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香典の代わりにラムネとビー玉を






 アミの秘密は、誰にも話さない。



 これだけは、この秘密だけは墓場まで持って行く。



 この秘密は私とアミと、それとーー。








 早いもので、アミが居なくなってしまったあの日から、1年が経過していた。



 例年に比べこの1年は、四季をまともに味わえなかったように思う。じっくり景色を眺めることも、何かを手に取って観察することも、目を閉じて香りや音を楽しむことも、形だけで、どれも心の底から堪能していない。そんなことに時間を使おうとは、思えなかった。



 心の余裕がなかった。



 味気のない、簡素な1年。



 じっくり玩味したのは、アミのことだけだろう。



 この先、『高校2年生の自分』を振り返る時、その時に思い出されるのは、紛れもなくアミのことばかりなのだと思う。



 悲しくて、悔しくて、やるせない。高校2年生の私。



 嬉しくて、満たされて、愛おしい。高校2年生の私。



 そこにいるのは、安寧とはほど遠い私だ。



 思い出す度に、この両極端な感情も蘇る。今は、それがいいと思えている。どちらも今の私を形成する、大事な感情だから。





「ユイ、(あずさ)どうする? やっぱり無難に菊にする?」



「うーん……愛海(まなみ)……じゃなかった、アミの好み知らないからなあ。どうしよっか、ユイ」



 2人が困った、という顔を向けてくる。



「そうだなあ……ってゆーか梓、無理してアミ呼びしないでいいって言ってるでしょう。逆に気になるから、やめて」



「えへへっ、だよね。愛海のことアミって、なんか慣れないや」



 悪びれもせず、梓は笑って言う。隣で円も笑っている。私はため息を吐いた。



 ひとつ学年が上がり、高校生活最後の年を私達は過ごしている。



 クラス替えでバラバラになってしまった、梓と円とは、こんな感じで相変わらず仲良くやっている。



「やっぱりアミ呼びは、ユイだけの特権だねぇ」



 しみじみと呟く円を無視して、私は目の前にある花をじっくりと観察した。花弁が、鮮やかに色づいていた。円は構わず続けた。



「ずっとさぁ、気になってたんだよねぇ。ユイは白石のことを「白石」って苗字だけで呼んだり、「白石愛海」ってフルネームで呼んだり、呼び方に統一性がなかったからさぁ。普段から「アミ」って呼んでたら、そりゃそうなるよねぇ」



 鋭い分析に「うっ」と、喉が鳴く。



「……そんなに違和感あった?」



「いやぁ、どうだろう。私は気になってたけど、梓と山本は気づいてないと思うよ? 本当にちょっとした違和感だったから」



「私は全然気にも留めなかったよ。言われてみれば、そーだったかも! ってなったけど。そーだったかも! って程度で。円は鋭すぎでしょー」



 花を見ることをやめ、苦笑いで2人を見る。



「確かに、呼びにくかったんだよね。ヘタしてアミって呼んじゃったらどうしようって、すごく気をつけて名前を呼んでた。苗字かフルネームかなんてところまで、頭回らなかったよ」



「それだけ愛海のことに、必死になってたってことだよ。ユイは、守りたかったんでしょ? 愛海のこと。結局さ、どうして愛海がああいう選択をしたのかは、教えてもらえなかったけど……それも、愛海のことを守るためだって、わかってるから。私も、円も。あっ、ついでに山本っちゃんも!」



「山本はついでなんだ。かわいそっ」



 アミとアキラの関係を明かしてから、私達の間では当たり前のように、アミのことが話題に上がっていた。それぞれの、アミとの思い出を共有し合い、話に花をさかせている。



 私も、私とアミとの思い出話を、惜しみなくみんなに披露していた。



 たったひとつ、



 アミの秘密以外は、だが。



 円と梓と山本と、萌香達に。みんなが知りたくて、一緒に探し続けてくれていたのに、私は、肝心なことを話さなかった。



 共有するはずだったのに、



 約束を、破った。



 手紙を読むことで、アミが、アミのことを話してほしくないと望んでいることがわかったから、私はアミの秘密を、守らなければならないと思ったのだ。それが私の、使命だと。



 アミの気持ちを、汲んでほしいーー。



 伝えると、みんなが納得してくれた。それだけしか伝えられなかったのに、ありえないほど、清く。



 今でもその時のことを思い出すだけで、涙が出そうになる。みんなの優しさに、胸が締め付けられる。私だけが真実を知っていることが、申し訳なくて……。



 それでも、これからも起こったこと全てと向き合って、逃げずに生きてゆきたい。


 

「私、これにする」



 花を、一輪だけ手に取った。「えっ」と困惑気味に呼び止める声に耳を貸さずに、デニムのエプロンをした店員さんに、声をかける。



「あの、すみません、これ……一輪からでもいいですか?」



 ぱっ、と花を咲かせたような笑顔を見せたあと、「もちろんですよ」と店員さんは両手で丁寧に、私の手から花を受け取ってくれた。



「ラッピングしてきますね」



「あっ、いえ……そのままで。そのままで、お願いします」



 店員さんは、不思議そうに首を傾ける。



「そのままがいいんです」



「……はい。わかりました。そのままで、ですね。少々お待ち下さい」



 店員さんの背中を見送る。



「いいの? 包んでもらわなくて」



 小声で円が言った。



「うん、いいの」



 あの花は、あのままがいいんだ。








 花屋を出て、墓地まで向かった。集合時間まで余裕があったが、私達が来たときにはもう山本達は到着していた。



 山本がいち早く私達に気づき、片手を上げる。



「おー、こっちこっち」



「山本っちゃん、流石、早いね」



「ったりめーだろ。こんな大事な日に、遅刻なんかしてられっかよ」



 山本はもう、悲しそうに笑ったりしない。



「山本、私達よりも先に着いてたんだよ。超気合い入ってる。学校が休みじゃなかったら、絶対サボってたよ、あいつ」



 耳打ちしてきたのは、萌香だった。千佳と奈津希も少し離れたところで談笑していたようだったが、私達に気づくと手を振ってくれた。



 この3人も、この1年の間に着実に笑顔を取り戻していた。



 平等に進む時間に、私達は必死にしがみついて毎日を生きてきた。涙を流したことも、言い争ったことも、疑心暗鬼になったことも、悪いこと全てに意味があった。だから、今もこうして立っていられる。



 失ってしまったものは大きすぎて、他の何かでは決して埋められないけれど、そこで得たものがある。例え釣り合いが取れていなかったとしても、得たものを、否定したくはなかった。



 友達ではない。けれど、私達はまたこうやって自然と集まり、これから先もこの関係が続いていくと、誰も、何も言わないけれど、それだけはわかっていた。



 待ち時間を適当に過ごしながら、何度も時間を確認した。落ち着いているように見えて、みんながそわそわ、うわの空状態だった。



 無理もない。今日はとても大事な日なのだから。



「アキラ!」



 名前を呼ばれたことで、予定時刻になったことを知る。振り向くと、声の主は胸の位置で控えめに手を振っていた。



 この世で私の名前を呼ぶ人は身内以外に、たった2人しか存在しない。



「真白! お母さんも、お久しぶりです」



 真白のあとに、アミの両親が並んで歩いて来た。



「久しぶりね、ユイさん。みんなも今日は、愛海のために集まってくれてありがとう」



「いえ、こちらこそ身内でもないのに、大切な日に立ち合わせてもらって……本当にありがとうございます」



 あの頃とは比べ物にならないくらい、アミのお母さんの顔の血色は良くなっていた。痩せていた頬にも肉が付き、とても健康的に見える。



 この1年を、しっかり生きてきた証だ。


 

 お父さんの腕には、骨壷が抱えられている。



 私は心の中で、その骨壷に話しかける。



「アミ、久しぶり」と。



 あの日から1年。



 アミの、命日。



 一周忌。



 それは、アミをお墓に埋葬することを意味していた。 



「……みんな、行こうか……」



 お父さんの声に、みんなが静かに頷いて歩き出す。



 空は、晴れ渡っている。「さよなら」をするのに、うってつけの天気だった。







 アミがこれから眠る場所には「白石愛海」と、アミの名前が彫られていた。ただ、それだけだった。そこに、それぞれが持ち寄ったお供え物と、花を並べる。



 綺麗に着飾った花の束の中に、一輪が混じる。花束の横には、ラムネとビー玉を。人の目には、見窄らしく、非常識に見えているのかもしれないが、私がそれらを添えても、口を出す者はいなかった。



 いよいよ納骨式が始まる。



 墓石の下、納骨室と呼ばれる場所に、骨壷がおさめられる。



 これで、本当にアミとはお別れなんだと思うと、穏やかな気持ちだけでは、いられなくなった。下唇を噛む。手を握りしめる。この痛みで悲しみを、コントロールしてみようと試みてみたけれど、効果はなかった。


 

 視界がぼやけてきたころ、ビー玉がきらりと光った。木漏れ日に合わせて、きらり、きらり、光が揺れ、目をくらます。



 アミの笑顔を、思い出さずにはいられなかった。



 読経が始まり、ひとりずつ焼香を行う。情けない顔で、山本が手を合わせていた。私も、人のことを言えないくらい、顔がぐちゃぐちゃだ。



 順番が回ってきて、アミと一対一で向かい合う。ビー玉がずっと煌めいているのを、目に焼き付けて、瞼を閉じた。

 


 ずっと、言葉を探していた。アミに送る言葉を。……だけど、私たちの間に、言葉なんて必要なかった。私がアミに送るのは、綺麗な言葉でも、両手いっぱいの花束でも、昔ながらのしきたりでもない。常識にとらわれない生き方を、二人で探したのだから。



 たどり着いた答えが正解か不正解かわからないけれど、二人ならば、これが最上だと思えるものがあった。





『私が死んでも、花束なんていらないから』



『だったら、何がほしいの?』



『それはあきらが決めて』



『えー、それ、すっごい困る』



『あははっ! 大丈夫。アキラはわかるはず。私が何を望んでいるか。私たちだけがわかり合えればいいものを、ちょうだい。アキラからは特別がほしい』



 無茶苦茶なことを、アミは要求するんだから。それに応えなきゃならない、こっちの身にもなってよ。



『約束だからねっ!』



 瞼を閉じても、煌めいている。



 息を吸って、アミにだけ届くように囁く。



 ーーアミ、約束、守りに来たよ。










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