幕開け
「で、結局のところ山本はどうしてあの日あんなに早く学校に来てたの?」
自分の席に座り喋り出した円の視線は、窓から見えるグラウンドの方に向いているようだが、意識自体はこちらを向いていた。
「別に珍しくねぇよ。あの時間に登校してんのは」
「珍しいよ、七時前に学校に来てるなんて。山本っちゃんいっつもそんなに早いの?」
「いや、珍しくないってのは " 雨の日は "って意味。晴れの日は七時過ぎだけど、雨の日はいつも以上に早く家を出てんだよ」
山本は普段自宅から最寄り駅まで自転車で移動、駅で電車に乗り換え、電車を降りてからは徒歩で学校まで来ているが、雨の日はいつも乗っている時刻の電車がめちゃくちゃ混むため二本ほど早い電車に乗る、と詳しく説明してくれた。
だから、山本からしてみればあの時間に学校にいることは、" 当たり前 "だった。
「でも、山本っちゃんは靴箱から教室までの空白の十五分間、何処で何をしてたの?靴箱から教室まで十五分も掛からないでしょう?」
「空白の十五分間? ……あー、あの日、雨降ってただろ? だから教室に向かう前に野球部に絡んでたんだよ」
雨が降って、だから、野球部に絡む? 意味が分からない。
どゆこと? と、ふたり揃って私に目で訴えかけられても困る。教えてほしいのは私も同じだ。「ごめん、意味分からない」と言えば、山本は「分かりにくかったよな、悪りぃ悪りぃ」と少しも悪びれた様子もなく軽い口調で謝る。その謝り方はやめた方がいいと心の中で注意しておいた。
「野球部は雨の日の朝練を廊下でしてんだよ。グラウンド使えねぇから、廊下で筋トレとかしてんの。俺、野球部に仲良いやつらいるし、少し話してから教室行ったんだよ」
あー野球部かあ、とはっきりと思い出せないが、ぼんやりと山本の言う野球部を頭に思い浮かべる。
朝っぱらから阿呆らしい絡みをしている姿ははっきりと思い浮かび、思わず納得してしまう。脳内で解決してしまった為にノーリアクションだった私たちが納得していないと思ったのか、「野球部に聞けば俺のアリバイは証明される」と山本が補足して説明してくれた。
疑い過ぎた所為か変に気を遣わせてしまった気がするが、初めから話してくれていれば私たちもこんなに疑うこともなかったのに。最終的に山本の自業自得だったということで勝手に落ち着いた。
「今までどうして疑われるような言い方をしてきたのよ?悠里のこと庇ってるかも、とか言ったり。わざわざ話をややこしくして」
あからさまに呆れた、という様子を見せ付けながら山本に訊くと、お返しと言わんばかりに山本は声を出さずにニヤリと含み笑いを見せ付けてきた。調子を崩した姿を一度見下しといてよかったと思う。もう二度と山本のあんな姿見れないかもしれないと思うと、あの時の自分の判断をナイスだったと褒めてやりたい。
「俺も犯人探ししてたんだわ。犯人探ししてるところにお前らのこと聞いて、お前ら、特にユイが率先して愛海のこと調べてることに違和感あったからよ、とりあえず、様子見? 的な?」
私はやっぱり、山本の手のひらで転がされていたようだ。山本にも山本の事情があってのことだから、もう責めたりはしない。もう終わったことだ、終わったこと。次にそんなことをしてきたら、この協定はいとも簡単に決裂するけど。
「ねぇ、そんなにおかしいの? 私が白石のこと調べてるの」
白石のことを調べ始めてから、散々周りに言われてきたことだ。自分でもおかしいと思わないこともないが、周りから言われると自分で思っていた以上におかしいと思われていることに驚いた。
私じゃなくて、円や梓が始めたことなら誰も、何も、言わないのかと思うと苛つく。
「まあ、梓なら何とも思わなかったろーけど、ユイは違和感あんだろ」
山本に悪気がないことは分かる。それでも、また苛々は沸き上がる。
「でも、クラスメイトが死んだんだ。……普通だろ。お前らみたいに納得出来ないで愛海が何で死んだのか、たちの悪りぃイタズラをしたのは誰か、それを探そうとすることは "普通" だ」
認めたくはないが、この言葉に救われた気がした。言ったのが、こんな無神経なやつだったとしても嬉しかった。普通なんだ。私は。
「とにかくよ、協力するって決まったんだからよろしくな。ただし、俺は本気だからもしお前らが中途半端なとこ見せたら即手を切るからな」
利害の一致がしたから手を組むんだという意味を含ませた上に手を切るなどと、どこか呪文のように感じる重い言葉を掛けられる。
その重みがまだ耳に残る私を置いて話は進む。山本の言葉にもちろんと答えたのは円なのか梓なのか、どちらか分からない。少し遅れて私ももちろんだと返すが、心ここに在らずといった感じになってしまった。
午後五時を知らせるチャイムが鳴り響き、静まりかえっていた校舎にこだまする。それが不気味で、早くこの場から立ち去りたいと思って三人に学校を出ようと声を掛けた。
白石愛海が死んでからというもの、学校に底知れぬ恐怖を感じていた。
恐怖と嫌悪感を抱いて毎日学校に来ることは、かなりしんどかったが、「行って」と誰かが囁いている気がしてあの日からも変わらず皆勤賞を継続中である。
その記録が途絶える時は、きっと本当にもう無理だと感じた時だろう。
そんな日が来ないことを祈るしかない。
四人で教室を出て廊下を歩いていると、先生とばったり会った。
「珍しい組み合わせだな」と私たちを見て小さく笑いながら言った言葉に、深い意味がないと分かっていても私はまた苛つく。
背の高い山本を盾にするように先生からは見えない位置にこっそりと移動する。会話に参加しない代わりに聞き耳を立てながらも、早く何処かに行ってくれとぼやく。誰にもその声が拾われることはなかった。
「センセー、まだ帰ってなかったんですかー?」
興味もないくせに梓が話を広げるものだから、もう少し山本の背中を拝借させてもらうことにする。山本が一度不満そうに振り返ったから、もしかしたら後で文句を言われるかもしれない。それも面倒くさいが、先生と話すよりはマシだ。
教師という立場からしてみれば、梓は少しお転婆だけどいい娘というカテゴリーに分類される生徒で、まあ、可愛い生徒だと思っていることだろう。
その可愛い生徒に話を振られたのだ。悪い気はしないはずだ。なんとなく嬉しそうに見えるし。
「お前たちみたいに放課後残ってる生徒たちが居ないか見回りしてからじゃないと帰れないんだよ」
心なしかスーツがクタクタになって、その疲れを具現化しているように見える。
「えっ! じゃあセンセーが毎日見回りしてるの? 警備委員とか雇ってないの?」
「みんなでローテーション組んで見回りしてるよ。うちの学校は警備委員を雇ってないから、今日は先生の番だったんだよ。ほら、お前たちも早く帰れ。家でもしっかり勉強しろよ」
教師らしい台詞で締め括る。だが、私たち四人が注目したのはそこではなかった。
ーー教師たちが自ら見回りをし、警備委員がいない。これは嬉しい収穫だった。
「この時間が最後の見回りじゃないですよね?」
山本の背後から出て来るなり質問をしてきた私を見て、先生は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。私が居ることは分かっていても、話し掛けられるとは思っても見なかったのだろう。分かりやすい人だ。
「ちゃんと夜も確認するさ。全ての部活動が終わってからだから、八時過ぎくらいかな」
八時過ぎ。それが最後に見回りする時間。
前日の夜八時から当日の朝七時十五分までの間にあのイタズラはされたのか。
気を付けて帰れよー、と言いながら離れて行く先生を他所に、四人それぞれが考えを巡らせたーー。




