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香典の代わりにラムネとビー玉をⅡ





 納骨式は30分程度で終了した。



「みなさん、今日は本当に愛海のために時間をつくってくれて、ありがとう。友人に見送られて、愛海も、喜んでいると思うよ」



「ここだけじゃなくて、また家の方にも来て下さいね。愛海も嬉しいと思うわ。……愛海だけじゃなくて、私達も……とても、嬉しいから」



 お父さんとお母さんが、最後に頭を下げた。私達もしっかりと、それに応えるように頭を下げた。みんなの影が、一列に並んでいた。



 墓に背を向け、歩き出す2人。その歩みはゆったりとしていた。身体が、心に合わせていたのかもしれない。アミから離れてしまうことを、惜しんでいるように見えて、私は目を伏せた。



 だが次に見た時に、並ぶ2人の間に妙な空間があることに気がついた。人、ひとり分の隙間だ。



 アミの場所だーーそう思った。



 そこはきっと、アミの場所だったのだろう。これまでも、そして、これからも。痛いほどの、アミに対する2人の愛情を感じる。



 小さくなってゆく背に、かける言葉はなかった。



「じゃあ、私達も行くね。また、学校でね」



「うん。また、学校で」



 萌香(もえか)達とも、ここでお別れをした。呆気ない挨拶だったが、私達はこれでいいんだ。



「ーーさてとっ! 私達も行きますかっ!」



 この場に残った4人に、梓が声を掛ける。声掛けと共にお腹に手を当てて円を描く、空腹アピールを。円と山本がその仕草に反応を示し、私も無意識のうちに、お腹に手をやっていた。動作とは裏腹に、あまり空腹は感じていなかった。



「衛藤さん、元気かなあー。ユイもしばらく会ってないんでしょう?」



「うん、バイト辞めてからは一度も。半年ぶりくらいになるのかな」



「今日行くって連絡してないんだよね? 今回は私と梓だけじゃなく、真白ちゃんと山本も居るし、衛藤さん、驚くだろうねぇ」



「ユイ……お前どんだけ友達少ないと思われてんだよ」



「うっさいわ」



 納骨式のあと、そのままご飯を食べに行こうと、このメンバーで決めていた。突然顔を出しても店に迷惑を掛けることもない時間帯だから、衛藤さんには連絡を入れていなかった。なんとなく、連絡しづらかったこともある。



「俺ら階段下で待ってるからよ。ユイ、鯨井のこと、任せたぞ」



 名残惜しそうに、まだアミの墓の前に立っている真白(ましろ)を一瞥した山本は、円と梓に声を掛け、階段の方へと誘導した。



 山本は真白との距離感を、いまだに掴めていなかった。『好きな人の親友』という立場の落としどころが、わからないのだろう。元々、避けられているようだったし。



「山本!」



 すでに背を向け歩き出した山本を、呼び止める。「んあ?」とマヌケな返事をし、こちらを向いた。気を利かせてくれた円が、ごく自然な流れで山本に代わり、梓を連れて階段下まで誘導して行った。



 2人で話すのは久しぶりで、「あー、あのさあ……」妙に緊張する。



「色々、難しく考えなくていいと思う。真白は、山本のこと、嫌いとか苦手とかで避けてたわけじゃないと思うから」



「……あー、そうか。……そうか? そうなのか?」



 全く納得していない様子。というか、さらに困惑させてしまったかもしれない。こんな時、どんな言葉を使えば、伝わるのだろうか。



「真白も戸惑ってるんだよ。でも、山本との関係をちゃんと築きたいって思って、頑張ってる。……似てるよ、ふたり。……そう言われてもピンと来ないかもしれないけど、私から見れば、どっちも不器用で、似てる」



「だったら……俺は、どうすればいいと思う?」



「どうもしなくていいと思う。山本がこれ以上を望むのなら動けばいいし、望まなくても……望んでいなかったとしても、1年後も、2年後も、10年後だって、こうしてここにみんなが集まるから。約束なんかしなくても、みんなが必ずここに来る。それだけは、山本だってわかってるでしょう?」



 返事はない。山本の視線は足元に。右足つま先がトントンとドアをノックするように、コンクリートを打ち鳴らす。



「そう、だよな。よかった……。俺だけそうなるって思ってるのかもしれねえって、不安だったんだよ」



 私は伸びて邪魔になった髪を、耳にかけた。



「俺だけじゃなかったんだな。これから先も、何年経っても、みんな……愛海のこと、忘れたりしねえよな?」



 そんな不安そうな顔、しないでよ。



「少なくとも、私はそうだよ。鯨井さんも、梓も円も、萌香達だって、絶対にそうだよ。今日ここに来た人達の、これから先の人生にも、アミは居るんだよ」



 山本は、ほっと胸を撫で下ろした。情けなく、抱きしめてやりたくなる顔を、見せる。



「最低だと思われるだろうけど、俺さ、この先誰かを好きになって、家族になって、そんで家族が増えてって……そうなってもさ、ずっと、ここに通い続けると思う。愛海のことずっと、ずっとずっと、大切なんだと思う」



 未練たらしいよな、最低だよな。



 小さな声で、自分を責めていた。



 本当に、あんたってやつは……。



「はあ……。馬鹿らしい。本当馬鹿だよ。……いーじゃん、アミのこと大切に思い続けても。だって山本は、言えなかったんだから。アミに……ちゃんとフラれてないんだから。……忘れることなんて、出来るはずがないよ。でも、それは決して恥ずかしいことでも、悪いことでもないから」



 消えないのが後悔だから。亡くなってしまった想い人を、綺麗な思い出だけでは片付けられない。山本が純粋にアミを想っていたのなら、尚更。



 山本がこれから大切だと思える人は、人生のパートナーとなる人は、きっと山本の中の、特別な感情を責めたりはしない。「いってらっしゃい」と、清く山本のことを送り出してくれると、私は思う。



 山本彰という人間が、とても真っ直ぐに生きているから、信じてくれるはずだ。



 私も、信じている。



「……なんか、お前にそんなこと言われると、変な感じする。なんだろ、ウズウズ? ムズムズ?」



「ウズウズは違うでしょ。ああ、それと、人のことを『お前』呼びする人は、人としてどうかと思う。気をつけた方がいいよ」



 山本は笑いながら、「悪りぃ悪りぃ」と繰り返した。全く反省していない。前と変わらない軽い謝罪に、正直うんざりする。



「悪かったって、そんなに怒んなよユイ。でも、お陰で本当、吹っ切れたわ! 俺、じいさんになっても、愛海に会いに来る。気持ち悪りぃって周りから言われても、どーでもいいや、そんなこと。もうさ、恋愛感情とかじゃねえんだよ、これは」



「これは」で、拳が胸を叩いた。



「うん、そだね」



 私達のこの感情は、恋愛感情ではない。



 そのことに気づいた山本が、鋭いのか、鈍いのか……頭を抱えたくなる。せめてもの思いで、あの子の代わりに、山本の肩にグーパンをお見舞いしといた。



「痛えな! なんだよ、急に」



 文句垂れる山本を無視して、私は盛大に笑ってやった。



「うっさい、馬鹿! そんなんだから、真白に避けられるんだよ」



「はあ! 何だよ、それ! どーゆう意味だよ! おい、ユイ!」



 まだまだ文句は続きそうだったが、私は聞く耳を持たなかった。一度だけ振り返り「自分で考えろ! バーカ!」、それだけ言ってやった。諦めて歩き出した山本の足音を聞きながら、真白の元へ向かった。



 せいぜい悩め馬鹿野郎、と心の中で毒づいて。











「……真白」



 表情を確認出来ないまま、真白を呼ぶ。隣に立ち、アミの墓を見る。



 不思議な感覚だった。



「不思議なんだよね」



「えっ」



 一瞬、心の声が漏れたかと思った。私と同じように、真白も説明出来ない何かを、感じているみたいだ。



「遺骨が納められる瞬間に立ち会った。なのに、今この瞬間、アミがここに眠っているとは思えないの。……でも、愛海は " ここに " 居るんだよね」



 真白の問いは、どういう意味だろうか。



「……うん……だって……」



「……ふふっ。ううん、違うの。そういう意味じゃなくてね。……お墓にいるってことじゃなくて……愛海はたぶん、今ここに居て、私達のこと見てるんじゃないかな、って」



 あっ……。



「そっか……それだ……。そうだよ、それだよ。不思議に感じたのは、そのせいだ。アミは、ここに居ないけど……ここに " 今 " 居るんだ」



 うわっ、と同時に声が上がる。「そうだよ」、「だよね」と、会話が成り立っていないはずなのに、どうしてだか2人にはその感覚が、「解る」のだ。


「アキラ」、「真白」と呼び合う私達を、今、すぐ近くでアミが見ている。そんな気がしてならなかった。



 私達が友達になったことを、誰よりも喜んでいるのは、アミなのかもしれない。



 アミなら、こう言う。



『大好きな友達同士が大好きになってくれるなんて、超ハッピーじゃん!』



 ってーー。



 図られていたのかな? 私が真白を探し出すことを。こんな風に、同じ人を想い、悩む私達をアミは予想していたのかな? 変な縁だけれど、一緒にいる私達を、アミは、見透かしていたのかもしれない。いや、もしかしなくても、全部アミの狙い通りに事が……。



 あのメッセージは、人生を賭けたアミの、最期の博打。



「アミは策士だったかあ……。あー……やられたあ……」



 焼香の煙が揺れながら、空へ昇ってゆく。上に行けば行くほど、煙は薄くなり、ほとんど透明になった。視線を下に戻せば、鮮やかな花束が目に映る。



 花など要らないと、アミは言った。



 しかし、この色とりどりの、みんなの想いの詰まった花束に囲まれた光景を見ても、そう言い切れるだろうか? 喜ばずにいられるだろうか? とびっきりの笑顔で嬉しいと、そう、アミは絶対に口にする。そういうやつだ。



「ねえ、アミ……今、どんな気分?」



 しゃがみ込み、墓と目線を合わせる。返事はないとわかっていても、言ってやりたかった。全部あんたの思い通りになんて、してやらないんだから。みんなの想いを、ちゃんと受け取れ。



 頬杖を付き、黙って「白石愛海」の文字を見つめる。真新しい墓は、陶器のようにつるりと滑りが良さそうで、無駄に光沢がある。17歳という若さで生涯を終えた、アミを表現しているようだった。



「アキラ……私との約束、覚えてる?」



 立ったままの真白が、ぽつりと呟く。私もそのままの体勢で、「覚えてるよ」と返す。



 約束とは、8行の謎のメッセージの意味のことを、指しているのだろう。



「……わかったの?」



 私の視線は、墓に向いたままだ。真白のローファーがじりっと、音を立てる。真白もしゃがみ込んだ。肩が触れた。



「ーー答え合わせ、しようか」



 顔を横に向けると、真白は微笑んで墓を見つめていた。



 答え合わせなど、必要ないようだった。



「愛海は……愛海は、私のこと嫌いになったんじゃなかったんだね。むしろ、大切に思ってくれてた」



「……うん」



「聞きたかったなあ、愛海の口から……」



「言えなかったんだよ。言いたかったけど、言えなかった。真白の思う好きとは、意味が違うから」



「うん、わかってる……。でもね、やっぱり聞きたかった。……気持ちには応えられなくても、愛海の想いに、ちゃんとありがとうって、返したかった……」



 言葉は人の特権だというのに、人間はどれだけ長く生きていようとも、それを上手に使えない人がほとんどだ。



 たったひと言。その言葉があれば、すれ違い、離れることもなかったのかもしれない。そんなことを言ったところで後の祭りだが、もしかしたら、2人には違う未来があったかもしれないと考えてしまっても……それは仕方のないことだろう。



 離れ離れは、寂しいもの……。



 でもーー、



 立ち上がり、辺りを見渡した。誰もいない。けれど、アミがきっとここに居る。



「真白……アミに、伝えてあげて。真白の気持ち、アミは聞いてるから。誰よりも、真白からの言葉をアミは望んでる」



 私の言葉に、真白は笑みを深くし、頷いた。2人の会話を聞くのは、野暮だ。そっと、その場から離れる。



 ーーアミ、伝わったよ。



 深く息を吸う。目を閉じて、アミに語りかける。



「真白に、届いたよ」



 非日常的な香りが、全身に染み渡る。とても、安心する香りだ。




 私は、大丈夫。




 大丈夫。




 大丈夫。




 生き方は、もう、決めた。




















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