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約束





 夏休みに入ってから驚くほど朝の目覚めがいい。そりゃ学校に行かないでいい分起床時間は多少遅くなっているけど、それでも八時にはアラーム無しでも自然と目が覚める生活を送っている。



 夜更かしすることもあまりない。母と父のために毎日録画は継続しているが、私自身はほとんど毎日リアタイで朝ドラ視聴出来ている。



 相変わらず朝ドラの内容は暗い話が続いているが、私が俳優達の演技に呑まれて涙を流すことはなかった。何かが込み上げてくる瞬間があっても、心は冷静にこれはフィクションだ、綺麗に作られた話なんだ、と自分の感情をコントロールした。それ故に、私は真顔で朝ドラを見ていることになる。何だか感情のないAIみたいで、自分が怖い。



 そのことを(まどか)に伝えれば、「心が乾燥してんじゃん?」と返信が来た。予想はしていたが、そんなにはっきりと言われると苛っとくる。またまた感情をコントロールして「そうだね」と大人な対応で返信したが、円からは既読スルーされた。円も心が乾燥してると思う。



 そんなカラッカラの私から見たら、画面の向こう側で綺麗な瞳に何の濁りも感じさせない涙を流すことのできる俳優達が、不思議でならなかった。この人達は自分の人生経験と誰かの人生経験を喰らい、自らの一部とすることでその秀逸(しゅういつ)な演技を成立させているのだろうか? それともその役に憑依したことで自然と流れ出す純粋な涙なのだろうか? 私もあの日山本の感情の一部を喰らったはずなのに、この心は一ミリも満たされていない。一体何が違う?

 


 あの四十九日の夜、山本はその体から水分が全て飛んでいってしまうくらいの涙を流し続けた。そんな人が隣に居たにも関わらず、私は一滴もこの体から絞り出すことが出来なかったのだ。そんな涙を見せない私を、山本は責めてこなかった。一緒に白石の家に行こうと言われて断ったあの時、少なからず私のその態度に幻滅しただろうに、あの時のような目で私を見ていない。優しいやつなのだ。



 泣いているところなんて誰だって見られたくないもので、同級生の、それも異性に見せるなんてもっての(ほか)。だけど、山本は私の前で子供のように泣きじゃくってくれた。信頼なのか、信用なのか分からないが、私じゃなかったらきっと山本は黙ってその涙を呑み込んでいたと思う。



 自分が苦痛のはけ口になっていたなら、嬉しい。そんな存在が今の山本には必要だと思う。届かない想いを、願いを、希望を上手く消化できていない人の側にいることは辛いが、私の見ていないところで堕ちていかれるほうが、もっと辛い。だから、惚気(のろけ)だろうが暴言だろうが私に渡して少しでも身軽になれるのなら、そうしてあげたいと思った。

 


 出会いからこれまでの大切な思い出を愛おしそうに話してくれたことも、また嬉しかった。山本がどれだけ彼女のことを想っているのかを、失礼ながらちゃんと本気だったんだと知った。だからその分、私の中で罪悪感の積み木が積み重なった。『行かない』と山本に言ってしまったことが首を締める。他に言い方があったろうに、本当に最低だ。



 山本にとって大切な人を侮辱したも同然で、最低だと責めてくれた方が互いに楽だったのに、それなのに山本は私を非難してくれない。その代わりが苦痛のはけ口ならば、何も話すことがなくなるまで山本の話をずっと訊いていなくてはならない。私がそうしていたいと思った。



 散々泣いて話して、少しだけ身軽になった山本は笑っていた。見るのが辛い笑顔ではあったけど、無理して自然体を演じようとしていることが分かって、痛くて、私も下手くそながら笑顔を作った。



「愛海の遺骨だけど、まだ納骨しないんだってよ。まだ側に居てほしいからっておばさんが言ってた」



 伸ばしていた脚を折り曲げ、カフェオレを飲み干した山本が、空に吐き出す。



「……まだ、なの?」



「おう、一周忌に納骨するってさ。だから、まだ大丈夫だ」



「大丈夫」の部分だけ、力強く言った。それは私に対して大丈夫だと言ってくれているのか? 答えを求めるように目を向ける。



 どきり、と心臓が跳ねた。



 目を向けると、山本も私を見ていた。その真っ直ぐな眼差しから、私は瞬時に嫌な予感を感じる。そしてこの予感は、絶対にはずれないものだと確信した。



「ユイ、まだ時間はある。お前、行かないんじゃなくて、まだ、行けないんだよな?」



 心臓がまた大きな音を立てて跳ねる。山本にその音が聞こえてしまうんじゃないかと思うほどに跳ね上がった。暴れ回って、制御出来ない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。ぐるぐる頭の中で一番完璧に近い言い訳を探すが、こんな時に限って何も出てこない。次々と頭の中で文字が消えていく。頭が真っ白になるってこういうことか、と冷静な判断をする自分もいて、それも自分自身に追い討ちをかけているみたいで、もう訳が分からない。変な言葉が出ないように、唇を噛み締めた。



 黙ったままでいると、「そうだよな?」と顔を覗き込んで山本が再確認してくる。眉が下がっている。そんな顔しないでよ、喉の奥で言葉が詰まる。期待した目で見ないで、その期待に私は応えてあげられないから。



 涙は止まっても、目には水分が残っている。いつでも涙を流せる状態で、ゆらゆら揺れる。それはまるで私を脅しているようだった。イエス以外の答えは認めないと、弱々しい見た目の奥深くで鋭く睨みつけてくる。わざわざ自分を追い込むようなことはしないでほしい。私の答え一つで自分が傷つくかもしれないことに、気づいていないの?



「今度こそ絶対行こう、お前も一緒に。お前にはその権利がある。義務もある。だから、行こう。愛海とちゃんと最期の別れをしよう」



「……権利と義務?」

 


「そう、権利と義務。別に仲良くなくたってただのクラスメイトも別れの挨拶をする権利がある。お前は自分のための犯人探しだって言うけどそれは愛海のためにもなるし、犯人が分かったならちゃんと教えてやらなきゃならない」



 山本の声が染み込む。口元に集中していた力が分散する。相変わらず心臓はうるさい。



「中途半端にはしないって約束したろ? だから真相を伝えなきゃならない " 義務 " がお前にもある。四人全員に義務がある。だから、逃げるなよ。約束だからな」



「……ゔん……」

 


 山本が私の背を遠慮気味にさする。涙なんか流していないのに、私が山本を(なぐさ)めていたはずなのに、逆転している。「なんちゅー顔してんだよ」ってもう自然に笑っている。ほんと、自分がなんちゅー顔していたのか知りたいよ。



 あの夜別れ際、最後の最後に約束という呪いをかけられた。












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