拒絶
「俺どうやって話してたっけなあ。っつうか、めちゃくちゃ避けられてるの何で?」
本日も見事に避けられ続けた記憶を思い返しながら、山本は一人落ち込んでいた。言い方自体は明るいが、これは本気で困っている時の顔だと思う。やっぱり彼は器用貧乏だ。
「よかった。避けられてるのは気づいてたんだね。そこまで山本が馬鹿じゃなくて安心した」
「喧嘩売ってんのかこのヤロー」と、軽く小突いてこようとする山本をかわし自転車にまたがるが、キャリアを掴まれ前に進むことは出来なかった。離せこのヤロー。
「あの、離してもらえませんかね? そもそも、あんたこっち方面じゃないでしょ? 何が悲しくてあんたと二人で帰らないといけないのよ」
「はっ、俺だってお前と帰りたいわけじゃねぇわ。今日は用事あって方向一緒なんだからいいだろ、話しながらでも。学校じゃろくに話せねぇんだし」
円と梓とは少し前の道で別れたばかりだった。いつもならそこから一人で帰るのだが、何故か今日は山本も居る。ほんと何で居るんだ、こいつ。道のど真ん中でやめていただきたい。
足で地面を蹴って前に進もうとしても、びくともしない。普段使わない筋肉を使ったことで、足が震えてきた。悲鳴をあげている。なんなら口からも悲鳴が出てくるかもしれない。そうなった場合、山本が色々と誤解されることになるだろうけど、それはそれで有りだと思う。
この他者から見たらやばめのやりとりを、学校帰りの小学生たちに見られて「カップルが喧嘩してるー」と、大声で言われてしまった。瞬間、恥ずかしくて消えたくなった。そんな甘酸っぱいものじゃないんです、青春なんかじゃないんです、と全然知らない小学生たちの誤解を全力で解こうとしたが、「ガキの言うことなんかいちいち気にすんなよ」って言って歩き出した山本にそれもそうだな、と思い渋々ついて行く。
背後では未だに私たちのことをカップルと思い込んでいる小学生たちが、「ちゃんと仲直りしろよー」、「彼氏の方から手ぇ繋いであげるんだぞー」と、要らぬアドバイを送りつけてくる。……彼らの将来が心配だ。
「お前、時間ある?」
角を曲がったところで山本は立ち止まって、私を見下ろした。まだ日が高くて、上を向くと眩しい。セミたちの歌声も絶好調。いつになれば休憩するのやら。
「あるけど……何? あんた用事あるんじゃないの?」
「時間あるならちょっと付き合えよ」
有無を言わせないその言い方が気に食わないが、大人しくついて行くことにした。山本の用事がなんなのか気になった、ただそれだけだ。
駄菓子屋の前を通り過ぎてひたすら真っ直ぐ進む。自転車がからから音を立てるだけで、私たちは無言だった。
山本は小さな花屋の前で初めて私がちゃんとついて来ているのかを確認した。私の姿を確認すると、何の迷いもなく花屋に入って行く。山本には不釣り合いの場所に、私は口をぽかんと開けたまま、しばらく立ち尽くした。セミではなく烏の鳴き声で意識がすとんと私の中に戻ると、急いで自転車を停め、店の中に入った。可愛らしい花の中で真剣に花を吟味する男子高校生の姿は……うん、違和感半端ない。
「……何で花? 花好きなの?」
「……いや、贈り物」と言った山本には、少しの恥じらいも感じられない。お母さんへの贈り物、とか? でも山本が食い入るように見つめているのは真っ赤な薔薇だ。
母親に薔薇って贈るものなの? 薔薇といえば、プロポーズをする時に渡すみたいなイメージがあるけど、感謝とか他の意味もあるのかもしれない。薔薇を贈る山本をイメージしてしまい、笑いそうになった。よく耐えた、自分。
「今日は下見なんだよ。店によっては品揃え違うし、どんなのがあるか知りたくてよ」
「下見って、誰にどんな意味を持って贈るつもりなのよ」
屈んで花に近づけていた顔を上げ、白い菊に手を伸ばす山本の隣で、あまり多くは持ち合わせていない花言葉を思い出しながら、私も近くにあった花に顔を近づける。甘い香りがする。甘ったるくない、いい香りだった。
実は、生まれて初めて花屋に足を踏み入れた私は緊張していた。山本のことを場違いだと思っていたけど、私も大概だと思う。私が選んで、買って、贈るわけでもないのに何故か自分のことのように恥ずかしいと思ってしまっていたのだ。
それを誤魔化すように、スマホで花について検索をする。[花、贈り物]とたった二つのキーワードを打っただけで、ハーバリウムやスワッグなど花束以外の情報も大量に片手に集まる。便利であり、恐怖でもあった。
目の前にある花よりも画面越しに存在するお洒落な花束に、綺麗、可愛い、と心躍る自分が乙女みたいで、恥ずかしくなった。隣に山本が居るから、余計に恥ずかしい。花選びに集中してくれていて、よかった。私のことは眼中にない。
「愛海に、贈ろうと思ってんだ」
「へぇ」
この[へぇ]は何も考えずに口からも出てきたものだ。山本の言葉を脳内で復唱し理解した時、スマホを落としそうになった。変な声も出そうになった。花を手に取ってなくてよかったと安堵のため息も出た。手にしていたらきっと花を折ってしまっていただろうから。
「白石に贈るって……あんた何言ってんの?」
ついにおかしくなったのかと心配になる。まさか、今更告白でもするつもり? 相手はもうこの世には居ない、死んだ人間なのに?
笑えない。やめてほしい。あんたがこれ以上惨めになる必要はない。
暑さと、セミの鳴き声と、避けられ続けるストレス、これらが原因で山本はおかしくなった。きっとそうだ。そうに違いない。そうであってほしい。そうじゃなきゃ、困る。私には、山本の未練を救ってあげられるほどの器量はないんだから。
何と言えば、諦めてくれる?
ーーいや、駄目だ。何も解決していないのだから、山本の気持ちを消化するなんてこと、白石愛海以外に出来ない。これは、私の器量どうこうの問題じゃない。
「贈るってそういう意味じゃねぇよ。……もうすぐ愛海の四十九日だろ? だから、花を持って行こうと思ってんだよ」
お前も一緒に愛海ん家行かねーか? と、山本が続ける。私はそれに即答出来ずにいた。
行くか行かないかで迷っていたわけじゃない。行かないの一択しか私にはない。どう断ればいいか、というところで迷っていたのだ。
「……行かない」
「何で?」
「行きたくない」
ーー行けない。
山本が自分の髪をぐしゃぐしゃかく。すごく、乱暴に。
「……お前、まじ何なの? 通夜だって行ってねぇだろ? 犯人探しはするくせに、愛海のことはこれっぽっちも考えてねぇの? 死んだ人間はどうでもいいって?」
山本の目を見ていたのに、それが一気に足元まで下がっていく。いかついバッシュのようなハイカットスニーカーが、凶器に見える。
だから二人で帰るなんて、嫌だったんだ。
耐えきれなくなって、私は一人で花屋を出た。山本が店の中から私を見ている。怒りは、感じない。でも、眼がギラギラとしていて今にも噛みついてきそうな顔をしている。
太陽に背を向け、自転車を走らす。
捕食される。
私は、一度も振り返らなかった。
山本にだって、私の未練を救えない。




