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秘密








 教室の窓は閉め切っているはずなのに、雨の匂いがした。雨はとっくに止んでいる。ザーザーと(うな)る雨音がすぐそこから聞こえる。両手で耳を塞いで、しばらくして気づいた。これは耳から伝わる音じゃなくて、頭の中で鳴っている音だと。だから、耳を塞いでも何の意味もなかった。



 雨が、私の邪魔をする。振り払うことも出来ず、耳を塞いだまま文字を追った。



(あきら)からすれば、私はきっと苦手な人間だったよね? だからあの顔も納得。でもっ! それは相手が私だったからオーケーなんだよ。他の人にはもう少しオブラートに包んだ方がいいです! これはこれからの人生のためのアドバイス!笑 みんなと仲良くなる必要はないけど、わざわざ嫌われる必要もないでしょ? 私は、晶が自分を隠さないで生きていけるようになってほしいの。自分のことを棚に上げて何言ってんだって感じかもしれないけど。



 晶は初対面で嫌なものを、嫌だと言ったよね。私はそれがすごく印象的だった。この人は信頼出来る人だと思った。おかしいよね、晶のこと何も知らなかったのに。だけど、そう思った。私の予感は当たってたと思ってる。晶は間違いなく、私にとって信頼出来る人だよ。


 ごめんね、晶が嫌がってるのわかってて話しかけた。晶のことは何も考えてなかった。私が晶と話してみたかったから話しかけたの。名前のことも、好きじゃないって言う晶を無視して呼んだ。それも私が呼びたかったからなんだ。ごめんね。



 そういうとこが私の悪いとこなんだよね。親友に言われたことがある。私は人との距離が近すぎるって。



 これでもわかりやすく区別してきたつもりだった。私は私にとって大切だと思う人には、その人にそれが伝わるようにしてきた。他の人とあなたは違うんだよ、ってハッキリ区別をつけてきたと思ってる。



 伝わってる? 晶もそのうちの一人なんだよ。信じられないかもしれないけど、晶は私にとって『特別』で『大切』だったんだよ。


 晶は初めて私の秘密を打ち明けられた人なんだから、だから、そんなの特別に決まってるじゃん!』



 達筆な字が滲んでいた。涙の受け皿になった紙は、波打ってシワシワだ。その部分に触れてみると、薄っぺらくて、冷たくて、温かかった。



 『特別』、『大切』という言葉に、これほど重みがあるなんて、私は知らない……。



 ……なんなのよ。なんなの……特別って、大切って……。私はそんな風に思われていい人間じゃないのに。何も出来なかったのに。何もしてあげられなかったのに。なのに、どうしてアミはこんな言葉をくれるの? 



『たぶん、晶は私の言っていることがよくわかってないと思う。たぶんっていうか、絶対わかってないと思う。私の秘密を受け止めてくれたから、だけじゃないんだよ? 晶のことを特別で大切だと思う理由は。



 私は委員会終わりに誰もいない静かな廊下を、晶と2人で歩くことが好きでした。私がくだらない話をしても、晶は絶対に会話を成立させてくれた。一言で終わらせないその気遣いが好きでした。ワガママを言って遠回りした帰り道で見つけた駄菓子屋。そこで晶と一緒にラムネを飲むことが、何よりも大大大好きでした! 炭酸が苦手なくせに、ラムネが大好きな私に合わせてラムネを手に取る晶の姿が、好きでした。



 ありがとう、いっぱいワガママに付き合ってくれて。ありがとう、私の好きなものを好きになってくれようとして』



 頭の中で鳴り続ける雨音が強くなる。鋭く尖った雨水が、私の弱いところに打ち付ける。



 痛い、痛い、痛い……寒い。



 ーー寂しい……。



 アミがいなくなって、私はずっと、寂しい……。



 アミの言うワガママは、私にとってワガママなんかじゃなかった。面倒くさいと思うこともあったけれど、それに付き合えば、新しいアミを見ることが出来たし、新しい何かに出会えたから、私はそれを負担に思ったことは一度もない。



 知らない場所に二人並んで一緒に行っていたようで、アミの後ろを私はついて行っていた。



 ーーアミが導いてくれていたんだと思う。出会わせて、触れさせてくれた。私ひとりだったら、きっと知らないままだった。



『大切な人達に手紙を書くと、たくさん [ ありがとう ]が出てきて、ああ、私はこんなにたくさんの人に助けられてきたのか、ってことに気づいたよ。わかってたつもりだけど、やっぱり言葉にするとそれを強く実感するね。晶にもいっぱいありがとうがあるよ。ごめんねも、いっぱいある。


 ごめんね。


 驚いたよね? 私が、こんな馬鹿なことするなんて思ってもみなかったよね? ごめんね、こんなことしちゃって。


 でも、なんかもー、自分でもよくわかんなくなっちゃったの。なんか、虚しくなっちゃったの。全部、全部。


 晶には教えるね。黒板に「白石(しらいし)愛海(まなみ)は死んだ」って書いたの、あれ、私なの。



 だから、もしそのイタズラ描きの犯人を探したりなんかしてたら、もうやめて。犯人は私だから。



 あれね、一箇所だけ校舎の窓の鍵を開けて帰って、夜一人で学校に忍び込んで書いたの(ちょっと怖かったけど、スリル満点で楽しかった笑)



 意図的で、突発的な行動だった。本当にやるかどうかは、まだこの時決めてなかった。でも夜の学校に忍び込んで、教室に行って、自分の席に座って、目をつぶって色々思い出していたら、もうそうするしかないって思った。



 この手紙は、夜の学校から帰ってきて書きました。



 前の日の夕方、ニュースを見たの。とても私にとっては辛い内容だった……。それを見て、こんな馬鹿な考えが浮かんだ。



 そのニュースの内容ってゆーのがね、[ 国が同性婚を認めない ] というものだった。



 シンプルに、ショックだった』



 身体が重く感じる。肺が圧迫されて、息がしづらい。目に見えない何かが上からのしかかり、潰されそうだ。



 私のことじゃないのに、他人事とはとても思えなかった。



 アミがずっと人に言えなくて悩んでいたこと。それは、アミが好きになったのは自分と同じ性別の人間だった、ということ。



 雨が止んでもお気に入りの傘を差しながら、顔を隠したアミは言った。墓地へと続く階段下を通り過ぎた時だった。



「……ユイ、あのねー、私ねー、ずっと人に秘密にしてきたことがあるの」



 雨が降っていたせいか、線香の香りがしない日だった。前を歩くアミの足取りが遅くなって、私もそのスピードに合わせて歩いた。



「秘密? へえ、意外。アミは隠し事なんてなさそうなのに。今日あったことを一から十まで話すタイプでしょう?」



「私にだって秘密の一つや二つくらいあるよ!」



 アミは、振り向かない。



「ふーん……っで、その秘密って何なの? 秘密にしてきたことがあるー、なんて前置きしたんだから、私には話すつもりなんでしょう? 仕方ないから聞いたげる」



 ぐわっ、と振り返ってくるだろうなと思っていた。だけど、アミはこれでも振り向かなかった。少しだけいつもと違う様子に、不安が生まれた。



「……実はねー、私……好きな人がいるの……」



「……そう」



「今、何だ恋バナか、って思ったでしょー!」



「うん、思った」



「素直か! そこは嘘でも思ってないって言うとこだからね?」



 やっと振り返ったアミは、ケラケラ笑っていた。私は安心して、大して興味のない話題を続けた。



「アミは、あんまり恋愛に興味がないんだと思ってたから、なんか、意外」



「えー? 私、そんな風に見える? ……結構長いんだよ、この片想い」



 片想いが長いというのも、意外だった。



「そうなんだ……。告白、とかしないの?」



「告白かあ……うん、しないかな。しないってゆーか、出来ない、かなあ。……怖くて、出来そうもないや」



「そう、なんだ。……でも、ずっと好きなんだね」



「……うん……ずっと、好き」



 恋愛体質ではないし、人より恋愛経験も多いわけじゃない私だって、恋くらいしたことはある。だから、怖くて告白出来ないというアミの気持ちは理解出来た。でも、アミの [ 怖い ] は、何か、私の言う怖いとは違う気がした。



 完璧とは違うけれど、アミはとても魅力的な人だ。ひいき目に見なくても、多くの人がアミに好感を持っていると思うし、アミに好意を持たれて不快に感じる人は、そうそういないと思う。



 そんなアミが [ 怖い ] と言う。



 アミの言う怖いがわからない自分が、嫌だった。私じゃなかったら、アミをわかってあげることが出来たんじゃないかと、胸がモヤモヤした。アミは相談相手を百パーセント間違えている。私じゃ、何もしてあげられない。こんなことに自信がある自分じゃ、ダメだ。



「ずっと好きを、これからも抱えていくの?」



「……うん、そう。それが一番いい。……ほら、よく言うでしょ、壊れるくらいならこのままの方がいいって。まさにそれなんだよね、私の恋って」



「アミはその人とすごく仲がいいってこと? だから、壊したくないの?」



「すごく、仲がよかった。過去形だけどね。……本当はもうずっと前から壊れてるんだよ、私達。私が気づいた瞬間、壊れたちゃった」



「自分の恋心を自覚したから、壊れちゃったんだね……」


「ーー違うよ。私じゃなくて、その人が自分の恋心に気づいたことに私が気づいたから、終わったんだよ」



 いつもビー玉みたいにキラキラ輝いていた瞳は、雨が降りそうで降らない、どんよりとした重たい雲の色をしていた。



 アミには似合わない色だった。













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