、アミへの想いが薄れたわけじゃない。むしろ、アミへの想いは、年々膨らんでいる。



 真白と同じだ。アミのことを一生忘れない。それでいい。それだけで、いい。



 ずっと誰かに、そう言ってもらいたかった。



「……真白、ありがとう……アミに出会えなかったら、私は絶対にこの道を選んでない。きっかけはアミだった。綺麗事だと言われても、少しでも、誰かの人生を豊かにしてあげたいと思ったんだ……アミのお陰で、私は今をしっかりと生きられてる。私も真白と同じだよ。アミに憧れてた。今もまだ憧れてる……」



 だから、大丈夫。



「アミがね、期待してるの、未来に。だから……私、ちょっとでもアミが期待した未来に近づける

ように、頑張んなきゃいけないんだ」



 そう言って笑ったら、また涙が流れた。でも、これは悲しい涙じゃない。



 真白が笑った。私は少しだけ泣いて、笑った。



 涙を拭う。



「……私達も行こっか」



「うん」



 私と真白はゆっくりと歩み、三人の元まで行く。



 輪に加わって、五人の肩が並ぶ。



 ああ、違う。


 

 きっと今、六人の肩が並んでいる。



 キャップを回し、ラムネの瓶からビー玉を取り出す。私はビー玉を持った腕を高く上げ、空にかざした。片目を閉じて、ビー玉を覗く。



「何やってんの、ユイ」梓の呆れた声が、いつかの自分と重なる。









 随分昔になる。アミに全く同じ言葉を、投げかけたことがある。








『今って、キャップを簡単に外せるんだね。子供の頃はビー玉取り出せなくて、悔しい想いしたなあ』



 そう言いながら、アミはラムネの瓶のキャップを回して、中にあったビー玉を取り出した。飲み干したばかりのラムネ。当然ながらビー玉は濡れたまま。



『それ、取り出してどうするの?』



 答えの代わりに、アミはニカッと歯を見せて笑った。そして、今日のような空にそのビー玉をかざして、覗き込んだ。



『何やってんの?』



『んふふー、アキラもやってみなよ』



『やんないよ』



『またそういうこと言うー……ねね、アキラ知ってる? ビー玉がどうしてビー玉っていうのか』



『知らないし、そんなこと考えたこともない』



『あのね、球状に歪みがあって……まあ簡単に言うと不良品のものをビー玉って言うんだって。だからラムネに入ってるこのガラス玉は、実はエー玉っていうの……でも、この説は正しくないらしい』



『はあ? 何それ』



 アミはニヤリ、と挑発するような笑みを浮かべ、細くなった目で私をとらえる。



『ってゆーか、どうでもいいと思わない? そんなこと。不良品だとかどうとか。だってさ、子供の頃ワクワクしたでしょ? 瓶の中に入ってるだけの、ただのガラス玉に。なんの変哲もないただのガラス玉を、無性に手に入れたくなったでしょ? だからさ、こんなに綺麗なんだから、例え歪だとしても……私はこれを不良品だなんて思いたくない……!』



 どうしてこんな話をしたのか、今ならわかる。あの頃アミは、自分のことを歪だと思っていたんだ。



 自分は、人とは違うと。



 人とは違うーー歪で、不良品。



 例え歪だとしても、自らを不良品だとは認めたくないと葛藤して、アミは気づいたんだ。



 認められる必要などない、と。



 アミはアミのままで、そのままで、価値があると。そう言い聞かせて、自分を欺こうとした。そして、欺き通すことに耐えられなくなった……。



 絶望を味わい、理想を描き、希望を持った。



 未来が、少しでも輝くようにーー祈りながら、託した。






『アキラ……アキラはいつか絶対、こうして世界を見たくなるよ』











 ーー随分、昔の話だ。







 フェンスに肘をついたまま、街を見下ろす円。



 私の返答を、今か今かと待つ梓。



 山本の隣に立つ真白。



 その真白の肩を抱く、山本。



 人差し指と親指だけでつまめる、小さなビー玉。光が乱反射したビー玉から覗く世界は、それはそれはーー



 ううんーー



 わざわざ覗き込まなくとも、この世界はきっと、私達が思っているよりも、



 ずっと、ずっと、美しい。



「ねえー、本当に何やってるの? ねえ、ユイってば〜」



 梓の手が肩を揺さぶってくる。私はビー玉を持った腕を目線の高さまで下ろす。



「梓知ってる? ビー玉がどうしてビー玉っていうのか」



「えっ、え〜? ……あれ? なんか似たようなこと、前に話したことなかったっけ?」



 梓は円に視線を投げかけ、確認する。円は少し考える素振りをみせてから、ぱっと顔を上げた。



「ああ! そういえばそんな話したことあったような……確かあの時は……どうしてビー玉がラムネの中に入ってるか、じゃなかった?」



 円は当時の会話を、断片的に思い出したみたいだ。



「そうだった、そうだった! そんな話したね!

で、結局…………あれ? なんだったっけ?」



「いや、絶対思い出せてないじゃん」



 どっと笑いが起きる。



 あははっーーと懐かしい笑い声が、すぐそばで聴こえた気がした。



 思い出の中で、アミが笑った。


 

 私の大好きな笑顔が、ここにあった。



 私が梓の背中を押すと、「待って、まだ終わってないよ!」と、梓が抗議してきたが、円も梓の背を押したことで、大人しく歩き出した。



「飯、行くだろ? 俺、拓海迎えに行って来るわ。(あと)で合流しよーぜ」



「私も行く。みんな先にお店の方に行ってて。私達、拓海を迎えに行ってから行くから」



「だったらみんなで、たっくん迎えに行こうよ。たっくん、大きくなってるんだろうなあ。梓お姉ちゃんのこと、わかるかなあ?」



 いつの間にか前後が逆転し、梓が円の肩に両手を置いた列車ごっこスタイルになっていた。円は特に気にする様子もなく、その状態を受け入れている。友達というよりも、二人が姉妹に見えてきた。



「梓お姉ちゃんって、刷り込まないの。たっくんから見たら立派なおばさんだからねぇ、私達」



「ばっか、円! 今のうちにお姉ちゃんで通しておかないと、後悔するよ!」



「なんの後悔?」



 また騒がしくなってきた。でもアミの笑い声は、もう聴こえない。



「もうっ、くだんないこと言ってると、アミに笑われるよ。ほら、行こう。夜がもうすぐそこまで来てる」










 みんなが先に階段を下りて行くのを確認してから、もう一度アミのお墓の方へ振り返った。

 


「アキラ、行くよ」



真白に呼ばれて「うん」と返したが、なんとなく、アミに呼び止められている気がして、すぐには動けなかった。真白以外のみんなの足音が、遠くなっていく。



「アキラには、なんて遺してたの?」



 隣に並んだ真白の肩が、もたれかかるように私の肩に触れる。



 すぐになんのことを訊いてるのか、わかった。



「アキラにもあったんでしょう? そろそろ教えてよ。私だけ教えるのは、フェアじゃないよ」



 アミと二人で撮った写真が脳裏に浮かぶ。写真の裏には、たったの一行。わがままなアミの要望が書いてある。



 アミが言った。



 ーー花束なんていらないから。



 ーー私達だけがわかり合えるものをちょうだい。アキラからは特別がほしい、と。



 アミがそう言うから、私は花束でも香典でもなくて、私達だけが解り合えるものを贈ったよ。



 そして、これからもアミに贈り続ける。



「んー? ふふ、秘密っ!」



 ビー玉を右の手のひらで、握りしめる。自分の体温が移ったビー玉は、手によく馴染む。



「ずるいよアキラっ! 教えてよー」



「嫌だねー!」



 風が、優しく肌を滑って行った。



 たった一行。



 わがままなアミの要望。



 写真の裏にはーー





『香典の代わりにラムネとビー玉を』






 たった、それだけ。



 私とアミだけが、わかり合えるものだった。



 それだけで、充分。



 アミらしい最期の言葉だ。


 

 夕暮れとラムネの香りが、真横を通り過ぎる。



「真白、早く早く! 置いてかれちゃうよ!」



 階段を駆け下りる。



 もう、振り返らない。



「待ってよアキラ! ずるいって! ねえ教えてよ!」



「絶対っ、教えなーい!!」



 私達だけの秘密。



 私達だけの約束。



 もう一度、ビー玉を空にかざしてみた。



 乱反射していた光がひとつにまとまり、光の束になる。



 空には、一番星が光っていた。





 やっと、わかった。





 世界がほんの少し、変わったーー。










    香典の代わりにラムネとビー玉を




         ー 完 ー


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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