四十九日II
最後のチャイムが鳴るとみんなウキウキで席から立ち上がった。友達と軽く挨拶を交わす人もいれば、長々と話し込んだりする人もいて、とそんな感じで呆気なく一学期は終わりを迎えた。
セミも心なしか私達を祝福してくれている気がする。お疲れ! 頑張ったな! って。さっきよりも鳴き声が力強くなったから、そんな感じのことを言っているんだと思う。珍しく、ポジティブな解釈をした。ちょっと不思議キャラ? みたいな考えの自分にドン引きである。
リュックに荷物を詰めながらも、周りの会話に聞き耳を立てる。これに深い意味はない。コソコソと人の話を盗み聞きして楽しむような趣味は持っていないけど、ただ、これはそう、BGMだ。耳障りにはならない会話なんだ。しばらくの間、聞くことがなくなるから、見納めならぬ耳納めしとこうってことで、ただそれだけ。
その会話は私達と同じようにいつ遊ぶかって話が大半で、どこの集団も大変盛り上がっていた。小・中学生と然程変わらない盛り上がり方に呆れてしまうが、私も似たようなものだから何とも言えない。
「せっかくのお祭りだし、浴衣着たいねー。どうする? 持って行っちゃう?」
「着たいけどねぇ、流石に持って行くのはちょっと。ねぇ、ユイ」
「あー、浴衣ねー、私そもそも持ってないんだよね」
BGMは強制的に消した。
えっ! 浴衣持ってないの! と、信じられないものを見るような目で円と梓に見られる。その反応が私には信じられなかった。浴衣持ってない人なんて、世の中にごまんといるはずなのに、そんなに驚くこと?
でもまあ、今時の女の子はみんな持っているアイテムなのかもしれない。イベント毎に必須アイテムって物があって、例えワンシーズンに一度しか使用する機会がなかったとしても、当然だと言わんばかりに揃える。自分なりのこだわりを決して曲げない、妥協したりなんてしない。執念、とは少し違うけど、とにかく、自分が納得した物しか身につけない。女子高生って、結構かっこいいと思う。そういうの私にはないものだから、すごいな、と思う。
世間様は、このこだわりを鼻で笑うんだろうけど。
「ユイらしいと言えばユイらしいか。でも持ってないって聞くと、着せたいなーって思うよねぇ」
「それな! ユイこの機会に浴衣買っちゃいなよー。安いのは本当に安いんだよ? なんなら私と円で選んであげるよ?」
気のせいか、梓が円に毒されてきている気がする。ずっと一緒にいると、似てくるんだな。できればそっちに似てほしくはなかった。円が梓寄りになっても、それはそれで嫌だけど。いや、嫌っていうよりは面倒くさい、か。
「要らない。一度しか着ないとかもったいないし」
「そんなのわかんないじゃん。そうだ! 来年も行こうよ! そしたら一度じゃなくなる! ねっ?」
ねっ? じゃないわ。同意を求められても困るし、何より、苛つく。
来年があるか分からないじゃん。無責任なこと言わないでよ、って言葉はすんでのところで飲み込めたからよかったものの、もう少しで梓をまた傷つけてしまうところだった。これは流石に言っちゃ駄目な言葉。でも、梓も悪い。無神経すぎる。
勝手に一人で傷ついて、勝手に一人でヘコむ。あれ? 私ってこんなに面倒くさい人間だったっけ? 少し前の変なポジティブ思考といい、まさか、夏風邪の前兆だったりする?
「来年って受験生だから、無理じゃない?」
助け舟、本日二度目。リアルな理由に梓は反論できない。むっと顔をしかめて、何故か円ではなく私の方を見ている。私、何も言ってないのに……。
「確かに受験生だけども! 息抜きは必要でしょう?」
「それは本気で勉強頑張ってる人が言う台詞だからね」
梓のもっともらしい言葉は、円のもっともらしい言葉を前に歯が立たなかった。今までも何かしらの言い合いがあった時に、ここぞとばかりに持ち合わせていた素晴らしい台詞を円相手に使ったこともあるが、ただの一度も梓が勝ったためしはない。これから先、円のことを負かすチャンスがあったとしても、何でだろう、梓が円よりも優位に立っている姿は想像出来なかった。
っていうか、もうこのオチはネタになっている気がする。梓が勝ったら勝ったで、私はそれに満足できず、いつも通りのオチを欲しがるだろうから、完全に出来レース。よって、梓が円に勝てる日はやってこない。
「はいはい、私が悪うございました! そうですね、円の言う通りですね! ってゆーか、円は私の味方じゃないの? さっきまでこっち側だったよね? まさかの裏切り!」
わざとらしくスマホに視線を落として四人のグループルームを確認する円と、一人騒がしい梓、そしてその二人の間に黙って挟まれる私。いつも通りすぎる図に、誰も何も言ってこないけれど、ごく稀に私達に話しかけてくる人もいたりする。
それは私から見たら挨拶と業務連絡を混ぜたような雑談とは似ても似つかないものだったり、興味本位からかこっちがどういった人間なのか探ってくるような、いやらしいものだったり、そのどちらでもない、ただそこに居たから話しかけた、みたいな全く下心のないものだったりと、大体がこの三つに当てはまる。
最初と最後に当てはまる人に害はないが、真ん中の興味本位で近づいてくる人は厄介で、面倒で、同時に不快感も連れてくるものだから歓迎できない。うちのクラスにはそういったタイプの人は基本的にいないので、今日まで快適な高校生活を送れてきているわけだが、もちろん全くない、というわけではない。
さっきからこちらにチラチラと視線を送りつけてきていたやつがいたのだが、それに気づかないふりを続けている私達に痺れを切らしたのか自ら私達の輪に入ってきた。
山本とよく一緒にいるやつ。こいつが一体どれに当てはまるのか、一人見定める。
「なあなあ、鈴木達は夏休みどーすんの?」
いきなり話をふっかけてきて、話の主導権を握ってくる辺りが山本と似ている。どっちがどっちに似たのかはこの際どうでもいいが、パーソナルスペースが近い人はどうも苦手だった。そもそも、休みに何をするかなんて話し合うような仲ではないのに、そんなことを聞いてくるのだから興味本位で来たパターンだ。
互いに何のメリットにもならない会話というのは、仲の良い人達だけにするもので、その他の人達とはするものではない。これは私だけかもしれないが、気を使わないでいい相手じゃないと何を話しても会話した気にはなれない、と思っている。
だから、彼が私達の会話に加わってきた時点で、私のテンションはだだ下がりだ。何も、彼が悪いわけではないけど、私にとってはこの場から離れたいと思う理由には充分だった。それでも、あからさまに距離を取ったりはしない。
「普通に遊んで勉強して、また遊ぶ、みたいな感じだよ」
彼がもっと違う答え方を期待していたのを分かっていてありふれた答えを返したのは円。円はずるい。冷めた言い方にスマホに落ちたままの視線は、容赦なく彼を傷つけている。
空気を読むのが得意な円は、彼が自分のことをどう思っているのか知っているのだろう。だから敢えての塩対応。無駄に期待させることをさせずに、できるだけ浅い傷で済むように、これもまた円なりの優しさ。
「……そーだよな、みんなそんな感じだよな。プールとか祭りとか、行かねぇの?」
彼はめげない。何とか会話を続けようと必死だった。これを逃せば一ヶ月は会えないという気持ちが、彼を突き動かしているのだろう。それも分かった上で円が何と返すのか、私と梓は静かにその返答を待つ。
彼の緊張が伝わってくる。
「プールには行かないかなぁ、お祭りは行くよ。そっちは?」
自分のことを聞かれてあからさまに嬉しそうな彼を見て、申し訳ない気持ちになった。こんなこと私が思うのはおかしいが、そう思ってしまった。
消えていたBGMが流れ始め、話しやすい雰囲気になる。すぐ近くではしゃいでいたグループが教室から出て行った。それでも音は小さくならない。
「俺も祭り行くよ。毎年行ってんだ。今年は彰達と行くんだけどさ、鈴木達もあれだったら一緒行かねぇ?」
あれとは? とどうでもいい彼の言葉を拾ってしまったらしい円は不快そうだ。そういう表現が嫌いだから。彼は使う言葉を間違えた。可哀想ではあるがフォローしてあげるほど私は優しくないので、電源を切ったままだったスマホの電源を入れ、あたかもスマホに夢中ですってふりをしながら輪から外れる。しっかり会話には聞き耳を立てているけれど。
「ごめーん。私が行くお祭り、この辺のじゃないから一緒には行けない。他あたってー」
優しさはなかった。言い方が軽い。女の子なら誰でも良いんでしょう? って言っているように聞こえる。彼はしまったという顔をしている。誰かではなく、円を誘っているんだと上手く伝えられなかったことに気づいて、今までの会話を後悔しているようだった。後悔先に立たずってこういうことなんだろうか。
輪から離れて行く彼の背中は悲しかった。アプローチを失敗する瞬間に立ち会ったのは初めてだが、できればもう見たくないなと思った。梓も何とも言えない顔をしている。ケロッとしているのは円だけだ。一応、あんたのことで彼があんな感じになっているって自覚はあるのだろうか? 将来、円が魔性の女にならないか不安だ。
「もっと言い方があったろうに」
「私は梓とは違うの。あんなんでいちいち感情揺さぶられてたら、埒あかない。ねぇ、ユイ」
だから、同意を求めないでほしい。
「あいつのことはいいから、ほら、話の続きしようよ」
話を切り替えてくれたところ悪いが、私としては話を戻さないでくれていた方がよかったのに。浴衣があーだこーだ話し合うのはもういい。
そんな私を他所に、彼のことをとっくに忘れた円と梓はまた浴衣の話で盛り上がる。あの色がいい、あの柄がいい、髪型は、髪飾りは、って話は止まらない。私のため息も止まらない。
まだ教室にはたくさんの人が残っている。会話は続く。いくら現代っ子と言えど、やっぱり直接会って話すことの方がスマホ越しよりも断然楽しいんだと思う。
教室に居る人達が一瞬だけキラキラして見えた。気のせいだってすぐに気づいた。これは見せかけの綺麗でしかない。あの日からずっとそうだ。
苦しいなーー。そう思った時、またタイミングよくスマホが震えた。電源を入れた時の振動の後に来る、新着メッセージ通知の振動だ。
最後に山本に送ったあの娘の家に行ったのか、という質問に『行ってきた』という返信が来ていた。
そして、その文の下にまた新たなメッセージが表示される。
『夜、ちょっと会わねえ?』
迷う必要はなかった。
私はすぐに『いいよ』と返信した。
山本から誘われなかったら、たぶん私が誘っていた。
夏休みのこととか魅力的な話はそこら中に飛び交っていたけれど、そんなことよりも、何よりも優先すべきものがあった。
私と山本の優先事項第一が同じで、だから、今夜二人で会うことは、必然なんだと思った。




