あの日
今朝、梅雨明けをしたと朝のニュース番組でお天気キャスターのお姉さんが言っていた。昨年よりも十七日早い梅雨明けだったらしい。
雨の降る機会が減ることで憂鬱になることも減るが、これからじりじりと体を焼き尽くしてしまうような夏がやって来ると思うと、梅雨明けも心から喜べない。
じゃあ、雨の方が好きなのか? と問われれば、それは違う。中学生の頃の私だったら、迷わず晴れがいいと断言出来たのに、今はそれが出来ない。
傘は嵩張るし、服は濡れるし、靴だって汚れる。髪はうねり広がり、何より片頭痛が起きることが一番許せない。雨が降って良いことなんて、ひとつもない。
ーーと、そんな風にネガティブな考えしかあの頃の私には浮かばなかったのに、あの日、アミがあんなこと言ったから雨も悪くないな、とか柄にもなく思い始めたんだ。
去年の夏、あの日は確か、梅雨入りしたばかりの頃だった。
「私、雨って結構好きなんだよねー」
学校の靴箱で上履きからスニーカーに履き替えるアミは上機嫌だった。鼻歌なんか歌っちゃったりして、何がそんなに嬉しいのか私にはさっぱり理解出来ない。
「はあ? 雨の何がいいの? いいことなんて、何もないじゃん」
私がアミの発言を否定しても、アミは鼻歌をやめない。
丁度その鼻歌がサビに入った時、たくさんの傘が無造作に入っている傘立ての中からアミは自分の傘を見つけ出し、手に取った。
雨なんか晴らしてしまいそうな笑顔を私に向けると、見て見てと言わんばかりに両手でしっかりと傘の柄の部分を握りしめ、腕を伸ばし、傘を高く上げた。釣られて私の視線も上を向く。
アミは満面の笑みを浮かべ傘を開く。
雨はザーザーと勢いを増して降り続ける。雨粒は大きく、地面に打ちつける度に、小さな雫となって何方向にも飛び散る。そこら中、水溜りだらけ。
空は、鈍色。
ただ一ヶ所を除いて。
「ねぇ、すっごく綺麗でしょ?」
鈍色の空が広がる中、アミのいるところだけ青空が広がっていた。
くすみのない綺麗な青色。真っ白の雲が浮かんでいて、まさにそれは、快晴。
何故その一ヶ所だけが青空なのか、とか考える暇はなかった。緩い風が吹き、睫毛が震える。そこで初めて鈍色と青空の境界線に気付く。
外側はシンプルに青一色。開けば可愛らしい丸みのあるフォルムの雲と、青空が広がる遊び心のある傘。アミの傘は内側に青空のデザインが施されていた。
初めて見るデザインの傘。可愛いよりも綺麗という言葉が似合う。アミは綺麗よりも可愛いが似合う子だけど、それは、とてもよく似合っていた。
「雨が降るとね、この傘をさせるの! だから雨の日も好き!」
なんとも単純明快、それでいて純粋な答え。アミらしいと思った。同時に馬鹿らしいとも思った。だけど、羨ましいと思う自分もいた。
こんなデザインの傘を思いついて作った人も、こんな傘を見つけ出したアミも、どちらも綺麗な人間なんだろうと私は思いたかった。
混じり気のない青と笑顔が、私にそう思わせた。
「あっ! 虹! 虹だよ、虹! ほら、あそこ!」
アミのはしゃぐ声が雨音をかき消す。鈍色は変わらず、でも、何かが私の中で変わった。
ずいぶん遠くの方で青空が顔を出し、そこから七色の橋が掛かっているのが見える。別に珍しくもない、今までの人生で何度も見てきたもののはずなのに、新しい 何かに見えた。
「雨が上がったら虹も見れるんだよ? 最高だと思わない?」
あの時「うん」って返せなかったな。
眩しくて、私は目をそらしたっけ。
もっと、ちゃんと見ておけば良かった。
円と梓がバイトで急いで帰ってしまった今日、そんな昔のことを思い出しながら、私はひとり、学校を後にした。