またひとつIII
そもそも、親友の定義ってなんだろう?
目の前に親友が居るにも関わらず、こんな疑問を持ってしまうのは失礼だと重々承知の上だが、親友とは何なのか口にするのは案外難しい。
文字通り親しい友達を親友と世間一般では呼ぶのだろうが、なんだかアバウトすぎやしない? こんなんじゃ、友人の多い人は親友だらけになってしまう。それを否定するわけじゃないけれど、なんだかもっとこう、親友って限られた特別な存在であってほしい。
その単語に振り回されているのかもしれないけれど、頭の中でこの疑問の塊が肥大化してしまう前に、摘んでおかないといけない気がしていた。
梓の一言でまた駅から少し離れた、あのファミレスに今日は山本も一緒に来ている。三人が話している中で私は席に座って早々に、スマホとにらめっこ状態を保っていた。[親友]をググった結果、やっぱりなと言いたくなる説明しか見つからなかった。同音をもじって心友、信友、真友、などもあるらしいが、どれもしっくりこない。私は何を基準に、円と梓を親友と思っているのか、自分でも分からなかった。
萌香の言う、白石愛海にとっての親友だった人は、何を基準に周りの人から白石の親友と言われるような存在になったのか、どうして " 親友だった人 " と、言われるようになってしまったのか、それが知りたかった。
親友が親友じゃなくなるって、どんな気持ちになるんだろうーー。
いつか、私もこの二人を " だった人 " などと言う日が来てしまうのかと思うとーーやめよう、こんなこと考えるのは。考えたところで何の意味もない。
「っんで、俺まで誘ったってことは何かあったわけ? なんかユイがソワソワしてるし」
「は? してないし」
「なになに? 私の知らないところで何か進展があったの!? 聞いてないよ二人とも!」
だから梓は声が大きいんだってば。この前騒ぎすぎて退場させられたことはもう忘れたのか、注文した山盛りポテトに負けないくらいのボリュームの声だ。その声に圧倒されて山盛りポテトが一つお皿から崩れ落ちた。
「進展と言えるのかどうかは微妙だけど、今日ユイが萌香に白石の親友だった人に話を聞いてみれば? って言われたんだってさ……山本、白石の親友に心当たりある?」
「愛海の親友って、萌香たちじゃねぇの?」
「やっぱりそうだよねー。でも、現在進行形じゃなくて過去形だからね? だった人、だからね? もう一回ちゃんと考えてみてよ」
「えー、過去形って何だよそれ。今は親友じゃないってことかよ。そんなやつ居たっけなー」
腕を組み、全体重をソファーに預けるように深く座り込んだ山本の足が私の足に当たる。真剣に考えているからだろうか、軽くその足を蹴ったけど何も言われなかった。
「ってか山本っちゃんって、愛海とはいつからの知り合いなの?」
「ん? あー、中一からかな」
中一から、と答えた山本に温かい眼差しが向けられていることに本人は気づいていない。まだ記憶を掘り返している最中らしくそれに気づいたのは、誰も、一言も話さなかったことを不審に思ったからだろう。それはそれは長い沈黙だった。
「え、何この沈黙。え、何その視線」
何かに身構えるかのように、ソファーに沈み込んでいた体を起こした山本は、私たちを一人一人順番に見る。その焦っている姿に、さっきよりも温かい眼差しの重量が増す。
「ふーん、中一からねぇ」とニヤニヤ悪い顔で円が、「そっかぁ、中一からかぁ」とニコニコ笑顔で梓が、「へー、ふーん、中一からなんだぁ、長いなぁ」と得意のシニカルな笑みを浮かべて私が言えば、山本の焦りは最高潮を迎える。
「なんだよお前ら、気持ち悪りぃな。何でそんな中一って連呼すんだよ」
自分の失言に気づいていないらしい。この空気を早く変えたくて必死なのが伝わってくる。だが、相手が悪かったな、山本よ。
「山本、あんた中一の頃から白石のこと好きだったんだぁ」
意地の悪い円の発言に山本は飲んでいた水を、ぶっと吹き出した。「山本っちゃん、一途だったんだねぇ」、「ね、意外」と梓と私が続ければ、いよいよ山本に逃げ場はなくなる。
「なっ! おまっ! お前らはめたな!」
顔が真っ赤に染まり、かみかみの山本は見ものだった。その貴重な姿を記録しようとスマホを構えたら、やめろ馬鹿、とスマホを取られた。いや、盗られたの方が正しい。返せこのやろー。
「はめてないよ、ただ梓がいつからの仲なのかって聞いたら自分から話してくれたんじゃーん。ところで、何がきっかけで白石のこと好きになったのー?」
始まってしまった円の悪ノリに、私は精神的に距離を取る。自分で蒔いた種だ、自分でどうにかしろ。すでに梓も話から離脱していたので、円たちは置いといて二人で静かに料理を食べ進める。
山盛りポテトになんこつの唐揚げ、マヨコーンピザ。お酒のつまみになりそうな物ばかりを注文し、お酒ではなくジュースでそれらを味わう。サイドメニューは高校生のお財布に優しい値段の物ばかりで助かるが、それでも何度も足を運べばそれなりの金額になってしまうので、バイトを増やすべきか悩んでいる。三年生になれば遊んでばかりではいられなくなるし、お金を貯めるのも遊び尽くすのも今だけしか出来ないことなのかもしれない。
放課後の寄り道も人の少ないのファミレスも、カラオケも映画も買い物も、全部が全部特別な思い出になる日はそう遠くないのかもしれない。高校生ってすごく貴重な期間であふれているんだと気づかされる。日の長い夏の夕方は、もう少しここに居ていいんだよと心に余裕をくれる季節だということにも、今更ながら気づいた。夏も、嫌なことばかりじゃない。
早く大人になりたいと思う反面、ずっとこのままで居られればいいのに、とも思うようになった。
どうか、今年の夏が少しでも長く続きますように。
ファミレスの窓から見える夕方の景色の中に犬を連れて散歩する人が居た。涼しい室内から見ても、その人から暑苦しさを感じなかった。犬も毛が大量に生えたしっぽをぶんぶん振って、とても暑いと文句を言っているようには見えない。雪が降り積もっても、きっとあの犬は大喜びで外に飛び出すのだろう。楽しそうに駆け回る姿が想像出来る。
「何見てんの、ユイ。あっ、わんこだ! 可愛いー。しっぽもふもふ! 暑そう! 絶対めっちゃ暑いって言ってるよ、あのわんこ」
見る人によってその受け取り方は変わるみたいだ。窓ガラス越しにいる犬を見てからの、梓の感想は私の感覚とは真逆だった。今ちょっといい気分でいたのに、一瞬で台無しになってしまった。梓のせいであの犬が不満をたれているようにしか見えなくなったので、犬の方を見るのやめて入口側の窓ガラスから外の様子を見ることにする。
学校終わりの学生と仕事終わりの社会人、買い物帰りで荷物を大量に持っている主婦、野良猫も通った。人と街の流れを観察するのは久しぶりで、ああ余裕がなかったんだな、と自覚した。進展もなしに謎だけが増えて、これからどうすればいいのかと悩む自分の顔が窓ガラス反射して映る。色まで認識出来ないはずなのに、血色の悪い顔をしているのが分かった。
そんな窓ガラスに映る私の顔にいきなり梓の顔をかぶった。驚いて窓ガラスではなく本物の梓の方に顔を向けるが、梓は私のことなんて視界に入れていなかった。まだ会話を続けていた円と山本も話を切り上げ、梓に注目する。
「美紀だ! 美紀ー!」
「あ、この前の娘だ」
梓の友達、美紀ちゃんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。彼女はこのファミレスの常連客なのかもしれない。前にもここで会ったことがあるし、もしそうならここで作戦会議することは、もうやめよう。
聞こえることはないと分かっていても、梓は彼女の名前を呼び手を振り続ける。ここにいるよアピールがすごい。
徐々に近づいて来た美紀ちゃんの方も梓に気づき、笑顔で手を振り返してくれた。その隣には、あの娘も居た。あの娘も私たちに気づき、数秒後、何故か立ち止まった。
「……止まったね」
「うん、止まったね。梓はあの娘とは友達じゃないんだよね?」
「うん、友達じゃないよ。綺麗な娘だから一方的には知ってたけど、有名じゃん? 美人で。真白ちゃん」
真白ちゃんは美紀ちゃんの腕を掴み、何かを伝えていた。何を言っているのか当然分からないけれど、じっとその口の動きを注視していれば、何となく分かった。
ファミレスに行かない、帰るーーと。
美紀ちゃんは苦笑いして、分かった、と多分そう返した。
「めっちゃ嫌がられてない? 私たち」
そう言った円の顔にも苦笑いが伝染していた。私にも梓にもそれが伝染する。
「何か嫌われるようなことしたっけ? 私、この前歌手の話で結構盛り上がったと思うんだけど……」
「あれじゃない? ほら、ユイの顔が怖いとか……冗談! ごめん冗談だって! そんな睨まないでよ」
梓がソファーの上で縮こまる。私はどんどん小さくなっていく梓を睨み続けた。
っていうかーー、
「山本、あんた何だんまりしてんの? いつもなら爆笑してるところでしょ? 静かな山本は気持ち悪いんだけど」
そう、山本が一向に会話に参加して来ないのだ。私が喧嘩腰で話を振っても、山本は窓の外を見たまま微動だにしない。
居たじゃん、と突然山本は一人呟く。
「何が居たの?」
心配にそうに円が声を掛ける。梓も元の姿勢に戻って、ポテトをつまみながら山本を見つめる。
「愛海の親友だったやつ、居たわ。あいつだよ、今居たあいつ。鯨井真白、あいつだよ」
ファミレスのドアが開いて店員さんがいらっしゃいませー、と今来たばかりのお客さんに駆け寄る。もちろん、そこに彼女たちは居ない。
窓の向こう側にも、もう、彼女は居なかったーー。




