友達
白石愛海が亡くなって五日が経った。五日も、と捉えるか五日しか、と捉えるかは人それぞれで、何事もなかったかのように日々を過ごす者もいれば、未だに目を真っ赤に腫らして登校してくる者もいる。私は忘れようとすることも涙を流すこともなく、生活している。
「やっぱり、誰かに殺されたんじゃない?」
廊下ですれ違った名前も顔も知らない女子生徒が溢した言葉を、私の耳はしっかりと拾った。あの日から学校中が彼女の話で持ちきりだった。
あの朝、二年A組の黒板を見た生徒たちによって、白石愛海は誰かに殺害されたんじゃないのか? 他殺だったんじゃないか? ーーそんな噂が流れ始めていた。この噂が教師たちの耳に届くのも時間の問題だろう。届いたところで、何かしらの行動を起こしてくれるとは思えないが……。
もちろん二年A組の生徒はそんな噂を耳にしなくても、もう全員が、たちの悪いイタズラなんかじゃなかったと気付いている。気付いていて、気付かないふりをしている。みんな必死に日常を取り繕うとしていて、今のクラスの雰囲気はなんだか……気持ち悪い。彼女が亡くなったことをただ受け入れて、それで全てお終いにしたいという心の声が教室内に充満していて、最悪だ。
私は違う。このままお終いになんて出来ない。
あの日の朝、教室の黒板に書かれていたあの文字を書いたのは誰かーー私はその誰かを探し出そうとしている。
「ねぇ、うちのクラスでいつも朝一番に登校してくるのって誰だっけ?」
隣を歩く梓に何の前振りもなく唐突に聞く。
「え? えーと、誰だったかなー? ねぇ、円知ってる?」
梓が後ろを歩いている円の方に顔を向けながら話を振る。円は話を振られるのが分かっていたかのように、悩むこともなくすぐに答えてくれた。
「山本じゃない? あいつ、家から学校まで結構距離があるから、朝は余裕持って来てるって言ってたよ。俺いっつも一番って、前に自慢気に話してた」
山本彰、彼はクラスのお調子者。いつもうるさ……明るくて、クラスの中心にいるやつ。
「ユイ〜そんなこと聞いてどうしたの?」
「何でもなーい、気にしないでー」
「もしかして……ユイ、あれ書いたやつ探し出そうとしてんの?」
勘のいい円には、即行で目的がばれてしまった。隣で梓がマジかよ! と大声出す。そのせいで、廊下にいる生徒たちが一斉に私たちに視線を向けてくる。梓はそのことに全く気付いていない様子で私に詰め寄って来るし、この状況も最悪だと天を仰ぐ。
周りの視線と私の状態にいち早く反応した円が梓を私から引き離し、場所を変えようと言ったことでとりあえず図書室まで移動することになったが、正直、あまり気が乗らない。
息が詰まるんだよな。あの場所は。
昼休みの図書室には数人しか利用者がいなかった。だけど、念には念を、と生徒たちが全くと言っていいほど利用しないであろう、如何にも難しそうな本がずらりと並んでいる本棚を盾にして、身を隠すようにぎゅっと集まり座り込んだ。狭いが、文句は言ってられない。
「ユイ! 犯人探ししようとしてるの? やばいって! やめときなよ! 黒板にあんなこと書くやつだよ? かなりやばいやつだって! サイコパス野郎だよ!」
「あれを書いたってことは暗に自分が殺したって言ってるようなもんだもんね。わざわざ殺しました、なんて自ら痕跡残すやつだよ? 梓の言う通り、サイコパス野郎だよ。異常だよ」
場所が場所なので小声で話し続けるが、しゃがみ込んだ瞬間、二人は私を止めようと犯人が如何にやばいやつなのか、力説してきた。距離が近いこともあり二人の目力に圧倒される。
私だって、自分が危ないことをしようとしている自覚はあるし、恐怖心だってある。だけど、このまま犯人が分からない方が怖いと思った。想像してみて? もし、自分のクラス内に殺人犯がいたとしたら? 同じ校舎で授業をして、普通に紛れ込んで生活していたら? そっちの方が恐怖ではないか。
何より、大勢の人に見せつけるように書かれたあの文字は亡くなった彼女のことを嘲笑い、貶めているようにしか見えなかった。このままでは彼女が浮かばれない、そう思う。
許せない。
幾ら二人に止められても、私は二人の優しさを振りほどいてでも犯人探しをするつもりでいる。
「もし、もしもだよ? 私が殺されてたら梓と円は……どうする? 傍観を決め込む?」
こんな質問聞かれるとは思わなかったのだろう、二人が息を飲んだ。図書室は静かで、それがはっきりと分かった。二人が口を閉ざしている間、図書室を利用している生徒の本をめくる音が、呼吸のように一定のリズムを刻んで聞こえてくる。
俯く二人にずるい質問をしてしまった、と少し前の自分の発言に反省したが、二人の出す答えには自信があった。
円がゆっくりと顔を上げると、続いて梓も顔を上げる。そして、互いの顔を見て同時に頷いた。
「「そんなの、犯人探すに決まってんじゃん!」」
今居る場所も忘れ、図書室に響き渡るほど大声で私が求めていた通りの答えを聞かせてくれた二人。それが嬉しくて、頬が緩む。
「もぉ! 仕方ないから犯人探し手伝うよ! このままモヤモヤが残ったままなのも嫌だし」
「仕方ないね。ユイひとりじゃ限界あるだろうし、私もハッキリさせたいし、やりますか犯人探し」
仕方ないと不満そうな言葉を並べるものの、二人の表情からはそんなもの微塵も感じなかった。それどころかどこか吹っ切れたような清々しささえ感じる。
私の意思を尊重し、理解してくれたことへの感謝と喜びを抑え込むことが出来ず、思いきり二人に抱きつく。
「ありがとー、梓、円。すっごく心強い! あっ、このことは他言無用で! 特に梓、お口チャック!」
「はぁ? ちょっと待って、何で私だけお口チャックなの!」
「あんたが一番やらかす可能性あるのよ。犯人探ししてることが犯人に気付かれでもしたらやばいんだからね? 分かってる? お口チャック、ちゃんと守ってよ、梓」
「二人とも酷くない! 少しは信頼してくれてもいいと思うんですけど?」
はいはい、ちゃんと信頼してますよー、と適当に円があしらったことで、梓はまた騒ぎ立てる。よくある光景にまたか、と呆れる。
私もここが図書室だということを完全に忘れてしまっていた。
この数秒後、言わずもがな図書委員から騒ぐなと注意された。