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07. デート

差替版の7話になります(5/30投稿)

 ネイサンとのデートは、主に王宮内の散歩だ。


 王宮は、王族の住まう警備の厳重な区画や、騎士たちの駐屯する区画、官吏たちの仕事の場など、いくつもの区画がありとても広く、馬車での移動が必要な場所もある。場所によっては比較的出入りが容易なのが、デートには良い理由だった。


「少し奥に入っただけで人通りは減るのですね」

 木立の向こうは道幅が広く人通りも多いが、少し入ったエミリアたちの通る道は、二人以外誰も通らない。


「こちらは道が曲がっていて距離も長くなりますから、人通りがないのでしょう。でも歩きやすく整備をされているから、のんびり散歩をしたい人には向いている道ですね」


 木漏れ日の中、鳥の囀りを聞きながらあるくのは、たしかにのんびりとした散歩に丁度良かった。

 手を繋ぎ肩を寄せ合ってあるくのは、それだけでとても楽しい。

 騎士は日勤や夜勤など変則的な勤務時間だが代わりに休みが多い。


 しかし侍女は休みというのはあまりなく、半日ほどの休みが十日に一度、一日休みは月に一度だ。

 短い時間でとなると、身近にある二人になれる場所として王宮内になるが、幸いにも王宮は大変広く、毎回のデートが散歩でも飽きることがなかった。


「殿下のお好きな花ですわ」

 花壇いっぱいに咲くチューリップが美しい。


「殿下は昔、大喜びで触ろうとして握り潰しました」

 幼児といって良い年頃の失敗談だが可愛らしいものだ。まだ力加減もよくわからなかったのだろう。


「きっと今、握りつぶしたら泣かれますね」

 愛らしい話に、姫の勉強時間にチューリップの刺繍を刺そうと思う。


 まだ幼いがすでに教育は始まっており、学習時間の大半は侍女はすることがなく、終わる少し前からお茶の支度をする程度だから手持ち無沙汰なのだ。


 だから空き時間は趣味の刺繍を楽しむことができる。大抵は姫の私室に置くクッションカバーを、季節ごとに変えられるように製作にいそしむが、たまには姫の使う手巾に、チューリップの花を刺してみようかなどと考えた。


「きっと喜ばれますよ」

 心の内を読む言葉にドキリとする。


「今、殿下のためにチューリップの刺繍をしようと思っていたでしょう?」

「ええ、判りやすかったでしょうか?」

 エミリアの問いかけに、ネイサンは笑って返した。


 ――殿下への手巾だけなら直ぐだもの、もう一枚刺す時間はあるわね。

 一緒に恋人の手巾も刺そうと決めた瞬間だった。

 翌日、勤務が終わり宿舎へと引き上げるネイサンを呼び止めた。


「こちらを」

 差し出した手巾には、チューリップを背景にした剣の刺繍が施してある。


「セイラ姫の騎士だと一目で判りますね」

 ありがとうございます、と言う言葉に顔を綻ばせた。


「花は殿下とまったく同じ意匠にしてあります。お揃いなの」

 エミリアの言葉に、更に笑みが大きくなる。

 想像以上の喜びに気を良くして、どれだけ刺すのだと同僚侍女たちにツッコミを入れられるのに、さほど時間はかからなかった。




「今回は鷹なのね」

「ええ、花以外にも刺せるようになりたくて・・・・・・」


 初めてネイサンに贈った手巾にはチューリップを刺したが、男性の、しかも騎士に贈るのであれば、男性的な意匠のほうが喜ばれそうだと思った。


 だが今まで家紋や植物しか刺してこなかったので、取り敢えず獅子や狼、鷹などといった強そうな生き物や剣と盾など、騎士の身近にあるものを刺している。


 そして出来上がったものは、都度ネイサンに渡していた。お礼には焼き菓子から装飾品まで、こちらは様々な品物だった。仕事中に使えるようにと、小さな宝石が付いたピンであったり、エミリアのこげ茶色の髪を華やかにみせるような、繊細な金細工の髪留めを贈ってきたかと思えば、侍女たちと一緒に食べられるようにと、街で評判の焼き菓子を買ってくる。

 あまり高価なものばかりで、恐縮しないようにとの配慮も伺える。


「良かったわね、気配り上手で甲斐性のある方と出会えて」

 ネイサンから贈られた焼き菓子を食べながら、同僚侍女のクレアがエミリアに話しかける。


「ええ、私には勿体無いくらい素敵だわ」

 頬を染めるエミリアに、クレアは柔らかい笑みを浮かべる。


「最近では、同じ手巾を使ったのがみたことがないって言われているらしいわ。何枚贈ったの?」


「えっと・・・・・・」

 考えたこともないことを尋ねられ、一体何枚刺したのか思い出そうとする。


「ここ三ヶ月くらいはずっと刺繍をさしているから…・・・五十枚は下らないと思うわ」


「・・・・・・ネイサン様の身体は一つだって判っている? 使うのは一人で、日に一枚なのよ。使い捨てでもないし、多くない?」

 少し呆れた声を出されて「そうかしら?」と小首を傾げた。


「シャツを縫って、裾にネイサン様の名前を刺したいと思うのだけど、採寸しないと判らないの」


 実家は王都から遠い辺境だ。

 仕立てに出したくても店が無いから、家族の服はすべて母とエミリアの手縫いだった。兄が結婚してからは、義理の姉も加わったが。


 田舎では針仕事が女の仕事なのだ。刺繍だけでなく仕立ても繕いもすべてこなす。

 だから寸法さえ判れば、ネイサンのシャツを縫うくらいは簡単だが、採寸させて欲しいとは中々言い出せない。「服を脱いで」などとはしたないと思われそうだからだ。


「そう言うと思って、ネイサン様のシャツを一枚お借りしてきたわ。ネイサン様と仲の良い騎士様にお願いしたの」


 自分の服の繕いを頼むついでに、一緒に出してやろうと言って借りてもらったらしい。

 手にしたシャツは何度も洗ったのか、少し裾が擦り切れている。


 布なら自分の肌着用のものがある、直ぐに取り掛かり始められると思ったエミリアは、さっそく作り始めあっという間に完成させた。


 裾にネイサンの名前と家紋を刺繍し、ついでに借りたシャツの綻びを直す。

 採寸したから、次から同じ寸法で作れるし、微調整が必要ならそれも可能だ。

 骨折りしてくれたクレアには彼女に合いそうな大輪のバラを刺繍した手巾を、シャツを借りれるようにはかってくれた騎士には焼き菓子をそれぞれ渡した。


「ネイサン様、今日はこちらを」

 普段より大きな布に、なんだろうと首を傾げる恋人にエミリアは微笑んだ。


「一体、何枚の手巾を贈るのかとクレアに言われまして、だったら実用的なものをと思いました」

「大切に着ます」

 嬉しそうなネイサンの顔を見ると、また作ろうという気になる。


 ――こんな風に着るものを全て縫える日が来れば良いのに・・・・・・。


 そう思った直後、自分の心境の変化に驚いた。

 過去の経験から騎士が苦手で、結婚も懲り懲りだった筈なのに、こんなことを思うなんてという感じだった。

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