表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/76

炎暑









 今日一日はニイニイゼミの独唱(ソロ)から始まった。学校までの道のりで、ミンミンゼミが加わり重唱(デュオ)に、学校に着けば、さらにアブラゼミも加わって立派な合唱(コーラス)になった。



 チーチー、ミーンミンミン、ジリジリ、エンドレス。ああ、うるさい。蒸し暑さを倍増させるセミの鳴き声で、本格的な夏が来たと実感する。もわりと肌にまとわりつく空気のせいか、体が重い。



 風を求めて教室からベランダに出ると、大合唱が鼓膜どころか全身をめった刺しにしてきて、暑さにやられていた身体は簡単によろめいた。手すりを掴んでなんとか倒れずに済んだが、その手すりは肌が焼けるほど暑かった。



 この暑さに耐えなければ、夏は越えられない。



 あっついなぁ。太陽の位置が高い、ギラギラと獲物を狙っている。そろそろ本当に捕食されそうだ。





「うわー、あっつ。セミうるさっ」



 いつも完璧なメイクをしている(まどか)の顔も、暑さのせいでファンデが少し浮いている。化粧直しする気も()せたのか鏡をスカートのポケットから一度取り出したのに、それを開くこともなく、しまった。



「文句言いながら出て来てんじゃん。教室(なか)にいなよ」



「いや〜、山本(やまもと)の勇姿を拝もうかと思ってさぁ。にしても本当にうるさいな、セミ」



 言う割には、山本の姿を探す素振りも見せずに壁にもたれ掛かった。そこも暑いけど、手すりにもたれ掛かるよりはマシか。



「円、知ってる? セミの寿命って一週間じゃないらしいよ。数週間は生きるんだって」



「まじか! 一週間の短い人生だからこの騒音も仕方ないなって思ってたのに、ヤツらが憎たらしく思えてきた」



「ヤツらって、ウケる。しかも、この鳴き声でメスを呼んでるらしいよ」



「土から出て来て早々にナンパしてんの? セミやばくない?」



「セミやばい。大きい声で鳴くセミほどモテるってさ」



「だから朝から晩まで全力で鳴いてたんだ。人間だったら絶対モテない要素じゃん、それ。セミ(かい)やばいな」



 私たちの会話が聞こえたのかセミ界は大荒れ、一層鳴き声が大きくなった気がする。暑苦しさが増し、苛つきも増す。もういっそ溶けてしまった方が楽なのに、そんな簡単には楽になれない。楽にさせてくれない。



「あっ、山本居た。ほら、渡り廊下のとこ」



 円の視線の先、ここからは渡り廊下がよく見える。



「山本って器用貧乏だよね。あの追いかけっこはいつになったら終わるんだろう」



「どうやって接したらいいか、分かんないんでしょ。白石(しらいし)とは正反対って言ってたし。山本にとって未知との遭遇、的な?」



 正反対か……。



 なんてことない顔で言うけど、その言葉はなんだか人格を否定しているみたいで、嫌いだ。嫌でも自分と他人とを比較してしまうから。自分の良いところを必死になって探して、他人にないものを絞り出してそうやって削って、削って、磨き上げて、気づかないうちに自分自身を傷つけてしまうことだってある。そういう可能性があるということを、みんなに知ってほしい。そうすれば、世界は少し変わるのかもしれない……。



「あの子も分かりやすく避けてるねぇ」



 足早に進む鯨井真白(くじらいましろ)の姿も、もう見慣れた。必死に山本から逃げている。山本のことが苦手なのか嫌いなのか知らないが、何が何でも距離を詰めさせない、という固い意思を感じる。ここまで来ると山本が不憫(ふびん)でならない。



「やっぱり私が話しかけた方がよかったのかな?」



「んー、どうだろう。ユイが話しかけても山本の二の舞踏みそうだよねぇ。ユイの方から絡みに行くってそもそもキャラじゃないし」



 はぁ、と重いため息が二つ(かさ)なる。山本たちの追いかけっこは見えなくなった。終着点も見えない。ただ待つことしか出来ないことが、はがゆい。



「ユイは変わったねぇ」



 手で顔をあおぎながら、空を見る。縦方向に伸びた雲の大きさは中途半端で、まだ入道雲にはなりきれていなかった。このまま成長して入道雲になるのか、成長せずに消滅してしまうのか、その過程を見ていたかった。雲の形は目を離したちょっとの隙に変わる。別物へと変貌する。それが今は怖かった。でも、見ていたかった。



「変わってなんかないよ。具体的に何処がどう変わったっていうの?」



「んー、変わったっていうか、変わろうとしてるんだろうなって感じかな? 変わりきれないことに苛ついてるでしょ?」



 またあの眼で私をとらえる。



「ははっ、意味分かんない。別に変わろうとなんてしてないし。面倒くさい。それこそキャラじゃない」



「……今はいいや、今は聞かないから全部終わったら教えて」



「教えるって何を?」




「一体何がそこまでユイを突き動かしているのか」



 答えられない私をよそに、雲が少し形を変えた。






















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ