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四十九日

 





 この教室には、一つだけ空席がある。生前、白石愛海(しらいしまなみ)が座っていた席だ。彼女が亡くなった現在(いま)でもここに在るのは、彼女がちゃんとこのクラスの一員だということを目に見える形で残しておくためのものなのだと、私は勝手にそう思っている。



 誰かがその席を退()かそうとするところを、見たことがない。そのままでいいと思うし、そのままがいいと思う。きっと三年生になるまでずっと、ここに在るんだと思う。



 埃をかぶる前に誰かが彼女の机とその周りを掃除しているから、そこに生活感がなくても、清潔感はずっと、ある。そのせいで、今でもその席に彼女が座っているように見えるのだから、困ったものだ。



 毎日、目につく。授業中も休み時間も。


 

 後ろの席だから分かることは、他のクラスメイト達もその空席を気にして見ていることがある、ということだった。



 白石愛海と仲の良かったあの娘達は、悲しそうに。他の人達はぼうっと、心ここに在らずと言った感じで見ては、その後に顔が歪む。何故か、初めから素直にその悲しみを表すことはしない。



 私は、一体どんな顔でその席を見ているのだろうかーー。



 ここは、息苦しい。でも、明日から一ヶ月弱の間ここには来なくていいのだ。学校には来たいけど教室には行きたくないと、矛盾した感情の行き着く先が見えなくて、私は一人途方に暮れる。








山本(やまも)っちゃん、何で来てないのー?」



 一つだけだったはずの空席が今日は二つあって、(あずさ)は朝から不満気だった。今日は終業式だし、その空席が山本(やまもと)の席だったから、尚更無視できなかったのだろう。



「終業式なのにねぇ、何してんだろ山本のやつ。まさか、夏風邪? やっぱ馬鹿だったかー」


 

 本人が居ないのをいいことに、(まどか)は言いたい放題である。夏風邪引いたらこんな風に言われるのかと思うと、絶対に夏風邪だけは引かない、と変な決心ができてしまった。



「もぉ! 連絡来なーい! 寝坊か? 寝坊なのか?」



「終業式に寝坊て、それこそ馬鹿じゃん」



 四人のグループルームに動きはない。梓と円、二人が山本にメッセージを送っても、既読が付くことはなかった。「ユイも何か送ってよ」と梓に言われ、私も仕方なくメッセージを打ち込む。打ち込んですぐ、その画面を二人がチェックする。そして、円が怪訝な顔をしながらこっちを見るものだから、こっちも怪訝な顔をして、見返してしまった。喧嘩を売っているわけじゃない。



「[大丈夫?]って何? 何に対しての大丈夫なの? ユイ、山本のこと何か知ってるでしょ」



 流石(さすが)、鋭い。



 さて、何と返そうかと考えていると、助け舟のように校内放送が流れ始めたので何も考えなくてよくなった。放送は終業式のために体育館に集まるように、と二度繰り返される。



 円は怪訝な表情を引っ込めて、まあいいやと深入りしてくることもなくダルそうに教室から出て行く。体育館に向かうその背中に声を掛けようと思ったが、やめた。何を言っても、無駄な気がした。



 実際には、私は何も知らない。山本が学校に来ていない理由を、この中で一番仲の良い梓が知らないのだから、私が知っているわけがない。それなのに、大丈夫? と送ってしまったのは、何となく、今送るならこれだ、と思ったからだった。











 体育館は死ぬほど暑苦しかった。ただ立っているだけなのに、スポーツをしている時のそれとは似ても似つかない不快な熱気が、ねっとりといやらしく体にまとわりつく。肌に触れ、馴染み、馴染んだと思ったら浮き上がり、水滴となって流れ落ちる。



 手短に話すと言ったのに、校長は見事に私達の期待を裏切って長話をするものだから、マイクを通して届くその声にも嫌な熱を感じてしまう。呼吸するだけで湿度が上がり、冷たい空気を求めるように、自然と窓に目が行く。早く終われ、早く終われ、とそんな無言の懇望(こんもう)をする生徒達は、睨むように校長へと視線を送り続けている。禍々(まがまが)しい光景だった。



 円はサボればよかった、とか思ってそうだな。



 最後に、長期休みだからといって羽目を外しすぎないように、とお決まりの台詞(セリフ)で校長は話を締めくくった。地獄の終業式がやっと終わった。



 その頃には、山本から返信が来ていた。



 『大丈夫。だけど、大丈夫じゃない』



 クエスチョンマークが頭上に浮かぶ。返信の内容もそうだけど、山本が何故かグループルームではなく、私個人に返信してきていたからだ。梓と円には話せないことなのだろうか?



 『体調、悪いの?』



 『それもある』



 『夏風邪じゃないよね?』



 『違う』



 『じゃあ、どうしたの?』


 

 ぽんぽんとテンポよくしていたメッセージはそれを最後に、途絶えた。既読スルーされた。ちょっと、ほんのちょっとだけショックだった。隣で梓が山本からの連絡がまだないと騒いでいたが、今しがた山本とやり取りをしていたことは、言えなかった。どうして個人的に返信が来たのか聞かれることが、面倒だと思ったからだ。



「それよりさ、夏休みのお泊まり会はどうするの?」



「そうだった! お泊まり会のことなんだけど、おばあちゃんの家の近所で夏祭りあるからそれに合わせて行こーよ!」



「おっ! いーねぇ、お祭り。行きたい行きたい! いつあるの?」



 有り難いことに、お泊まり会のことを口に出すと二人の関心は簡単にお泊まり会の方へと移ってくれる。お祭りというワードが出た瞬間の円の反応はかなり良くて、もう二人の頭の中に山本はいない、はず。私の中にだって……まあ、残像程度には、いるか。



 二人を見習って山本のことを忘れてお泊まり会のことだけを考えようと思っていたのに、その時を狙っていたかのようにスマホがブブブ、と震えた。実は登校していて、何処かで私達のことを見ているんじゃ……なんてことを一瞬考えてしまう。それくらい絶妙なタイミングだった。



 『四十九日』



 ストンと胸に三文字の漢数字が、落ちる。



 そうか、今日は彼女の四十九日だったのか。



 たぶん、今の私の顔は歪んでる。クラスメイト達の、あの顔が自分と重なる。それよりも、もっと酷い歪み方をしているかもしれないけど、自分の顔を見ることができないから確認しようがない。



 何で今、このタイミングなんだろう。あー、スマホを見るのが怖いなぁ……。



『あの娘の家に行ったの?』



 そう返事をするのがやっとで、すぐにスマホの電源を切る。放課後まで見ないことにした。




 逃げるには、丁度いい手段だった。
































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