気持ちII
さっきよりも大きく項垂れる姿は、私たちに「俺は今、恋しています」と言っているようなものだった。
それをしおらしいとか間違っても思わないが、あんたも人の子だったんだな、と誰目線か分からない生暖かい感想が浮かんだ。
「あー、もー、マジでなんなのお前ら。クッソ」
小さくなった姿に、小さな声で文句を言っても怖くも何ともない。有利な立場に今、私たちはいるようだ。悪くない、この感じ。今の内に山本を見下ろしておこうと思う。
「好きでしょう? 愛海のこと。私も好きだよ。愛海のこと」
再度口にするには勇気のいる内容だと思うが、躊躇わずに言った当の本人は、まるで自分がしていることに悪気がなさそうだった。
「は? 梓、まさかお前、そういう意味で言ったのか?」
そういう意味がどういう意味なのか瞬時に悟る。梓以外の三人がまさかそんなと思ったが、そのまさかなのかもしれない。もし、そうだったとしたら勘違いして自分の気持ちを暴露してしまった山本がーー口にはしていないが、その醸し出す空気で好意がバレバレだったからーー可哀想でならない。
「そういう意味? ……あ、違う違う。私のは友愛で、山本っちゃんのは恋情でしょ?」
同情の眼差しが一点に集中し始めた頃、梓がけろっとした顔で返答した。そうもはっきりと言われると、言われた側は恥ずかしい思いをするってこの娘は分かんないのかなぁ。やっぱり山本に同情してしまう。
「お前、その眼やめろ」と文句を垂れるが、知らんぷりを決め込む。どうやら、同情の眼差しはお気に召さなかったらしい。自分が一体どんな眼をしていたのか、山本の文句よりもそっちの方が気になる。
だけど、それよりもーー、
「もうさ、認めちゃいなよ。白石のこと好きだった……じゃなくて、好きだって。この三人にはバレちゃってるから」
「それなぁ。まさか梓に翻弄されてバレちゃうなんて、なんてまぬ……ついてないんだろうねぇ」
「鈴木、間抜けって言いかけたの聞こえてっからな」
円に軽く噛み付くと、山本は腰掛けていた机から体を離した。そのまま腕を組み何かを考える素振りを見せる。私たちは、山本が口を開くまで辛抱強く待つしかなかった。
私が立っている位置からはグラウンドが見えて、テニス部のラリーがどれだけ続くかとか、野球部のノック練習をしんどそうだなーとか思いながら見ていたら、山本の考えがまとまるのを待っている間の時間が潰せた。
あの中にも二年A組の人がいて、いつも通りの放課後を過ごしていると思うと、苛つきとは違うもやもやと霧のように、目の前がはっきり見えない不安な感情が生まれた。
やっと苛つきに慣れてきたばかりなのに、また新しい感情に出会ってしまったことが怖くて、自分の手を強く握りしめた。強く握りしめすぎて、血の流れが止まる。季節はもう夏なのに、まるで指先に体温がない。
あぁ、もう全部忘れてしまえば、他のクラスメイトのように普通に生活を送ることが出来るのに、と逃げ出したい衝動に駆られることも何度かあった。
でも、結局逃げ出さなかった。知りたくてたまらなかった。真実を。知りたかったら諦めることは出来ない。
逃げ出す人間から、諦めない人間へ。
ーー私もあちら側に行きたい。
私はそっち側の人間だった。そっち側の人間だったから、あちら側の人間になりたかった。どうしても。これも、衝動だ。
山本もあちら側に行こうとしているんでしょう?だったら協力し合えれば……。いや、こればかりは山本自身の気持ちを尊重しなければならない。無理矢理に協力してもらうのは何かが違う。
「梓の言う通り、愛海のことそういう風に思ってる」
握りしめていた手は自然と解かれていた。トクトクと小さくでも確かに脈を感じて、私はちゃんと生きていると実感する。
山本が認めてーーそれで終わりじゃなければいい。お願いだから、協力し合うことを選んでほしい。また、無意識に手を握りしめる。
「山本、話してくれてありがとう」
私はこの時、初めて頭を下げた。感謝を伝えるにはこれが一番いいと思ったからだ。私の心からの誠意はこれだ。自己満足でしかないことは理解している。それでもこれがいいと思った。
「はぁー……、しゃーねーなー。俺もお前らに付き合ってやるよ。人数多い方がいーだろーしな」
「まじで! 山本っちゃんありがとー!」
全身で喜びを表現する梓に、「ありがとー、よろしくー」と円も感謝を告げる。
ほら、ユイもと二人に押され、もう一度ありがとうを伝えた。
二度目は少し恥ずかしかった。




