放課後II
注文した料理が運ばれてくるまでの間、くだらない話をした。ドラマや映画の話に友達の話、芸能ニュースとか本当にどうでもいい話を。何度も話の内容は変わったが、彼女の名前はまだ出て来ていない。そのことにまたひとつ積み木が積み重なる。
円や梓にとっては、それこそ彼女のことはどうでもいい話なのかもしれない。特に仲がよかったわけではないし……。
冷たいとは思わない。そんなものだろうと思う。クラスメイトが亡くなったのになんて酷い子たちなんだ、とそんなことを言って私たちを責める権利は、誰にもない。仲がよくなかったからといって、決して悲しんでいないわけではないのだから。
ただ、自分が生きている世界のほんの一部がなくなってしまっただけのこと。それがどれほどのものなのか、いまいち理解出来ないままでいるから、何処か他人事のように思ってしまっている。そう、ただそれだけ。
目には見えない一部がなくなったとしても、時間が経てばそこは新しい何かによって補強される。繋ぎ目なんて分からないくらい綺麗に。それは、有っても無くても気にも留めない程度のものだから出来ること。
どれだけ自分にとって近くて大切な存在なのか、その人に対しての想いが強いかが重要であって、そこに到達しない関係性なら失ってしまっても、取るに足らない問題だったりする。
要は、自分の世界の均衡が激しく崩れない限り、人間は普通に生きていける。そういう生き物だということ。
ーーでも、これはあくまで大人になった人達だけが要領よく出来ることだと私は思っている。
嫌な記憶を上手く折りたたんで心の奥にしまっておけるのが大人で、玩具箱に戻せても、いつも一番最初に目につく上の方にしか片付けられないのが子供だとしたらーーだとしたら、私達は?
私達は、大人でもなければ子供でもない。正しいことが分かっていても、正しく出来なかったりする。実に、中途半端な生き物。
私がしようとしていることだって、正しいことなのか自分でも判断出来ない。正しいか正しくないかよりも自分がただそうしたいと思って行動しているだけで、" 彼女のため " とは断言出来ない中途半端な人間だ。
「ーーで、どうやって犯人探す? まぁ、まずは山本に話を聞くとこからスタートってことでいいんだよね?」
全員の料理が運ばれて来たことを合図に、円は本題に入る。
「山本っちゃんに登校した時あれが書かれてたか確認するんだったら、私が聞くよ! 山本っちゃんとはよく話すし」
「梓、さりげなくだよ? ドストレートに聞くなんてことしないでよ」
「だーいじょうぶだって! それとなーく聞いてみるから」
こんなに説得力のない大丈夫ってあるのだろうか、不安だ。山盛りの生クリームを幸せそうに頬張る姿を見ると、余計に不安がかさ増しした気がする。見てるだけで胃もたれしそう。
「ユイ、ユイ」と、円が名前を呼んでくれたお陰で、それから自然に視線を逸らすことが出来た。私の不安を感じ取って、そうしてくれたのだろう。
円はパフェに夢中になっている梓の姿を確認してから、再度私に向き合い口を開く。
「私とユイが聞くとあれだけど……梓が聞く分には問題ないんじゃない? 山本と仲良いし、興味本位で聞いてます風にすれば特に気にしないで、普通に話してくれると思うんだけど」
「まぁ、確かに、私たちが聞くとコイツら何か企んでるなって怪しまれるだろうね。その点、梓のノリならイケる気がしてきた」
「おっと、これは結構大役を任されてる感じですかね」
そう言って梓はニシシと笑い、悪い顔を見せる。あんたは越後屋か! と突っ込みたくなる顔だ。
「取り敢えず! 取り敢えず、山本のことは、梓に任せる。で、もうひとつ知りたいことがある。あの日の前日、最後に教室を出たのが誰か知りたい」
梓は私の言っていることの意図が読めていないようで、首を傾げる。もう悪徳商人顔は引っ込んでいた。
「あぁ! そういうことか! 最後に教室出た人があの文字を書いたかもってことね」
流石、円はすぐに気付いてくれた。梓もなるほど、と納得した顔をするが、少しの間の後「あれ?」と言葉をこぼした。そして、慌てて身を乗り出す。梓の動きに合わせるようにテーブルが少しだけ揺れる。
「ちょっ、ちょっと待って、最後に出た人が怪しいって言うなら、山本っちゃんに朝来た時にあったか? なんて、聞く必要ないじゃん。最初から最後に教室出た人探せばいいじゃん」
そう。梓の言う通り、最後に教室を出た人があれを書いた犯人ならば、犯人だという確固たる証拠があれば、山本に聞く必要はない。
でもーー、
「分からないじゃん。放課後書かれたものなのか、朝一で学校に来て書かれたものなのか……判断出来ないから、どっちも確認する必要がある」
「その言い方じゃ、まるで山本っちゃんも犯人候補みたいじゃん! ただ山本っちゃんが登校した時にあったか確認するだけじゃなかったの? ユイは山本っちゃんのこと疑ってるの?」
ポタリ、とパフェグラスから溶けたアイスが一滴テーブルの上に落ちる。
嫌な沈黙だ。人を疑うのは、嫌なものだと思った。それでも、疑いが晴れるまで疑い続けるしかない。
「ごめん。仲のいい友達のアリバイを確認するなんて、梓には嫌な役回りかもしれないけど、梓には話してくれると思うから……梓にお願いしたい」
しっかりと、梓の目を見ながら素直な気持ちを伝える。理解してほしいと懇願するように見えたかもしれない。それでもいいと思った。それもあながち間違いじゃない。
梓も私の視線から逃げることはなかった。ヒシヒシと梓の怒りが伝わってくる。
ポタリ、ともう一滴アイスが落ちた時、
ーー分かった。任せて。
梓は眉を下げ、少し悲しそうに笑ってそう言ってくれた。
梓の手元で、どんどんパフェの原型が崩れていく。
「ごめん」
今の私にはもう一度、梓に謝ることしか出来なかった。