衝突III
私は、山本彰という人間のことを全くと言っていいほど知らない。
所属する委員会はおろか、出席番号さえも知らない。白石愛海以下の情報しか持ち合わせていない。辛うじてフルネームを覚えている程度だ。
だけど、その程度のことしか知らないのも無理もない話だと思う。
何故なら、これっぽっちも山本に興味がないからだ。好きの反対は嫌いではなく無関心というだろう? 正に、それだ。
山本のことを知らなくても、私の人生に何ら問題はない。切り捨ての判断が早い私は、わざわざ無駄な情報を増やしたりはしない。
私は常に、身軽でいたい。
それが、周りの人間に『冷たい人』と評価される材料のひとつになったとしても。
梓のように情を持ってしまえば、判断が鈍ることもあるし、感情に支配されるなんて、まっぴらごめんだ。
だからと言って、別に梓のことを否定しているわけではないが……。
単純に性に合わない。
そんな私だ。当然、ほぼ初めて話す相手の思考を読み取るなんて神業持っていない。
何を思い、山本が私を試すようなことを言ったのか、見当もつかない。いつものように捨てられればいいのだが、今回ばかりはそうもいかない。
答えに繋がるものならば、掬い上げなければ。山本彰は、キーマンだ。もう、無関心のままではいられない。
考えろ。どうすればいいか。
「……考えもしなかった。悠里たちの自作自演だとか、あんたが悠里たちを庇ってる、とか。……あんたは、何を知ってるの? お願いだから、知ってることがあるなら教えてほしい」
頭は下げなかった。視線もそらさない。これには、意図がある。
「お前、俺が言ったこと信じるの?」
「判断材料にする。あんたが一番怪しいかなって思ってたけど……なんか、ちょっと違和感があって」
「違和感? 辻褄が合わないって?」
「辻褄が合わないっていうか……白石のことよく知らないけど、私も、私以外の人もあの娘が自殺するような人間には見えなくて。だから、もし、白石が誰かに殺されたっていうなら……犯人はあんたじゃないと思う」
「は? 何で? 根拠は?」
ずっと、視線を山本に向けている。犯人じゃないと思っていると伝えてみても、山本に動揺はみられない。何も変化はない。
ポーカーフェイスを貫いているのか、それとも、先を読んでいたのか、どっちだ?
追い詰める側だったはずが、いつのまにか立場が逆転している。山本が余裕の笑みを浮かべ、私を見下ろす姿勢は変わっていない。
立場が逆転するのは非常に不味い。これから先のことを考えると、山本には、こっち側についてもらうに越したことはない。
だから、甘ったるいジャブじゃ駄目だ。もっと重たい、人から冷たい人間だと思われるくらいの決定的な重たいパンチをーー。
「だってあんた、白石のこと好きだったでしょう?」
「あぁ?」
あーあ。もろに食らったか。
山本に余裕の笑みはもうない。鬼の形相が顔を出す。低くて重厚感のある声が、ビリビリと全身に流れ込んできて正直、怖い。
だけどまだ、視線をそらすな、と自分に言い聞かせる。
私と山本の睨み合いがどのくらい続いたのか分からないが、終わりを告げる合図は、山本の深いため息だった。
失礼なほど長いため息をついたと思ったら、山本はさっきとは違う嘘っぱちの笑みを浮かべる。
「残念。俺は愛海のこと好きじゃねーよ」
そう言って、私の横を通り過ぎて行ってしまった。
私は、好きじゃないと言う前の山本の視線を、見逃さなかった。山本は一瞬、視線を右上に持っていった。
やっぱりだ。山本は嘘をついている。
山本はちゃんと白石愛海のことが好きだーー。
山本は犯人じゃない。きっと。
振り出しに戻ってしまったけど、嫌な気はしなかった。