悲報
久しぶりに学校に行った感想は、特にない。
小学生の頃は日焼けした同級生達を見て勝手に夏休み明けを実感していたが、高校生にもなれば周りは美白志向の強い女子生徒ばかりになり、みんな肌が白く、一ヶ月ぶりに会うというのにまるで新鮮味がないのだ。かく言う私も紫外線対策バッチリで、日焼け知らずの肌色をしている。
もし変化があるとすれば、教師にバレない程度に髪を染めている子や、ピアスホールの開いている子が居るくらいで、これといって大きな変化はない。私も、髪色をピンクになんてしていない。
そんな冒険は、まだしない。
初めては、柔らかい色から挑戦したい。それは衛藤さんには秘密。アドバイスとか意見を聞くこともなく、時が来たらひっそりと実行に移すのだ。
ああ、そうだった。時が来たらと言えば……白石愛海が自殺したという事実を、どう山本に伝えればいいのか未だにそのタイミングが分からずにいる。
円と梓には夏休みが明けてから直接話そうと決めていて、今しがた、ちゃんと事実を伝えることが出来たがーー、
問題は、山本だ。
山本は円と梓とは違う。白石への想いが違うから、何と言って伝えれば一番傷つかなくて済むのか、慎重に言葉を選ばなければならない。業務連絡のように淡々と「自殺した」、なんて言えない。
そもそもこんなヘビーな話を友達でもないやつとするべきではないのだろうけど、協定を結んでいる以上情報は共有する必要があるし、どうしてだろうか、山本が " 弱い " ところを見せてくれたからか、嘘偽りなく事実を伝えることが山本に対しての誠意の示し方なんだと、そう思う。
だけど、どんなに綺麗な言葉で取り繕っても、山本は傷つく。あの日の夜なんて比じゃないくらいに、哀しみのどん底に落ちる。
今度は私ごときじゃ、山本を支えられない。
「あーもう、どうしようぅぅ」
「ユイが珍しくご乱心だ。面白いから動画撮っていい?」
「本気で頭を抱えている友達に、よくもそんなことが言えるよね」
「だって面白くって、つい。でも梓よりはマシな反応だと思うよ? 梓なら間違いなく騒ぎ立てるからねぇ」
円の不穏な発言を聞いて、近くに梓が居ないか確認した。よし、大丈夫そうだ。クラスメイト達とくだらない話で盛り上がっている。
「笑ってないで円も一緒に考えてよ。どう伝えればいいの?」
「ありのままを」
「……ねえ、真面目に考えて?」
ため息が止まらない。すでに夏休みが恋しい。夏休みさえ終わらなければ、こんなに悩むこともなかったのに。
友達と談笑している山本の姿を目で追う。駄目だ、山本本人を前にすると、本当に分からなくなる。
傷つけない方法なんてない。だって、白石愛海が死んだと言う事実は、何も変わらないのだから。
これ以上傷ついてほしくないと心から思う。別に相手が山本だからとかじゃない。純粋に白石のことを想っている人になら、全員にそう思う。
これは同情でも、優しさでもない。
ただのわがまま、だ。
「あんまりさ、言葉を選んでも意味ないと思うよ?」
円は廊下の壁に寄り掛かる。なんてことない顔で、意味がないと言う。私が悩んでいる時間も、意味がないと言っているようだ。
「でも、出来れば山本を傷つけたくない。伝え方を考えることに、意味がないわけないよ」
「ごめん、伝え方を考えることに意味がないって言ってるわけじゃないの。たださ、言葉って、案外無力じゃん」
言葉が無力? そんなの、考えたこともなかった。
「山本は優しさを求めてないし、何より、私達と対等でいたいと思う。私と梓に言ったようにはっきり伝えなきゃ、ユイに対して嫌悪感を抱くよ」
「……そうかな」
「私なら苛つくねぇ。なんか同情されてるみたいで」
今更山本に嫌悪感を抱かれても、どうってことない。ただ、一生癒えないであろうその傷口に、新たな刃を突き付けたくはなかった。痛々しい痕を意図的に増やす必要はない。他人か見れば私のこの感情は、同情と類似して見えるのかもしれない。だけど、そんなんじゃない。
同情なんて、絶対にしたくない。
私だって対等でいたい。
自殺した、という凶器じみた単語が喉の奥で鋭く光る。刃先に触れればじんわりと血が浮き上がる。傷口が広がり、不気味な色が付着する。そうなることが分かっていても山本は避けることなく、真正面で受け止める。
中途半端に刃を振り下される方が、きっと痛い。もういっそ一思いにーー出来たらいいのに。私の中の臆病者が足を引っ張る。
「私から言おうか?」
気づけば円が正面に立っていた。心配そうな顔を見せる。私は俯く。どうする? と自分に問いかける。
誠意を示すと言うのなら、私に白石のことを教えてくれた萌香にもそれを見せなければならない。だったら、私の口から話すのが筋だと思う。嫌なことから逃げて円に任せるのは、あまりにも失礼だ。
「いい、私が言う」
「おけ。じゃあ、私は見守ってる」
「ん。……って、そのスマホは何?」
「動画を撮ろうと思って」
「今すぐ仕舞って」
まったく、油断も隙もない。それに比べて、山本は隙だらけだな。こっちの気なんて知らずに、友達と楽しそうに笑っている。知ろうとしなければ、ずっと笑っていられたのかもしれないのに、現実は残酷だ。
こちらに気づいた山本が軽く手を上げる。それに手を振って円が応える。私はノーリアクションで山本を見続けた。これがいつもの図。
白石の死がなければ決して交わることのなかった私達は、全てを知ったあと、どんな形の関係を続けて行くのだろうか? 協定だから、真実にたどり着けば私達の関係も終わってしまうのだろうか? 何事もなかったかのように、互いの人生から出て行くのだろうか?
考えるのも嫌になって、顔をそらした。だから私を見ている山本がどんな顔をしていたかなんて、知らない。
「山本っ!」
思っていたよりも出た大きな声に、自分でも驚く。自分でも驚いてしまうのだから、呼ばれた方は、私以上に驚いたことだろう。普通に恥ずかしい。周りに人が居なかったことが、せめてもの救いだ。まあ、人が居ない帰り道で声をかけたわけだけど。
なんか、すごく必死みたいで恥ずかしい。
「ビビったー。どーしたんだよ、そんな切羽詰まった顔して。いつもみたいな無愛想顔はどこ行った?」
「……こんなデレカシーのないやつの為に悩んでた自分が馬鹿みたい……」
「は? 何言ってんのお前」
「こっちの話だから気にしないで」
山本に追いついて目線を合わせる。
「おっ、今度はそらさねぇんだ」
「うっさい。ちょっと顔貸して」
「えっ、俺カツアゲでもされんの?」
しないわ。
「するならお金持ってそうな人を選ぶ」
「そっち!? 物騒なこと言うなよ。似合わねーぞ」
楽観的なのか、そう見えるようにしているのか、山本はたまに読めない。これはどっちだろう……ってそんなこと考えてる場合じゃない。
「あのさ、白石のことだけど」
「何か分かったことがあんのか!」
私の大声なんか可愛いものだと、そう思わせるほどの大声を出した山本が詰め寄ってくる。これこそ必死な顔のお手本。
「落ち着いて、それと、近い」
「おぉ、悪りぃ」
一歩分横にずれて、歩き出す。隣から視線を感じる。目を合わせていなくても、圧迫感がある。それに気づかないふりをしながら「ちょっと付き合って」と言って、無言で歩き続けた。山本は目で訴えかけてくるだけで、何も言わないでいてくれた。
この道を二人で通るのは二度目だ。
「飲み物買ってくるから、ここで待ってて」
駄菓子屋の前に着いてボロボロの青いベンチを指差しながら言えば、山本は「おう」と、大人しく従ってそれに座る。
私は一人で店の中に入り、迷わず一直線にお目当ての物の前まで行ってそれを手に取った。お会計をしている時に夏休みの間来ることが出来なかったことを、清美おばあさんに謝ることが出来た。
胸のモヤモヤがひとつ減った。
「はい」と山本に買ったばかりのキンキンに冷えたラムネを差し出す。
「おお、さんきゅ。なんか奢ってもらってばっかだな、今度何か奢る」
「焼肉がいい」
「見返り高くねっ!?」
うるさい声を無視してラムネを開ける。手慣れた動作が私を落ち着かせた。それでも説明文は一行も浮かばない。
「それで、愛海のことで何か分かったのか?」
話の続きを催促してくる山本を見る。どちらも目をそらさない。手に力を入れれば、瓶の中でビー玉が揺れた。
ありのままを、と言った円は正しい。
私はこれから、正しいことをする。山本を傷つける。沈黙を守っている間に、舌の上で言葉が研ぎ澄まされていた。切れ味の鋭い刃が、いつでもいいと待ち構えている。
「あのね、白石は……自殺した」
山本の目が揺れる。
「嘘、だろ? 冗談だよな? お前の冗談は分かりづらいんだよ、真剣な顔してそんなこと言うなよー」
私は何も言わずに山本を見続けた。目も、心も、揺るがない。山本の言う真剣な顔を保ち、微動だにしない。
こんな誰も幸せになれない嘘をつくはずがない。冗談を言うなら私なりにおどけてみせるし、それに、笑わせてやる。
分かれ、山本。逃げるな。
馬鹿なふりは、やめて。
「っんだよ、嘘だって、冗談だって言えよ! 言ってくれたら! ……笑ってやんのに! ……言えよ」
「ごめん、山本」
ありのままを伝えることは、正しい。だけどね、円、正しいことが、優しいとは限らないんだよ。
優しさを求めていないと分かっていても、それに触れさせてあげたいと思うほどには、山本のことを嫌いじゃなくなってるんだよ。
あと何度山本の涙を見ることになるのだろうか? 一度くらいは、一緒に泣いてみたい。そんなことも思うようになった。
私は変わってきている。
「山本、どうする? やめる?」
「やめねーよ! 自殺の原因知るまで、ぜってぇやめねえ!」
「うん。あんたならそう言うと思った」
荒げた息を整えながら、山本は顔を伏せた。ラムネをベンチの上に置き、両手をきつく握りしめる。
「……それで、他に分かったことはあんの?」
「手紙を仲の良かった人達に遺してたの。萌香達と、あと二人に」
「二人って、誰?」
「一人は分からないけど、一人は鯨井さんだと思う」
「鯨井か……どーすっかなあ」
ゆっくりと流れて行く雲に合わせて、会話のスピードが遅くなった。山本は冷静だ。理解が早い。そして、納得出来ないと駄々をこねていた私と似ている。
「鯨井さんに話を聞くしかない、ね」
「それが難題なんだよなあ。知ってるだろ? 俺がめちゃくちゃ避けられてんの」
ため息を吐き、二人同時にラムネを飲んだ。
「あー、シュワっとしたやつでよかった。さっぱりする」
「私、あんまり炭酸好きじゃないんだけどね」
「じゃあ何でラムネ選んだんだよ」
「……知り合いがラムネ好きで、飲むようになったの」
「ふーん」と興味なさそうに言って、山本は空を仰いだ。空の青さをラムネの瓶が吸収して、その青を真似る。似ているようで全く別物の青が、ラムネに宿る。
私と山本の感情も似ているようで、全くの別物なのだろう。




