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溺れるII


 


 

 (まる)で囲んだ山本(やまもと)の文字は、(あずさ)の手によってその(まる)諸共(もろとも)シャーペンで黒く塗り潰された。



 これで白紙にしたつもりなのか、本人がそれで満足するなら好きにさせておこうと、文字が完全に見えなくなっても文句を付けたりしないでおいた。





 トイレから戻って来た梓の行動は、それだけじゃない。店員さんを呼ぶとお冷のおかわりではなく、わざわざドリンクの注文をしたのだ。



 ドリンクバーがなければ普段はお冷で粘り、絶対に有料ドリンクを頼むことはしない梓がドリンクを頼んだのだ。あの梓が()()()()、頼んだのだ。



 普段取らない行動を取った梓。しかも、そんな梓が注文したのはアイスココア。ザッハトルテを食べながらアイスココアを飲む、という甘味(かんみ)(きわ)みのような組み合わせを選んだのだ。



 これが梓なりの気持ちの落ち着かせ方なのかもしれない。高校に入学してからの付き合いではあるが、それでも一年半は側にいる。一年半側にいて、初めて見る行動だった。



「そこはコーヒーとかじゃないんだね」



 (まどか)もその行動に多少驚いていたらしく、オレンジジュースとかもあるよ、と本当にアイスココアでいいのか何度か確認していた。



「いいのいいの。甘い物をめっちゃ食べたい! あっ! これが噂に聞く、追いチョコってやつか!」



 追いチョコ。聞いたことはあるが、実際にやっている人は初めて見た。今度追いチョコ試してみよう、と興味津々な様子の円。私はいいや、遠慮しておこう。





「考えたんだけどさ、やっぱり私は山本っちゃんに直接聞くのがいいと思う。安易な考えに聞こえるかもしれないけど、結局、それが一番いいんだよ。私たちにとっても、山本っちゃんにとっても」



「私たちにとっても?」



 円が不思議そうに聞き返す。



「うん。私たちにとっても。イタズラの犯人が山本っちゃんだったら、それで愛海のことが全部分かるかもしれないし、山本っちゃんじゃなかったら、山本っちゃんの疑いが晴れる。どっちに転んでもメリットがある」




「山本じゃなかったら振り出しに戻るけどね。ね、ユイ」



 そしたらどうする? と円が問う。

 


「もし、山本じゃなかった場合は……()()()()()()に話を聞く。ドストレートに」



 最初こそ誰にもバレないよう、あくまで水面下で犯人探ししようと思っていたが、ここまで話に食い違いがあるなら、もう、コソコソと嗅ぎ回るなんてことはしない方がいいように思えた。



 ドストレートに行こうじゃないか。



 それでいいのか二人に確認を取ると、梓は笑顔で頷き、円も異論はないと右手でオーケーサインを出してくれた。



 出来れば早急に解決させたい。人の記憶はすぐに薄れるものだし、時間が経てば経つほど話の信憑性(しんぴょうせい)もなくなってしまうから。



 それに、もうすぐ夏休みだ。



 クラスメイトに会う機会が、一気になくなってしまう。今の内に出来るだけ前に進んでおかなければ。



 ーーそれにしても、意外だったな。



「あのグループに話を聞くの、絶対反対されると思ってた」



 二人があっさり了承してくれたことは有り難いが、何だか少し喜べない部分がある。



 なんて言うのか……人を疑う覚悟が出来た……そんな感じがして今更ながら二人を巻き込んでしまったことと、そんな覚悟を決めさせてしまったことに申し訳ないと思った。思わずにはいられなかった。



 だから、私も覚悟を決めないといけない。



 人を疑う覚悟。円と梓と向き合う覚悟。絶対に諦めない覚悟。それとーー全てを知る覚悟。



 私たちが白石愛海(しらいしまなみ)の死の真相を探っていることが、槙子(まきこ)たちに知られたのだ。それがクラス中に知れ渡るのも時間の問題。



 さぁ、もう逃げ場はない。



 らしくない直球勝負を挑まなければならない。






「何笑ってんの?」




 私の顔を覗き込みながら、梓が(いぶか)しげな表情を見せる。言われた私は咄嗟(とっさ)に口元を手で覆い笑みを隠すが、ばっちり見られてしまっていて、あまり意味がない。


 

 無意識の内に口元が緩んでいた。このタイミングで笑うのは、確かにおかしい。不気味だとも思う。何でもないと言っても、信じてもらえないだろう。



 眉間に皺を寄せながらアイスココアを飲む梓と、特にリアクションせずに頬杖をつきながら、じっとこちらを見る円。気が緩んでいた私が悪いのだけれど、居心地悪いことこの上ない。



 引き()りそうになる頬をなんとか抑えながら、何と言えばいいか左脳をフル回転させ言葉を探す。





「反対なんかしないよ。そもそもユイが始めたことだし、危ないなと思ったら止めるけど、今は私自身もイタズラの犯人が誰なのか知りたいと思ってるしね」




 悩む私に助け舟を出してくれたのはやはり円で、笑っていたことには一切触れず、話を元に戻してくれた。いつも仲裁役を買って出てくれるだけあって、流石だ。




「本当は嫌だけどさー、遅かれ早かれあのグループにはいつか聞かなきゃいけない時が来るから、まぁ、反対出来ないよね」



 そう言った梓の顔に迷いはなかった。まだ少し、梓らしい優しさが残ったままだが、問題ない。円と同じで、今はイタズラの犯人が誰なのか知りたいと思っているのが、伝わってくる。



 今は、仕方なく私の手伝いをしているわけじゃない。



 目指すところが同じになれば、話は早い。



「決まりだね。明日にでも山本と、あのグループに話を聞こう」



 返事がない代わりにお互いに顔を見合わせ、笑う。



 嫌な空気になった瞬間もあったが、目的が明確になった。正に雨降って地固まる、だ。



「よし! この話はここまで! 今から夏休みのプランを立てたいと思いまーす」



 高らかに声を上げたのはもちろん梓で、この場に合わない声のトーンよりも、その発言の内容に思わず口をぽかんと開けたまま、円と二人して固まってしまった。すごいまぬけ面になっていた気がする。



「何を言い出すかと思えば……」



 暗い話ばかりでは……しんどいので、と言い(うつむ)くこと三秒。すっ、と顔を上げると、そこには悪い顔。


 出たな! 越後屋! これはあくまで心の中でのツッコミだ。口に出してしまえば間違いなく、梓は味を占める。



「夏休みいっぱい遊ぼうね! それと、お泊まりしよう! うちのおばあちゃんの家に三人でお泊まりに行こう!」



 自分にジト目を向けられていることに気付いていない様子で、心底嬉しそうに話す姿をみれば、すっかり毒気(どくけ)が抜かれるてしまう。



 まあいっか、と思ってしまった時点で、話の主導権は梓に握られているのだろう。


 

 また口元が緩んでしまう前に、お望み通り夏休みのプランを立てようと思えたことが、その証拠だ。



「いいね、梓のおばあちゃんの家にお泊まり。夏休みが楽しみ」




「あれ? 意外だねぇ、ユイ。面倒臭がって行かないとか言うと思ったのに。ね、梓」



「意外とこーゆーの好きなんですよ。この子」



「梓うるさい。話進める気ないなら、もう帰るよ」



 ごめんって! と慌てて謝る梓を見て、今度は手で隠すことなく、思いっきり笑った。

 

 




 今日は、あの別れ道で迷うことなく帰れると思う。迷う必要はもうない。





 白石愛海、私はあんたにこだわっていない。





 私は、決してあんたに溺れてなんていない。





 だって、私とあんたはただのクラスメイトでしかないのだから。























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