気持ち
「っつうかさ、もう話すことなんかなくね?」
綺麗に並べられた教室の机に腰掛けた山本は、すごく面倒くさそうだ。
「あんたねぇ……結局まだ何も教えてもらってないからね? 言葉巧みに翻弄して、はぐらかして、勝手に自己完結しないでよ」
「二人、何か話したの?」
「え、もしかして仲よくなっちゃった感じ?」
円と梓には廊下でのことを話していなかったから、二人は私と山本の会話に顔色を変えて驚愕していた。円からは怪訝そうな顔を、梓からは何を勘違いしているのか期待の眼差しを向けられるという奇妙な絵面が完成する。
「仲よくなるわけないじゃん。やめてよ、変な妄想」
「妄想じゃないよ! 願望だよ!」
「どっちも嫌だわっ!」
まるで梓は緊張感がないというか、なんというか……ほら見ろ、円と山本がお腹を抱えて笑ってるじゃないか。談笑したいと言ったけど、こんなのを望んだわけじゃない。
「梓の願望は置いといて、今度こそちゃんと話をして。誤魔化さないで。はぐらかさないで」
山本は笑顔を引っ込めた。真顔だ。また現れた何を考えてるか読めない山本の表情を必死に読み解こうとするが、それ自体が山本の作戦で、もしかして既に手のひらで転がされているのではないか? と疑心暗鬼になる。
山本は何故こんなにもあの日のことを隠したがるのか、やっぱり本人が言うように悠里たちを庇っているのか。
もし庇っているとしたらそれは純粋な優しさ? 下心? 都合がよかった?ーーどれも、しっくりこない。
「お前、言ったよな? 違和感があるって。俺もあるよ。お前に違和感。だってそうだろ? お前が愛海のためにこんなに動くなんて、おかしいだろ? どう考えたって」
視線が冷たい。声は刺々しい。
以前、円から同じ質問をされた時のことを思い出した。あの時はじりじりと退路を塞がれて、土俵際に追い詰められる気分を味わった。嫌な思い出だ。
まさかこの数日間のうちに同じような疑問をぶつけられるとは思わなかったな。私にはこれを上手く躱すスキルがない。
円の時と同じ台詞を使い回せばいいだけの話だが、山本も私に対して疑心暗鬼になっているように見える。だから、何を言ってもまず疑われる。違和感を覚えた場合、それを円のように気付かなかったふりに、なんてことは絶対にしてくれない。
土俵際に追い詰めて、終いには容赦なく突き落としてくる気がする。
「ユイは白石のためじゃなくて、自分のために知ろうとしてるのよ。もし、殺人だった場合、殺人鬼が近くにいるかもしれないって思いながら生活するの怖いし、誰だって嫌でしょう?」
ただそれだけよ、と円が私の代わりに説明してくれた。私が言うよりも円が言う方が、何故か説得力がある気がして悲しい。
円の話を聞いて、本当にそれだけか? と、山本が私に確かめるように訊く。私はそれに一度だけ頷いた。
まるで、駆け引きをしている気分だ。緊張感が半端ない。もう一度「それだけか?」と深掘りされたら、ボロが出るのはきっと私の方。
私にも、誰にもまだ話せないことがある。それは誰かのためではなく、ただのエゴなのかもしれないけど。
お互いの胸の内を包み隠さず打ち明ける? やっぱりそれは出来そうもない。私は私の心を見せられない。だがしかし、山本の真意はきっちり探り出す。
私を見せずに相手の情報は手に入れる。汚い人間だ。円より私の方が神経図太いじゃないか。笑える。
私は山本から見えないように梓の背を軽く押した。「お願い。訊いて」と、三人の中で一番山本が警戒していない梓にバトンタッチする。
梓は驚いて私を見たが、何も言わず一歩山本に近づいた。相変わらず山本は真顔ではあるが、相手が梓だからか雰囲気が幾分か柔らかくなった気がする。
すうっ、と息を吸い込む梓に私たちは注目する。それに加えて私と円からは、頼む! と願いを込めた視線も交じるが、梓にそれが伝わったかどうかは分からない。
山本っちゃん! と、変にうわずった声で名前を呼ばれた山本は突然のことに少し怯み、「お、おう」と情けない声で答えた。なんとなく、梓の方が押している……のか?
「あのね、私ね……馬鹿なの!」
頭上にたらいが落ちてきた時の衝撃はこんな感じなのだろうか? 円と天を仰ぐ仕草がシンクロした。ここが屋外なら見上げた先に空が広がっていて、「あ、綺麗な青空」とか思えたのかもしれない。屋内で残念。
「……知ってっけど?」
ポカンと口を開けて呆然と立ち尽くす私と円をよそに、さも当然のように返す山本。うん。私たちもそれは知っている。知ってるけど、知ってるけども! ここまでとは……。
「そこは否定してよ!」
否定はしてほしかったらしい。随分な物言いではあるが、気持ちが分からなくもない。悔しいと悲しいが混じった顔で地団駄を踏んで、幼い子供のような拗ね方をする梓に一同呆れる。フォローしにくいから、こういうノリはやめてほしい。
一体、何の告白だったのか謎である。
「ははっ、で? 馬鹿だから何?」
この微妙な空気を小さく笑って壊してくれたのは、意外にも山本だった。これはもしかしなくても、イケるんじゃない? と表情には出さないが、期待の気持ちが前のめりになる。
そういえば、前に梓が言っていた。私とは違う方向から攻めていく! と。宣言通り実行している! 本当に意味不明な攻め方だが、山本はこのノリに乗ってきてくれた。行け、梓! あと一押しかもしれない。
「馬鹿だから、馬鹿だから難しいことは分かんないの! だからさ、山本っちゃんも一緒に犯人探ししてよ!」
「いや、俺は別にイタズラの犯人に興味ないし」
「嘘だね! 興味ないならどうして黒板の文字見て怒ってたの? 普段だったら面白がるか、スルーするでしょ!」
「あれはたち悪すぎだろ。あれを面白いって思えるほどクソ野郎じゃねぇよ、俺」
「うん。知ってる。山本っちゃんは馬鹿だけど、クソ野郎じゃない。馬鹿だけど、そういう人を見下すような態度は取らない!」
「お前、ちょいちょいディスってること気付いてる?」
「待って梓。私は今日、山本に見下されたばっかなんだけど」
円が思わず吹き出す。対して、言ってやった私は真顔だ。ふん、と鼻も鳴らしてやるというオプション付きで。
「何なのお前ら。メンタル攻撃するために、わざわざ放課後呼び出したのかよ」
不服を唱えて、だらしなく項垂れる山本の姿が見れてちょっといい気分になれたが、話が逸れてしまっては元も子もない。
「ディスってないよ! 山本っちゃんはいい奴って話! だから、山本っちゃんが興味あるとかないとか関係なく、私たちに協力して! 私たちのために!」
「お前らのために? 俺をタダで使おうって?」
「私たちのためだけど、山本っちゃんのためにもきっとなるから!」
「あー、俺が疑われてるから疑いが晴れるって言いたいわけね」
廊下での会話を思い出したのか私を見ながら言う。梓がそれに「違う」と答えると、怪訝そうな顔で梓の方を見た。梓の言う違うはどう違うのか、私も気になった。
「だって、山本っちゃんは……まだ愛海のこと好きでしょう?」
山本が、息を呑む。
私が最後に山本に放った言葉と同じだった。だけど、受け取る方からしてみれば、全く違う意味を持っていた。
[好きだった] と[まだ好き] には、雲泥の差があった。
言った側よりも言われた側の方が、それを強く実感するだろう。
そうか、私はあの時こう言えばよかったのか。




