彼女の死
いつもと違うと気付いたのは、自分のクラスーー二年A組ーーの教室の前に人集りが出来ていたからだった。
興奮している者、不安そうな顔をしている者、ゲラゲラと下品に笑う者、しょうもないと呆れている者、と集まっている人の反応は十人十色ではあったが、どれをとってみても高校生らしい反応でもある、と思った。
クラスのお調子者が何かしているのだろう、とその程度の考えしか思い浮かばなかったが、十中八九当たっていると私は野次馬の中の、しょうもないと呆れている者と同じ表情を作りながら、教室まで足を運ぶ。
教室の前まで来てもみんなの視線の先にあるものを背伸びをして覗き込むように探すだけで、人集りをかき分けて中に入ろうとはしない。とりあえず、この非日常的な光景を作り上げた原因となるものを確認しようとするが、前の方にいる人達も同じように頭を動かすものだから、なかなかそれが見えず、少し苛立つ。
私の前にいる女子生徒が「つまんないイタズラだよ、もう教室に戻ろう〜」と、隣にいる女の子の腕を引っ張って行ってくれたことで、私はやっとそれを見ることが出来た。
みんなの視線の先にあったのは、教室の黒板だった。
『白石愛海は死んだ』
大きな字で、そう書かれていた。
さっきの女子生徒が言っていたように、みんなそれをつまらないイタズラだと認識しているようで、面白半分にスマホでムービーや写真を撮ったりと、誰もその黒板の文字を消そうとはしない。
これ書いたの誰ー?、趣味わりーぞ、やばいやばい、という声とスマホのカメラのシャッター音が飛び交っている教室は、異様な雰囲気を醸し出している。
だけど、これもらしい光景だと思った。
誰かが言った趣味が悪いという言葉には賛同した。イタズラだとしても [ 死んだ ]なんて不謹慎な言葉を使うもんじゃないと心の中で毒づく。
「愛海既読つかないんだけど!」
「マジ? ちょっと電話してみる!」
白石愛海と仲のいい子たちが彼女の席の周りに集まって、騒ぎ出した瞬間、みんながその子たちの会話に耳を傾けているのが嫌でも分かった。私もそのうちの一人だったからだ。
「愛海、電話も出ないんだけど!」
「どうせ爆睡してるんじゃない? 電話に出ないからって大袈裟にならないでよー」
「……そーだよね! 愛海のことだからきっと寝坊だよね! 今月もう三回も遅刻してるし!」
確かに、白石愛海が遅刻することはたまにあったが、あくまでも、たまに、だ。サボリ癖があったわけでもないし、彼女の出席日数は全く問題ないレベルだったはずだ。学年内でも目立つ彼女だが、素行が悪いということはなかった。
私は人集りを流れるように抜け出し、白石愛海と仲のいい子たちを横目に見ながら自分の席に着くと、すぐにスマホを確認した。アミはまだ私が送ったスタンプに目を通していないようだった。他の友達からもメッセージは来ていない。
チャイムが鳴ったことで、他所のクラスから来ていた子たちは自分のクラスまで戻っていき、うるさかった廊下は途端に静まり返った。それを見て、白石愛海と仲のいい子たちは黒板消しを手に取り、たちの悪いイタズラを三人がかりで消していく。
いつもなら、チャイムが鳴ってすぐに担任が教室に入ってくるのだが、今日に限って五分待ってもみても教室のドアは開かれない。次第にクラスメイト達がざわざわし出す。私はその様子に呆れ、ため息をついた。
「遅くね?」と誰かが言ったことで、学級委員長が職員室まで先生を呼んでくると言って立ち上がったーーと同時に教室のドアが開いた。
そこには担任の姫野の姿があった。
ドアを開けただけで、教室の中に入ろうとはせず、肩で息をしながら教室の中を見渡した姫野は、ゆっくりと俯いた。すかさず委員長が声を掛けるが、姫野はそれを手で制し、「みんな、席について」と静かに言う。
何かがおかしいとクラス全員が察し、姫野の言う通りにみんな素直に席につき、次の指示を待つ。
教卓の前に立った姫野が一呼吸して、口を開いた。
「落ち着いて、聞いてほしい……白石が、白石愛海さんが……亡くなった……」
ーー白石愛海は死んだ。
いつもと違う、朝だったーー。