親友とラムネ
人が自ら命を絶とうとする衝動のピークは、五分から十分だと言われている。この衝動は、誰かに相談することで抑えることが出来るらしい。だが、実際に自殺する人の多くが周囲の人に相談することなく、その命を絶ってしまうのが、リアルだ。
人の命を繋ぎ止められるのは、結局、人の力だけなのだ。
アミからのサインを見逃した無能な自分。何も気づいていないフリをしていた無神経な自分。
自分が許せないのに恥かしげもなく、今も私は生きている。
心の機微に気づき、声を掛けることが出来ていれば、現在は違っていたかもしれないのに……。アミの力になることが、出来なかった。
そのくせ、アミの自殺を否定したかった。
自殺の可能性を頭の隅に追いやっても、それは軟弱な思考をあっさりと巣食ってしまい、入れ替わり頭の中を支配した仮説が、全身に苦痛を与えた。
痛みは、仮説を実証する。
もしも、アミの命が事故や事件に巻き込まれた結果奪われたものならば、どんな形であれ、私達の耳にも届くはずだ。学校側から何も伝えられないのであれば、残るはーーそう結論づけるのは、容易なことだった。
自殺は基本的にニュースになることもない。ニュースとして取り上げられるかどうかは、きっと世間の注目を集められる程の衝撃を与えられるかどうかで、線引きされているのだと思う。
その理屈で言うと、アミの命はその程度のものだったということか……。
……そんなわけない。そんなわけあってたまるか。
誰かにアミの命を軽々しく値踏みされたくなんかない。
私にとってアミは、余人をもって代えがたい存在だったのだから……。
他人はアミーー白石愛海という人間のことを口を揃えて、太陽みないな人間だったと言うだろう。小説に出て来る主人公のような人間だったと。私もそれを否定はしないが、太陽みたいだなんて、こんなありふれた言葉でアミのことを表現したくはなかった。
それでも、簡易平明にしないと自分自身の言葉で伝えることは困難なのだ。どれだけ言葉を探してもアミを表現するには、この世界の言葉では、乏しい。
アミは、アミでしかない。
完璧でないアミが、完璧だった。綺麗だけれど、汚れを知らないわけではない。子供っぽくもあり、時々、こちらが知らない大人な顔を見せてくることもあった。
それこそが恋を思い悩む、私だけが知っているアミの姿だったのだろう。
アミは自分の好きな人が同性だということ以外、その子がどういう子なのかということも教えてくれたが、その話はどれも抽象的で、その子に辿り着くようなことは一つも教えてくれなかった。
秘密を打ち明けてくれた時のアミは、大きな瞳を不安定に揺らし、私の反応を見守っていた。
拒絶を、何より恐れていたのだーー。
そのことは、手紙の続きを読めばわかった。
『ショックだったんだよ。本当に……。私の全部を、私を、否定されたみたいで。悲しくて悲しくて、この国に、法律に、人に、憤りを感じたの。
何も変わらないんだと思った。
自分達と違うものは弾き出すんだ、此処は。
受け入れることは、しない。
息苦しかった……。
生きづらかった……。
ただ、晶にだけは、私を見せられたの。
好きな人がいるって晶に打ち明けたあと、勇気を振り絞って私の好きな人は女の子なんだって伝えた。そうしたら、晶は顔色一つ変えずに「そうなんだ」って返してきた。
それなが何? みたいな感じで。こっちが驚いたよ。笑
だけどね、それがとにかく嬉しかったの。
そんなこと特に気にならないって、言われてるみたいで。
ずっと、頭の中で想像してた。私の秘密を誰かに打ち明けた時のことを。何十回、何百回と試すんだけど、いつも同じ結果になるの。
結果は二通りあって、一つは、わかりやすく拒絶。もう一つは、理解あるって寄り添おうとしてくる……。
私はその両方の反応に、嫌悪感を抱いた。
拒絶は言わずもがな。理解があるって言ってくる人も、
大っ嫌いだった。
理解あるって、何? どうして理解してもらう必要があるの? 私はただ、人を好きなっただけなのに。好きになった人が自分と同じ性別だったってだけなのに。どうして私が他人に認めてもらわなきゃいけない立場になるの? 私自身が肯定している気持ちを、否定されるのは、しんどいよ……。
いつも思ってた。人を好きになるのに、誰かの許可が必要なの? って。
必要なら、必要ならば……私はやっぱり弾き出される人間なんだろうね。
誰も……いつも……拒絶する。
求めたのは " 理解してる " なんて言葉じゃない。欲しかったのはそんな大袈裟なものじゃなくて、ただ普通に「そうなんだ、そんなことよりさ」って、そんな言葉だったのに。
晶が、晶だけが、救いだった。
救われたんだよ。私は晶に。晶には、わからないでしょう? わかるはずない。わからなくていいよ。私が救われたことは誰にも変えられない事実だから。
ありがとう、晶。
友達って言葉はなんだかくすぐったいけど、私達はちゃんと友達だったよ。それよりも、もっと強い何かで結ばれていたと私は思ってる。
晶は嫌がるだろうけど、私達の関係をこの世界に存在する言葉で表すなら、親友って言葉以外ないんだと思う。
私は晶のこと、親友だと思ってる。本当はこんな安っぽい言葉でまとめたくないけど、他にないからさ。晶には、私が晶のこと親友だと思うことを、許してほしい。最後のお願いだから、受け入れてよね! これは強制だから。笑』
……親友だと思うことを許してほしい? そんなの、私の方がアミにお願いしなければならないことだ。
互いに同じ思いを秘めていた。友達よりももっと深くて強い、友達では満足出来ない。親友という言葉が、二人の及第点。
胸を張って言わせてほしい。
私達は、親友以上なんだって。
『散々自分の恋愛観を語ってきたけど、私ね、自分の恋愛が成就すればいいなんて思ってなかったんだ。好きな子と好きな子の好きな人がうまくいってもいいとさえ、思ってたの。好きでいられるだけでよかった。それだけで、私はよかった。
だけどね、私はよくても、私と同じように同性恋愛に悩んでる人がいたら、やっぱり、このままじゃダメなんだよ。
変えなきゃ、変わらなきゃいけない。
でも、私一人じゃ何も出来ない……』
アミはずっと、答えの出ない問いに苦しんでいる。最期の時まで、苦しみは続いていた。その全てが綴られている。誰にも吐き出せなかった苦しみが、痛みが、憤りが、文字に滲み出ている。
指先に力がこもる。手紙にシワが入る。目頭が熱い。瞬きをすれば、零れてしまいそうだ。最後まで読み終えていない手紙を台無しにしたくなくて、顔を背けた。視界に入った月は輪郭がくっきりと見えるのに、黄金色に照り輝く姿は、今にも溶け落ちてしまいそうな愁に満ちている。
綺麗だーー。
私は、涙を落とさないようにすることに必死だった。
『ここからは、死にゆく人間の戯言と思ってくれて構わないから、ちゃんと聞いてほしい。(読んでほしい、かな? 笑)
私は、世界が変わってほしいと思ってる。
百八十度ガラッと変わる必要はないけど、もっとみんなの視野が広がればいいと、そう思ってる。
認め合う必要はない。
「どうってことない」「なんてことない」って、そんなまるで関心のない言葉をみんなが投げかけても、それでもいいんだよ。だってそのどれもが全てを受け止めていなきゃ、出てこない言葉だもん。
誰が誰を大切に思っても、問題ないんだよ。
全部、「取るに足らない問題」なんだよ。
普通でいい。無理に理解してくれなくていい。同性愛をニュースに取り上げたりすることが馬鹿馬鹿しいってみんなが自然に思える、そんな世界になってほしい。
ずるいかもしれないけど、私は、私がいなくなった世界に勝手に期待してる。
晶、ごめんね。
証明してみせるって言ったのに、中途半端になっちゃって。名前を呼ばれることが嫌じゃなくなってたのか、晶に直接訊くの怖くてさ、最後まで訊けなかった。
晶が、自分の名前を少しでも好きになってくれてたら……いいなあ。
私には無理でも、晶の周りには晶のことを大切に思ってくれる人達がいるから、いつか、きっと、名前で呼ばれることに幸せを感じるようになると思う。
私以外の人にも、晶ってたくさん呼んでもらってね。
素敵な名前だよ。晶って音の響き、私は大好きだったよ。
それと……ありがとう、晶。
出逢えたことにも、繋がれたことにも、全部に感謝してる。
恋バナを誰かと出来る日が来るなんて、思ってもみなかった。(一方的に私が話してただけだね笑)最高に楽しくて、嬉しかった。
晶と出会ってからの日々は濃かったなあ。多分晶といる時の私は人生でいっちばん、キラッキラッに輝いていたんじゃないかな? 刺激的で、繊細で、煌めいてた。
なんか、あれだね、私達ってラムネみたいだね。
そうだよ、そう! ラムネだよ! 笑
ピッタリだよね、私達に。
他の誰にもわからない。
私達だけがわかる。
なんか、妙に、腑に落ちちゃう。
晶、今絶対私のこと馬鹿だなーって思ったでしょう? わかってるんだからね! でも、まあ、許してあげようじゃないか! 晶だから、許してあげる。
長々と話しちゃってごめん。これで最後にするね。
晶、ありがとう。
最後だから、いっぱい晶の名前呼んでおきたいんだ。
ありがとう。晶。
晶。
晶。
晶。
大好きだよ、晶。
いっぱい、ありがとう。
晶。
さようならーー
アミより』
ポタリッーー。
滲んだ文字の上に、流れ落ち、また滲む。
初めて、二人の涙が重なったーー。
先日、初めて短編小説を書きました。
よかったら目を通してみて下さい。




