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四十九日III







 結局お泊まり会には浴衣を持っていかない、買わないという結論に達した。やっぱり荷物がかさばることが問題だった。その代わり、水着は絶対に持って行くということになった。何でも、おばあちゃんの家のからそう遠くない所に綺麗な川があるらしく、(あずさ)はおばあちゃんの家に行く度に川遊びをするらしい。だから今回も当然のように、川遊びがスケジュールに組み込まれていた。あまり人が来ない場所なので思いっきりはしゃげると言って、梓は今からはしゃいでいた。



 何だかんだで、私も川遊びが楽しみだった。



 プールの授業はサボるくせに、(まどか)もすごく乗り気だった。遊びは全力でやるスタイルは変わらず、水着を新調すると意気込んで、私と梓も道連れで水着を新調することになった。



 予定ではこの後ファミレスで一学期終了の打ち上げをするはずだったが、急遽(きゅうきょ)ショッピングに変更。水着探しに一体どれほどの時間を費やすかは、予想出来ない。だって気に入るデザインに出会うまで、円と梓は絶対に妥協しないから。何ヵ所もお店を巡ることになるかもしれないし、何日間も探し続けることになるかもしれない。でも、それすらも楽しいと思えた。











「これ可愛い〜。どう? 似合う?」



 流石、大きなショッピングモールには水着専門店が期間限定で数店舗出店していて、その規模が小さくても種類は豊富だった。これだけあれば、申し分ない。その証拠にものの数分もしないうちに梓は気になる水着を見つけ出し、その水着を体に当てながら私達の感想を待っている。



 私は梓に合っていると思っていい感じだと返したが、円は何か違うと言った。梓はそれを聞いて残念そうに水着を元の場所に戻した。円の意見を参考にするらしい。私の意見はスルーか。



「可愛かったのにー。何が駄目だったの?」



「駄目とかじゃなくて、なーんか違うのよ。梓はビタミンカラーが映えると思う」



 二人の会話を聞きながらハンガーラックに掛かった水着をかき分ける。納得のいく一枚に出会いたい一心で。思えばこんな風に欲しい物を探すのは、久しぶりだってことに気づいた。小さい頃お母さんに一つだけお菓子を買っていいと言われて、そのたった一つを選ぶことにワクワクしたあの感じに似ている。まだそんな気持ちが自分の中にあったことに、くすぐったくなる。



 こんなんじゃ梓のことを、子供っぽいとか言えないな。



 子供染みた姿を見られるのは恥ずかしくて、それを隠すために二人から少し離れて一人で水着を物色してみたが、それは失敗だった。見れば見るほど自分の好みが分からなくなってきたてしまった。おかしな話だ、自分のことなのに。



 優柔不断とは違う。いいなと思う物はあったけれど、これといった物がなくて。柄が良くてもデザインが、デザインが良くても柄が、とそんな感じで探し始めた時のワクワクよりも、今は残念な気持ちの方がやや(まさ)ってきている。これはまずいと思った。



 だけど、私には一つだけ解決策がある。



 妥協だ。



 私にはそれが出来る。虚しいが、それが出来てしまう。



 水着を一つ手に取って、体に当てる。悪くはない、はず。柄がもう少し控えめだったら完璧だったのに。でも、うん。もうこれでいいや。



 むしろ欠点が柄の大きさだけってすごくない? これ以上にいいのってなくない? ってポジティブな言葉を並べて無理矢理自分を納得させる。



 これがいいじゃなくて、これでいい、と言い聞かせる。



 プライドなんて有って無いようなものだ。周りの同級生達のようには、なれない。あのかっこよさは私には不釣り合いだから。それが見合うようになれる時が来るかもなんて、淡い期待もしない。期待すれば、叶わなかった時の虚しさが倍増することを知っているから。





「ユイはそれにするの?」



 近くから聞こえた円の声に体がビクリと跳ね、咄嗟に胸を押さえる。何だかすごく悪いことをしている瞬間を押さえられたみたいで、心地悪さを感じる。こんなに驚くと思っていなかったのだろう、私が何かを言うより先に、円がごめんと謝る。



「びっくりしたー、全然気づかなかった」



 心臓がバクバク暴れ回っている。



「ごめんって、そんなに集中してるとは思わなくて。で、それにするの? 見せて」



 私の返事も待たずに、円は私の腕から水着を掻っ攫って広げて見る。何て強引で大胆なんだ。自分の選んだ物を目の前で品定めされるのは恥ずかしくて、下を向く。スニーカーの汚れが気になった。



「何か違う」



 ……だよね。



「ユイ、本当にこれがいいと思ってるの?」



 下を向いている私には、円がどんな表情をしているのか分からない。ただ、その声が不機嫌だということは分かった。普段より声が低い。ヒヤッとして腕をさする。冷房の所為でやけに体が冷える。



「これでいいかな〜って思って」



 へらりと笑ってみせたが、これにあまり効果がないことは百も承知だ。暗に諦めましたと言っているようなものだし。



 これから円に説教されるのかと思うと、より一層体が冷えた気がした。こんなことなら薄手のカーディガンの一つでも持ってきていればよかった、と自分の準備不足を後悔する。



「円はいいの見つけたの?」



「んー? なかった」



 私の許可を得ずに、円は水着をハンガーラックに戻す。その水着を買わせない気だ。



「でも、ネットでいいの見つけたからポチッた! だからユイの水着探し手伝うねぇ」



「あ、ありがとう?」



 頼んでいないけど、円と一緒に探した方がいい物に巡り会えそうな気がするから、一応お礼を言っておく。お礼は疑問系になったけど。



 一緒に探してくれることはありがたいのだけれど、梓の方はいいのだろうか? 円と話している間、梓の姿を見ていない。ハンガーラックに隠れてしまうほど身長が低いわけでもないし、レジに並んでもいない。円に梓は何処に行ったのか、視線だけで問いかける。



「? ああ、梓なら他の水着売場見に行ったよ。あっちの方が梓好みのデザインありそうだったから」



 円があっちを指差す。何だ、結局水着選びに悩んでいるのは私だけか。何だろう、この置いてきぼり感は。



「で、ユイはどんなのをお探しで?」



「どんなのって、説明、難しい。こういうのって直感じゃないの?」



「何その天才肌っぽい言い方。分からなくもないけど」



 円が小さく笑う。その間も水着を探す手は止めない。その手の動きを見ていると、好みを聞いたくせに私の意見を聞き入れる気はあるのかと心配になる。



 どんなのがいいか悩んでいる私を無視して良さげな水着を見つける度に、体に当ててを繰り返す。着せ替え人形にでもなった気分だった。



 大事なことは、その人形自体が気に入った物を身に付けない限り何の意味もないということなんだけど、それを忘れていないよね? と思うほど次から次へと水着を当てられる。



「ねえ、円が私の水着を決めるの?」



 心配になって、確認する。周りを見てみても、私達のように友達と相談しながら決めている人がたくさん居た。それ自体は全然悪くないけど、円のやり方だと結局私が妥協したことに変わりはなくなる。それじゃあ駄目だからさっき円は不機嫌になったのに、この行動は矛盾している。



「っんなわけないじゃん、決めるのはユイだよ。私は良さげなのがあったら薦めるけど、何もそれにしろとは言わないから。あくまでも、私はサポート。決めるのはユイ。分かった? これでいいとか適当なこと言ったら怒るからね」



「……肝に銘じておきます」



「よろしい」



 私は円の言葉をしかと受け止め、水着に手を伸ばす。



 また円が小さく笑った。私も笑いそうになった。



 女子高生、やっぱりかっこいい、って。











「私達もあっちに行ってみる?」



 散々今居るショップで水着を探したが、ここには気にいる物がなかったので、(あずさ)が行っているショップの方に移動しようと(まどか)から案が出た。だが、梓が居るショップは見るからに私好みの物じゃないと遠目からでも分かる。眩しいな、色味が。円もそれを分かっていて行こうと言うのだから、何を考えているのやら。



「好みじゃない店でも見てみるとさ、意外とあったりするんだよ? とりま、行ってみよう。なかったらまた別のとこに移動すればいいんだし、ね?」



 げんなり顔の私を見て心中察してくれたらしい。



 円の言うことにも一理あって、頷く。見る分にはタダだし、もしかしたら、ということだってある。それに、見慣れてきたせいか、そのショップの水着がそこまで派手な色合いには見えてこなくなった。慣れってすごい。



 梓は私達と合流してすぐに自分で見つけた[ 良い一枚 ]を見せてきた。見た瞬間、それいい、って思った。水着単体で見ても可愛いし、梓にも似合うデザインだった。今度の水着は円も納得していて、グーサインを梓に向けてしている。梓も嬉しそうにグーサイン返し。私もした方がいいのか迷ったが、そんなキャラじゃないのでやめといた。



「可愛いーじゃんそれ。梓に似合うよ」



「でしょ〜見つけた瞬間、ビビッとキタ!」



 まるで恋である。それも一目惚れ。うっとりと水着を見つめる姿は、恋する乙女そのもの。



「んで、ユイはいいのあった?」



「なかった。悪いけど、二人とも探すの手伝ってくれる?」



 私の珍しいお願いに、おぉと声を漏らしたのがどちらかなんてどうでもよかった。自分でも素直な自分に驚いている。だけどもう妥協しないと決めたから、その為に二人の意見だって私には重要なんだって気づいた。最後に選ぶのは自分だ。だから素直にさらけ出すしかない。



 また水着に向き合う。どれも夏らしく明るい色をあしらっている。形は様々だが、絶対に体型カバーできるものと決めている。色と柄は梓とは対照的なものを。長い間悩み続け申し訳ないと思うが、二人とも楽しそうだったから気にしないことにした。ふざけてありえない水着を勧めてくることもあって、そういう意味でも楽しんでいるようだった。



 いつもは私が二人の買い物を待つ側だから、たまには立場が逆になってもいいだろう。








 自分のことは自分が一番よく分かっている。私の言うそれは残念ながら良い意味ではない。不思議と人は自分に似合うものよりも、自分に似合わないものの方が分かったりする、という意味だ。虚しいことに、私も自分に似合うものより似合わないものの方が分かっている。むしろ、そこだけは自信があった。



 好きなものを身につけた時、単純に嬉しくて無敵になれた。いつもとは違う自分になれた気もした。誰にもバレないように浮かれて、脳内でスキップ。ちょっと嫌なことを言われても笑って許せたあの頃。



 たった一言、悪気はない澄んだ目をして言われた一言に、私は傷ついた。



 ーーなんか、ユイちゃんぽくないね。



 それは、充分な一言だった。



 今なら使い慣れた作り笑顔で上手くかわせる一言も、あの頃の私にとっては、とても重たい一撃だった。



 痛い。



 好きで身につけていた物が似合わないって、そりゃないわ。これからは、好きでもない似合う物を身につけなきゃいけないの?



 一体何の為に? 誰の為に?



 自分の好きと似合うはイコールじゃないと知った時のあの気持ちは、説明できない。



 その日を境に私はやめたんだ、自分を前面に出すことを。



 外に出る時は目立たないシンプルな物を選び、好きな物は誰にも見られない自分の部屋の中に詰め込んだ。可愛らしいカーテンも真っ白なふわふわカーペットも、大きなテディーベアのぬいぐるみも誰にも見せたことはないし、誰にも見せる予定はない。小学生の時大好きだったアニメキャラのTシャツも、タンスの奥にしまって封印した。封印したまま結局一度も着ることはなく、捨てた。



 捨て続ける日々だった。



 そんな私が久しぶりに自分の意思を解放する。正直、胃が痛い。自分だけが観賞するものなら簡単なのだが、誰かの目に触れるものを自分の好みで自由に選ぶのは色々考えてしまって、つい出した手を引っ込めてしまう。



 妥協し続けてきた罰なのかもしれない。



「ユイはさー、どんなのが好みなのー? 私服は大体白か黒だよねー」



 水着を購入した梓の手には、この店らしいド派手なデザインのショップ袋が握られていた。うわぁって声が出そうになった。ここで水着を買った場合、私もこのショップ袋を持つことになるのかと思うと、やっぱりうわぁって声が出そうになる。これは好きでもないし、似合わないやつだって思った。思ったけど、大事なのは袋ではなく中身だと思い直し、もう少しここで探してみようと思えた。



「……色がある方がいい、でも梓みたいにビタミンカラーじゃなくて、もう少し控えめな色。理想は小さな柄がいっぱい入ってる感じ」



 具体的な要望に二人は面倒くさがる様子もなく、分かったと言って探し始める。



 私は唇を噛み締めた。嬉しかった。ぽくないと否定されなかったことが、何も疑問を持たずに探し始めてくれたことが。



 当たり前だけど、円と梓は、あの子じゃないんだ。






 これは? これは? と数分置きに交代で水着を持ってきてくれる。私の要望に近いと思う物を探し出すのは、至難の業だ。当の本人が頭を抱えているのだから尚更。



 やっぱりここには派手な物が多い。好きにはなれないなあ、落ち着かない。こんなピンクのビキニ誰が着るんだよ! ってツッコみたくなる。



「梓、あっちの店に行こう?」



 強い色に目が回り、もう別の店で探そうと声を掛ける。先に近くにいた梓に声を掛け、二人で円の元に向かう。円は目の前の水着に気を取られ、私達の存在には気づいていないようだった。それをいいことに、梓が円を驚かそうと忍び足で近づく。面倒くさいから止めない。



 あと少しというところで、円は振り返った。高揚とした表情を見るに、梓に気づいたから振り返ったわけではなさそうだった。梓の方が驚いてダメージを受けている。これも面倒くさいからそのままにしておく。自業自得。



 円の目に梓は映っていない。



「ユイ! これは!」



 バッと目の前に突き出された水着は、あまりにも近くて二、三歩下がって見るくらいが丁度よかった。その水着を見て、沸き上がる何かを感じる。奥深くにしまっていたあの気持ちが見え隠れする。



 梓のようにうっとりすることはないけれど、この後お揃いのショップ袋を持って並んで歩く姿が自然と浮かんできた。

 





















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