遭遇
九月になっても、相変わらず気温は高いままだった。当分、衣替えも出来そうにない。休日はTシャツにジーパン姿で、色気も何もない。こうも暑いと何もする気になれない。でも、何かしていないと怖かった。
" 何が " 怖いのか上手く説明は出来ないが、何かがゆっくり背後から迫って来ているような気がして、とにかく気が休まらない日々が続いていた。
堪らず振り返って確認してみれば、自分の影があるだけ。
ーーコイツか、と苛立ちと不安の混ざったため息が出る。
独りでに歩き出したりしない代わりに、不気味な微笑みを貼り付け、私のことを見ている。これは [ 監視 ]をしているみたいだ。睨み返してみても効果はないし、存在しない物体には何をしても勝てる気がしない。
影が訴えかけてくる。そろそろ幻聴が聞こえてくるかもしれない。どうせ、自分に対する文句しかないだろうけど。
ーー何してんの?
何もしてない。見れば分かるでしょう?
ーー何かしないの?
何かって、何?
ーー分かってるクセに。
うるさいな。
立ち上がり、財布とスマホをサコッシュに入れ、それを持って家を出た。ノープランで日の高いうちに外に出てしまったことに、後悔する。影が濃い色をしている。
何処に行くか、何をするか、考えながら家から離れた。滞っていては、いけない。動き続けなければ、追いつかれた挙句、たどり着けない。
もう好きにすればいい。足元で自分のことを笑っていればいい。私は勝手に悩んで立ち止まりもするし、進みもする。影は、それに付いてくるだけだ。私は簡単にのみ込まれたりしない。
足元を気にするのもいい加減やめよう。気にしたところでどうにもならないし、下を見ている間に大事な瞬間を見逃してしまうかもしれないのだから。
今度こそちゃんとした虹を描きたいと、思ってしまったし。
人の多い場所を目指した。そうすれば人にぶつからないために強制的に目線を上に持って行くことが出来るから。効果覿面、ただし、人酔いするという欠点もある。
それでも逆流せずに人の流れに乗って道を歩き、電車に乗って、降りて、流れた。人で賑わうショッピングモールの中に入った。外よりはマシな空気が吸えた。
目的もなく流れ着いた場所だったが、体は始めからそこを目指していたかのように動いた。エスカレーターに乗る。流されているわけじゃなく、しっかりと私は私の舵を切っていたと、そこで初めて気がついた。滞ってはいないらしい。
エスカレーターを降りて人の波から抜けると、行き交う人の邪魔にならないように、端によった。
この場所からでも、黄色に赤字のロゴはよく目立った。
ーータワレコ、久しぶりだなあ。
年に二、三度行くか行かないかという具合に、あまり積極的に足を運ぶところではないが、たまに行くと掘り出し物に出会えたりする場所。
国民的人気歌手のブースに最近バズった歌手のブース、世界的人気のKーPOPグループのブースなど、いくつものブースがあって各ブースにまんべんなく人が集まっていた。
興味を惹かれないわけがなかった。だけど、私の目当てはそのどれでもない。
アミと鯨井さんが好きなあの歌手の名前を探す。鯨井さんが前に言っていたようにマイナーな歌手らしく、分かりやすいところには陳列されていなかった。仕方ないから全部の棚を順番に見て行くしかない。
確か、今日が新曲の発売日だったはず。今まではスマホで曲を買っていたが円盤を欲しいと思ったのは、初めて聴いたあの夜に、何だか救われた気がしたからだと思う。
曲が聴きたいのなら今まで通りスマホで充分だけど、今回ばかりは何故かCDを手元に持っていたかった。あの美しい曲は、私にとっての精神安定剤になる。
藁にもすがる思いで、探した。見落とさないように慎重に見て回った。そしてーー、
「あった……」
探すのに手間取ってしまったが、無事見つけることが出来た。
これまでリリースされた曲のCDは帯しか見えないが、新曲だけはジャケ写が見えるように置かれている。
美しい星空のジャケ写に、夏祭りで見た星空を重ね合わせる。山本にも見せてあげたいと思った景色が、そこにはあった。これなら山本を連れて行かなくても、見せてあげることが出来る。
思わず同じCDを二枚手に取ってしまう。
……いや、一枚あればいいじゃないか。それに山本だっていきなりCD渡されても困るだろうし、私だったら「怖っ」ってなる。「気持ち悪っ」って。
やめよ。らしくないことはしない方がいい。これまでの人生でそれは嫌というほど学んで来たことだ。
CDを一枚元の場所に戻す。時間もあることだし、じっくり他のCDを見てみることにする。曲のイメージがダイレクトに伝わってくるジャケ写もあれば、全くもって意味の分からないジャケ写もあって、理解しようと頭を捻ったりもした。贅沢な時間の潰し方だ。
何もかも忘れて休日っぽい休日を過ごしているなあ、と思っていたが、やはりそんなに上手くは行かないようで、視界に真っ白な腕が容赦なく入り込んで来た。
「ユイ……ちゃん?」
隣を見ると、鯨井真白がいた。
んっ? 鯨井、さん?
「鯨井さん!? えっ、びっくりしたっ! えっ、何でっ!?」
「驚きすぎだよ」
鯨井さんは笑う。あ、笑えるんだ、と失礼な感想が浮かぶ。
「だってCDなら昨日のうちに買ってるかと思ってたから、ここにいるのにビックリだよ」
「ファンクラブで予約して初回限定版はもう手元にあるんだけど、店舗で買うと別の特典が付くから」
そうだった、この子ガチ勢だった。特典欲しさに同じCDを何枚も買っちゃうようなガチ勢だった。
「ユイちゃんもCD買いに来たんだね」
嬉しそうな声に、たまたま来てみたらたまたま新曲の発売日だっただけ、とは言えなかった。
「そうなんだよ。この前のライブのアンコールで歌った曲、気に入っちゃって買いに来たの」
気に入ったという点は嘘ではない。CDが発売されたら買おうかなあ、とは思っていたし。
ーーというか、これは距離を縮めるチャンスなのでは?
「ねえ、鯨井さん。よかったら、これからお茶でもしない?」
顔を見て、誘う。
鯨井さんの好きなものを、私は拒絶しないと彼女は分かっていると思う。唯一話せる相手かどうかは知らないけれど、共通の話題が偶然にも私達を繋いでくれている。
白石愛海という人間と、鯨井真白という人間を、私はまだほんの一部分しか知らない。だから、知りたくてたまらないのだ。
例え何度断られようとも、懲りずに何度も何度も彼女を誘おうと思う。
遠回りのようで、結局これが一番の近道なのかもしれない。




