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誰の罪







 今になって思う。あのくだらない会話は、全て伏線だったのではないか、とーー。



 狂い流れる涙は、あの日の雨を彷彿とさせるものだったが、勢いも、想いも、重みも、予想を遥かに超え加速度的に溢れていった。



 温もりを求め、鯨井(くじらい)さんにしがみついて泣いたところで、心が満たされることはない。失って出来た穴は、失ってしまったものでしか埋められない。



「ああぁぁぁ、うあぁぁぁあああ……ゔぅぅぁあ……あ、みっ、ああぁぁぁああぁぁぁ」



 涙が、アミが、溢れてゆく……。



 こんな情けない姿を誰かに見せる時が来るなんて、思いもしなかった。額を遠慮無しに鯨井さんのお腹辺りに押しつけて、不機嫌な猫のように両手の爪を立てたまま、彼女のカーディガンを力一杯掴む。香る優しいフローラルは、私が求めている香りではない。あの嫌味のない甘ったるい香りを、私は求めている。



 一体いつからアミは [ 死 ] を意識していたのだろうか。黒板に自身の名を書き残したこの行動を、意図的かつ突破的なものだと記していたが、意図的と突破的では、まるで2つは真逆に位置するものになる。



 気づかなかっただけであの眩しい笑顔の裏、アミは自身の死を連想していた。常にアミのそばには死がついて回っていた。


 あのニュースが、生死の際に立っていたアミの精神を崩壊させるスイッチを押させたのならば、意図的で突発的ーー辻褄が合う。



 あのニュースさえ見なければ……。



 ……いや、違う。アミの悩みは " 見なければ " なんて、そんな簡単なものではないだろう。目に見えることが全てではないからこそ、この世界でアミは苦しんでいた。



 遅かれ早かれ、アミは自ら命を絶っていた。



 アミに、謝りたい。あんな謝罪では足りない。遺影を前にして白石(しらいし)が亡くなったことを、ようやく頭の中で認めることが出来た。それでも、それは、『アミ』ではなく『白石愛海(しらいしまなみ)』を『由井晶(ゆいあきら)』として見ていたからであって、やはり、どこか他人事だった。



 ストン、と胸に落ちてきたものが今頃になって、重いと感じる。



 アミにたくさんのごめんねと、ありがとうがある。ごめんねの方が多いことに、ごめんねと伝えたい。



 ……アミ、どんなの想いがあって、自分が死んだなんて悲しい言葉を遺したの? 未来に期待しているなら、私はアミに生きていてほしかった。これが私のエゴだとしても、生きててほしかった。生きてさえいてくれれば、それだけでよかったのに……。私はアミがいる未来に期待してたのに……。アミにとっては生きることよりも、死ぬことの方が、簡単だったの?  



 そんなの、悲しすぎるよ……。



 一粒、また一粒、落ちても新たに気持ちが芽生えて、想いが膨らんでゆく。何度も咲かせ、落ちてゆく。私はこれを一生繰り返しながら生きてゆくのだろうか。



 終止符を打てないから、きっとそうやって生きてゆくしかないのだろう……。



 ならば、せめて、亡くなってしまったアミを想って自分に出来ることをしなくては。



「……く、じらいさん……ごめっ……なさいっ……ごめん、なさい……わ、たし、ずっと……嘘ついてたっ……ごめん、なさい……」



 吐く息が熱かった。



「わたしが……私が『あきら』なのっ。……あの時、私があきらだって言えなくて……本当に、ごめんなさいっ」



「……うん……うん……。もう、いいよ、謝らなくて……。本当は、ノートを拾った時、ユイちゃんの名前を見て、こう……なんていうのか、正直ユイちゃんに対して怒りが湧いてきたけど……それまでのユイちゃんを見てきたから……そんな気持ち、すぐに消えちゃった」



 背中に添えられた手が、上下に優しく動く。



「それに、それまでユイちゃんのフルネームを知らないまま付き合ってた私にも、問題があるしね。そう言えばユイちゃんの自己紹介、私が遮っちゃったもんね。私ずっと、勝手にユイって名前なんだって思ってた……」



 手の動きが止まって、一点に熱が集中する。



「ユイちゃんが『あきら』だったから、あんなに真剣だったんだなあって、納得した……」



 鯨井さんと話がしたくて、私は必死に息を整えようとした。言葉を発したいのに、思うようにいかない。



「ご、めん"っ、ほん、とは、ずっと……ちゃんと、くじらいさ、んと、話したかっ、たの……う"っ、ふっ……み、んなと、いっしょに……泣いたり、かなしんだり、したかったの……でっ……でっ、も……それが……できなくてっ」



 言葉が途切れ途切れで、鯨井さんには伝わっていないかもしれない。吐く息は、変わらず熱い。



「アミがっ……アミが死んだなん"て、信じたくなかったの"! だっ、て、アミがいないなんてっ! いない、なんてっ! そん、なの! ……そんなのっ! ……ゔうぅぅぅ」



 また、途切れる。震えていたのは私だけだったのに、鯨井さんもいつの間にか震えていた。カーディガンを掴んだ手から、それが伝わってくる。



「う"ん……うん……。私も、信じられない。……愛海がもう……いない、なんて……。嫌われても、話しかければよかった……。嫌われても、私は愛海のことが大好きだって、伝えればよかったって……今も、そう思ってる」



 顔を上げなくても、鯨井さんが泣いていることがわかった。誰かと悲しみを共有しても、少しも悲しみが消えないこともわかった。それでも、吐き出せる相手がいることが、今の私を支えていた。



 互いに必要な存在だった。



 アミがいなければ、そうはなれなかっただろう。



「……会いたい"っ、アミに、会いたい"っ……もっかい、名前を……呼んでほしい"っ……」



「うん"……」



「……会って、ただ……会いたい"っ!……抱きしめたいっ……大切だって、伝えたい"っ! なのにっ、もう……どうして、いないのよ……」



 優しすぎたのだ、アミは。感受性が強くて、繊細で。だから、あんな言葉を遺した。私には、わかる。アミは自分のためだけに、その身を削ったわけではない。



 自分と同じ境遇の人達が救われることを願い、命を懸けた。



 白石愛海は死んだという言葉は、アミの願いが込められた、命懸けのメッセージ。



 なにも自分のことを忘れてほしくないから、書いたわけではないはずだと、断言する。



 きっと、第二の自分が生まれないことを願って、その言葉を選んだのだろう。もう二度と、誰も、命を絶ちませんようにと……。



 そんな想いに誰も気づかず、簡単に消されてしまったアミの魂のこもった文字。重厚感のある黒板は、何も書かれていないからこそ、真っ暗闇の中でも私を圧迫し、責め立てているようだった。



 ーー白石愛海は死んだ。



 例え目に見えなくなっても、その文字が頭の中にこびりついて消えなかった。



 アミは、死んだ。



 自ら命を絶ったアミは、罪に問われるのだろうか。もし、問われるとしたら、それは何の罪になるのだろうか。



 一人の、未来ある少女に死を選択させたこの国には、何の罪もないのだろうか。



 一体誰に、何に、アミは殺されたのだろうかーー。



 誰を、何を憎めば、この想いは軽くなるのか……。



 答えの出ない問いが次々に生まれる。



 私には一生を賭けても、その答えを見つけ出せそうになかった。



 無力で、その無力さに、絶望した。



 それでも私は、生きていかなくてはならない。



 自分に何が出来るかわからないけれど、アミがいない世界を、アミが望んでいた世界になるその日まで、見届けなくてはいけない。そんな気がしていた。



 ぎゅっと抱きしめると、鯨井さんも抱きしめる力を強くしてくれる。



 アミが遺してくれたもの。それをひとつずつ、思い浮かべる。



 多くの出会いがあった。アミがくれたものだ。



 腹が立つあいつも、根は優しくて、馬鹿だと呆れるほどに一途なんだと知れた。あの子達も上部だけではなく、ちゃんとアミのことを大切に思っていると知れた。今そばにいてくれる彼女が、とても温かくて、素敵な人だと知れた。



 全部、アミを失ってから得たもの。悲しいはずなのに、嬉しくて、この手から溢さないよう、大切にしたいと思った。



 アミを大切だと思えたように、アミが遺したのものを大切にしたいと思った。



 それが私の義務であり、権利だ。



 広い世界の、こんな小さな国の、夜の片隅で、涙を流した。ずっと遠くにいるアミに、この泣き声が聞こえてしまえばいいのにと思った。













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