和解
素直になるには、勇気がいる。ごめんってその一言さえ言ってしまえば、自分の悪かったところをあっさりと全て差し出すことが出来るのに、そこに至るまでが、遠い。
気分は最悪。ベットに潜り込んだら嫌な感情に包まれてしまうと分かっているのに、どうして私は懲りもせず毎度同じことを繰り返すのだろうか。電気も付けずに、部屋の中で一番暗闇に支配される場所に身を隠して、気味の悪い怪物みたいだ。私の形に盛り上がったベットがその証拠。
自分が悪かったと分かっている。でも、だって、いきなり切り込んでくるから、どうしようもなかった。
どうしよう、このままタオルケットに隠れたままでいたら、本当に怪物になってしまうかもしれない。楽な方に流されて、醜い生き物になる。なんて惨めなんだ。
暗闇の中で手に持ったスマホの光が、情けなく私の周りを照らした。人差し指で送るメッセージはたった三文字、伝わるだろうか? 本当に悪いことをしてしまったと反省していることが。
一文字ずつ気持ちを乗せてタップする。
『ごめん』
ーー送ってしまった。だいぶ時間が掛かったが、送った。グループルームじゃなくて、山本個人に。主語がないごめんは、どう受け取られるだろうか? 体を更に丸める。怪物になるとか言っていたくせに、今の姿は強者に怯える小動物のようだ。スマホが震えるのが怖い。でも、震えてほしい。既読スルーは辛い。許してもらえなくてもいい、返事は[うん]でも[すん]でも何でもいい。私が無神経過ぎたせいで、山本を傷つけてしまったのは確かだから、何を言われても私にはそれを受け止めなきゃいけない責任がある。
待つ時間は長くて息苦しい。顔だけタオルケットから出して、物理的にだけでも息苦しさを解消したかったが、残念ながらここには今の私にぴったりな、湿っぽい空気しかなくて全然すっきりしない。気づけば手足もタオルケットからはみ出していた。そうすれば、少しだけ呼吸が楽になった、気がした。
月明かりが頬を照らす。スマホの光とはまた違った輝きが眩しい。後はもう返事を待つだけだ、と投げやりになり何も考えずに横になったまま月を眺める。満月に見えるけど、実際は欠けているかもしれない、肉眼では限界がある。望遠鏡を持っていたとしてもそれを使ってまで月を見たいとは思わないが、はっきりしない自分を見ているように感じて、はっきりさせたいと無性に思った。
段々、月の輝きが曇っていく。未完成な姿を誰にも知られないように流れてくる雲を纏い、暗闇に隠れながらもその存在を主張する。月は、自分の見せ方を知っている。
真夏の夜にエアコンのない部屋で、かれこれ二時間もベットに横になっていれば、汗もかく。とりあえず、暑い。喉が渇いたが起き上がってリビングまで行くのも面倒くさい。なにより、返事が来ないことには心休まらない。
そろそろ日付が変わる。
前にアミから、もし友達と喧嘩したらその日のうちに仲直りしなくちゃ駄目だよ、と言われたことを思い出してメッセージを送ってみたものの、今日中には返事が来ないかもしれない。もしかしたら、ずっとこのままという可能性だってある。それは、嫌だな。
「何でその日のうちに仲直りしなきゃいけないの?」
「だって、明日があるか分からないじゃない」
「なにそれ、世界が終わる、みたいな? 大袈裟過ぎ」
「んー、世界が終わるかもしれないし、世界が終わらなくても、どちらかの人生が終わるかもしれないじゃない? 明日やろうは馬鹿野郎ー! だ!」
「どっちにしても、大袈裟じゃない?」
「そうかなぁ? でも! 仲直りする瞬間はいいもんだよ! 私は好き!」
いつかのアミとの会話が蘇った。
あの時は適当にアミの話を流していたけど、まさか実感する日が来るとは思ってもみなかったな。今なら分かるけど、その瞬間がどんなものなのかまでは、今の私にはまだ分からない。
意味もなく寝返りを打つ。
枕元に置いていた真っ暗なスマホの画面にぼんやり光が宿って、飛び起きる。眩しい。山本からと思ったのに、ただの広告メールだった。タイミング最悪、とすぐにそれを削除する。そして画面はまた真っ暗になる。
もう寝よう、歯磨きしよ、そう思って立ち上がった時、その動作とは別の振動が、微弱ながらスマホを持っている手に感じた。誰にも見られていないにも関わらず、私は何故か平静を装いながらスマホを見る。
山本からのメッセージだった。
『俺も、ごめん』
たったそれだけ、それだけでよかった。
その瞬間が分かって、思わず笑いが漏れる。
日付は変わっていなかった。
なんだか今日は、暑さにうなされることもなく寝付けそうな気がする。
「おやすみ」と、返信してから、眠りについた。




