距離
最近トークアプリ内に新しくグループチャットルームを作った。メンバーは円・梓・私、そして山本の四人だ。グループ名はまだない。これから命名する可能性もゼロではないから、まだないと言っておこう。
元々円と梓と私のグループルームは存在していたが、それに山本を追加メンバーとして迎えるのことには抵抗があり、その結果新しくグループを作ることになったのだ。それは山本が嫌いだからとかそんな理由ではなく、私たちのグループトークが本当にしょうもない日常会話を繰り広げている場所なので、まあ……そういうことだ。
梓はこの新しいグループルームを作る時に張り切って名前の候補を幾つか挙げたが、誰ひとりとして梓の案に首を縦に振る者はいなかった。その熱意だけは受け止めるが、如何せんネーミングセンスがなさすぎたのだ。仕方ない。まだ梓が命名することを諦めていないので、いつかこのグループに名前が付く日が来るのかもしれない。ぶっちゃけ名前があろうがなかろうが私はどうでもいい。
グループルームを作ってから数日経つが、なんだかんだで毎日動きがある。動いてはいるがしょうもない日常会話も中にはあって、このグループルームを作った意味はあったのかと思いもした。こうなることは始めから予想出来ていたので無駄に落胆することもなかったが、そういう問題ではない。
まず梓と山本からどうでもいい会話が広がり、それに円が悪ノリする。私はこの流れになった時は基本スルーで、どれだけ通知が鳴り響いても無視。翌日学校に行って嫌味ったらしくネチネチと責められても、スルー。
もうひとつ最近変わったことがある。それは私たちと山本との距離感。梓とは変わらず仲がいいようだが、円ともクラス内で話している姿をよく見かけるようになった。この二人に関しては、話していても別に違和感がないからクラスメイトも不思議がることはなかった。
私と山本の距離はというと、以前とは比べ物にならない程縮まったと、私は思っている。ただ、今までまともに会話をしたことのない私たちの場合、いきなり言葉を交わし出すと周りから好奇の目で見られると思い、円や梓のように堂々と人前で話すことはなかった。
山本も山本で私のことを考えてくれているらしく、人目を気にして変に絡んでくることはなかった。その点に関しては、とても感謝している。そういう空気が読める奴で良かった。
ーーと思っていたのに、山本は円同様悪ノリが大好物だったみたいで、人目がなければ凄く嫌な絡み方をして来る奴だった。
「……何しに来たの?」
右手に生姜焼き定食、左手にとんかつ定食を持って立っている私を片方はニコニコと、もう片方はニヤニヤとした顔つきで心底楽しそうに見てくる。
「それがお客に言う台詞なのー?」
「何しにって、定食屋に来たんだから飯食いに来たに決まってんだろー」
ニコニコは梓。ニヤニヤは山本。私のバイト先である定食屋に、この二人はやって来た。絶対私のシフトが入っている日をピンポイントで狙って来やがった。バイト中だから文句のひとつも言えないので、この両手に持っている二人が注文した熱々の料理を食べて舌を火傷してしまえ! くらい思っても罰は当たらないだろう。
ニコニコ、ニヤニヤと嫌なコンビに嫌気がさすが、円が居ないだけまだマシだ。悪ノリした円まで揃うと私が持たない。精神的に。……あれ? そう言えば円が居ない。
「円は一緒じゃないの?」と、円がこの場に居ないことが気になり何故かと聞けば、山本が「円も今日はバイトが入っている」と答えてくれた。いつの間にか円のことを "鈴木" から "円" と呼んでいることに頬が引きつりそうになった。まさかそこまで仲よくなっているとは……どちらもコミュ力高くて怖い。
「円もバイトで暇だから、私をからかいに来たってわけね」
「からかいに来たわけじゃないよー。山本っちゃんがここのご飯食べたいってゆーから」
「梓が美味いって言ってたからよー。そんな怒んなって。店の売り上げに貢献してんだろー?」
それはあれか? 遠回しにお客様は神様です的な扱いをしろって言っているのか?
「どうぞごゆっくりしていって下さいー」
全力の営業スマイルと共にそう言ってやれば、二人揃って「ぶっ」と汚い音を吹き出した。いつまでもこのテーブルに構っていられないので、そっとペーパーナプキンをテーブルの上に置いて離れる。私は今労働中なのだ。それこそ空気を読んで大人しくしておいてほしいものだ。
気持ちを切り替え他のお客さんの接客に行こうとすれば、パートの土屋さんから「お友達大丈夫?」と呼び止められる。「いつものことなので大丈夫です」と返せば、「梓ちゃんはいつも元気ね〜」なんて土屋さん特有の周りをほっこりさせる微笑みを向けられる。これに何て返せばいいのか、今の私は何とも形容しがたい表情をしていたに違いない。
若いっていいわね〜、と言葉を残して行ってしまう土屋さんの後ろ姿を見ながら、言うほど自分も歳をとっていないくせに、とひとり呟く。
私は早く大人になりたいんだけどな……。
梓たちが来店して一時間ほど経った頃、二人にお会計をしてと呼ばれた。注文した料理を綺麗に平らげられたお皿を見ると、自分が作ったわけでもないのに嬉しい気持ちになるから不思議だ。二人共お冷まで綺麗に飲み干している。
ご馳走様でしたと言う姿が、何かちょっと可愛いと思ってしまったことは秘密にしておこう。
最後にお冷飲む? とお冷を注ぐジェスチャーをすれば、もういらないと首を振られた。
「このまま解散?」
おつりを手渡しながらこの後の予定を何となく聞く。二人が帰ってしまうことが寂しいとか、バイトが終わるまで待っていてほしいとか、そんな気持ちは一切ない。
「いや、デザートで締めたいからファミレスでも行く! 山本っちゃんも意外と甘い物いける口だからね!」
「いける口って、それ酒飲みに使う言葉だろーがよ」
梓のその目に何か熱いものが宿っている。どうしても、デザートで締めたいらしい。こうなったら最後まで付き合ってあげないと梓の気は済まない。今日の梓のお守り役は山本か。頑張れ。
「今度はユイと円も一緒に、四人でご飯行こーね!」
店を出て大きく手を振る梓と片手をひょいと挙げただけの山本。対照的なその姿だが、何処かで見たことある姿だと思った。それが思い出せなくて、もやもやした気持ちを持ったまま二人に小さく手を振る。
日が傾き、空は赤と紫が混じり合った色に変わっている。それは夜がもうすぐそこまで来ていることを、暗示していた。
二人の影は小さく見えるのに、私の足元から伸びる影はひどく大きく見えた。私のものなのに、いつか影は私の意思とは別に一人でに動き出しそうで、ゾッとした。
真っ黒のその姿から口だけが白く浮かび上がり、私を嘲笑っているようだ。それに飲み込まれそうになるのを何とか耐え、目を覆う。
今は独りになりたくないと、強く思った。
こんなにも二人が近くにいるのに、私だけ取り残された感じがする。
こんなにも二人が近くにいるのに、私は独りだった。
こんなにも距離が空いていたのかと、その時初めて実感した。
足元で、影がまた静かに嘲笑ったーー気がした。




