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涙に沈む





 



 ずっと、ずっと、ここに居るみんなに話したかった。アミとのことを。この鮮明な記憶を。知って欲しくて、秘密にしておきたくて、見せびらかしたいと思う、この矛盾だらけの気持ちを。



 (あずさ)(まどか)がぎゅうっと私に抱きつき、「ごめん」を繰り返す。それは盗み聞きしたことへの謝罪なのか、私とアミとの関係に気づけなかったことへなのか……。どちらにしても私は二人に怒りなど向けやしないのに、二人は謝りたくてたまらないという顔をしていたから、その身体ごと「ごめん」も一緒に抱きしめた。



「ゔわあああん、ゔっ、ゔっ、ごめん〜ユイ〜! 私、何も知らなくて……今もよくわかんないけど! ユイにとって愛海(まなみ)が大切だってことはわかっ……わかったからあ! ……わたしも、わたしも愛海に会いたいよ〜! ゔわあああん!」



「ユイィィ、私もごめん〜、二人のこと知らなかったとはいえ、あんな……探るようなこと言ったりして……無神経で……本当にごめん"ー!」

 


「私もごめん! ずっと嘘ついて、二人を騙すみたいなことしちゃって。ごめん、本当にごめんね、梓、円」



 梓と円からすれば、私の涙が何よりの証拠なのだと思う。私にとってアミがどれほど大切で、特別だったかという証明。この涙が全てだ。



 事情を把握していなくても、自分のことのように泣いてくれるのは、二人が私のことを大切に思ってくれているという証拠。



 こんなことばかりだ。アミがいなくなってから気づくことばかりで、嫌になる。



 アミに出会わなければ、ありきたりで、当たり前がこれほど愛おしいと思うことは、なかったのかもしれない。仮にもし、それに気づけたとしても、それは何十年も先のことになっていただろう……。



 もう一人謝らなければいけない人がいる。その人は抱き合う私達から少し離れた位置に、一人しゃがみ込んでいた。両腕で頭を抱えた体勢だった。



 抱きしめたい。そう思ったことは、今までにも何度もあった。同情ではない。けれど、情がある。山本は、もう他人ではない。友人というよりは、戦友って感じだけれど……。だから、とにかく、抱きしめたいと思った。



「山本……」



 抱きしめることに、もう理由は要らない。



 梓と円から離れて、山本に近づいた。膝をつき正面から「山本」と呼ぶと、山本がゆっくり顔を上げる。ぐしゃぐしゃの顔があって、目が合って、私は、思いっきり山本を抱きしめた。



「……ごめんなさい……ごめんなさい……。ずっと黙っててごめんなさい……。でも、山本のこと馬鹿にしてたわけじゃない。同情だって、ただの一度もしたことないよ。……真剣だったから、言えなかった。山本を見てると、アミの面影を探してる自分のことを見てるみたいで、かける言葉が見つからなかった……」



 腕の中で大きな身体が、震えている。肩が段々と湿っぽくなってきた。私の涙も、山本の肩を濡らしていく。離れようと腕の力を緩めると、山本の腕が私の身体をぐっと、自身の体に抱き寄せた。熱が再来したことに正直戸惑ったが、頭で考えるよりも先に私の身体は動き、山本の肩に再び顔を埋めていた。



「ゔっ、ふゔぅ、ごめんね……ごめんね……あんたの痛み、わかるの……でも、全部じゃない"。あんただけの痛みがあって……私だけの痛みがあって……だから、簡単にわかるなんて言いたくなかったし、言われたくもなかった! でもっ、わかるのっ……。私も……痛いの……痛いんだよっ! 悲しいんだよっ! 寂しいんだよっ! 会いたいんだよっ! ……大好きなんだよ……!」



 爪を立ててしがみつく。ワイシャツにシワがついても、そんなこと知ったこっちゃない。ボロボロボロボロ、涙が落ちて、雨に打たれたみたいにシミが広がっていく。水たまりみたいなシミだ。



 馬鹿みたいに何度も謝罪をしていると、「……ふっざけんな……」泣き声以外の声を発していなかった山本の第一声がそれで、私の身体は固まってしまった。



「ふざけんなよっ! いっつもお前は……俺から愛海のこと聞いて、自分は何ひとつも教えてくれねぇで! 俺が泣いても……俺が泣く度に、ただ隣に居て……そんだけで……」



「……ごめん……ごめん、山本……」



「わかってねえ! お前は、ほんっとに……わかってねえ! 何だよ、アミって……。俺の思い出話聞いて、泣いてるとこ見て……愛海ん家まで行った俺をさあ、お前は近くで見てて……そんなん…………そんなん……辛えじゃん"っ……!」



「……つ、らい……?」



 相手から聞き出すばかりで、与えることはしなかった。私のしたことは、許されることではないし、許しを、望んではいない。望んではいけないと、今もそう思っている。いっそ恨んでいてほしかった。なのに山本は、両手で優しく掬い上げようとする。



「俺はっ! お前がちゃんと真剣だったの知ってんだよ! 何か隠してんのだって、わかってたんだよっ! だから……だからもう、謝んなっ! 素直に、一緒に泣けっ! 悲しめっ! そんでもって……愛海に文句言ってやれ! 何してんだお前はっ! って言ってやれ! ってか、一緒に言えっ! そんくらい付き合えよっ! 馬鹿ユイっ!」



 ……いいの、だろか……山本の優しさに甘えても……。



「わかったかユイっ! 今更気とか遣うんじゃねぇよっ! ……" 逃げるなよ。約束だからな " !」



 鋭い双眸が、純な色で私を見ている。



 あの夜を思い出す。あの、痛みを初めて共有し、呪いのような約束を取り付けられた夜のことを。でも、今度は違う。呪いのように縛り付けてくるものとは違い、心の底から叶えたいと思う、純粋な約束だった。



「わかったか? わかったら返事しろっ、ユイ!」



 なんて、優しいんだ。



「……ゔ、ゔんっ……ゔん……ゔん"っ……うん"!」




 身体を山本に預ける。これが最初で最後。もう誰にも縋るようなことは、しない。今度は私が、辛くて、辛くて辛くて、どうしようもない悲しみを背負っている人を、支えたい。無力だけれど、理想がある。無力な人間が理想を語るのは、許されないことなのかもしれない。でも、その理想に一歩でも近づけるように、これからを生きてゆきたい。その未来がアミの願いと交わっていたら、これ以上の正解は私の中にないだろう。



「み、んな、聞いてくれる? 私とアミのこと聞いてほしい……みんなに……。みんなと一緒に、話したい"っ……!」


 

「話して、ユイちゃん。もっと聞きたい、愛海とユイちゃんの……ううん、アミとアキラのことを」

 


「……俺も、お前から見た愛海がどんなだったか、知りてえ」



「私達も、聞きたい」

 


 四人の言葉に、私はただ何度も頷いただけだった。



「ありがとう」が喉につかえる。今はまだ、この言葉を胸に納めておこう。いくつもの形のありがとうが花束みたいになって、両手いっぱいになって、抱えきれなくなった時にそれを渡そう。大袈裟だって笑われるかもしれないけれど、これ以上ない感謝の気持ちを、手渡しで。



 アミにも届けたい。両手いっぱいの、ありがとうを。言葉にできなくて、ごめん。気恥ずかしくて、渡せなかった言葉がたくさんあるの。もう少しだけ待ってて。今度こそ、ちゃんと包んで持って行くから。



 アミとの " あの約束 " を、果たしに行くよ。



 みんなと一緒に、アミに会いにいくよ。



 アミがこの愛を、受け取ってくれますように。



 アミにこの愛が、届きますように。



 そう祈りながら、今宵だけはあなたを想って、涙に沈むのですーー。











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