06. 決闘
差替版の6話になります(5/30投稿)
若い騎士が王太子宮に襲来し、その後ネイサンがエミリアに告白して数日が経ったころだった。
王太子宮の警備責任者であるギルソープ隊長から呼ばれたのは。
本人に直接、断りを入れるのは言い難いだろうという配慮だった。
正直なところ、言いにくかったから助かったという気持ちだが、断る理由が自分の過去にあると伝えれば、ネイサンを見くびりすぎていると返ってきた。過去に決別したのなら、心も解放されて良いのではないかと言われ、もっと自分に素直になるようにと言われた。
そして気付くと交際を承諾していた。自分の気持ちに従ってみることにしたのだった。
「付き合ってくれてありがとう」
柔らかな笑みは普段通りだったが、心なしか嬉しそうだ。
「こちらこそ、ありがとうございます」
ネイサンの笑みに応えるように、エミリアも笑みを返す。
「交際始めに申し訳ないのだが、決闘の見学を頼めないか。向こうが君の見学を望んでいる」
「どうして、でしょうか・・・・・・?」
意味がわからなかった。
一介の侍女でしかないのに。
「多分、僕に恥をかかせたいのでしょう。土を付けた瞬間を知らしめたいのだと思います」
「それは、彼に何の利があるのでしょうか?」
そもそも剣を持ったことのないエミリアに、決闘の理由も理解できないのだから、あの若い騎士の行動を判らないのも無理ないのかもしれない。
「王族の警護というのは、騎士にとって名誉ですからね。自分の方が実力があるのに、正当に評価されていないのが不満なのでしょう」
もし自分が中央貴族の出身で、王族の傍に侍るのが当たり前の環境だったら、侍女になれなかったとき、不満に思ったりしたのだろうかと想像したが、そもそも出仕するまで王族の尊顔を目にすることがなかったエミリアには、理解できない世界だった。
鍛錬場は少々、砂埃の強い場所だった。
決闘の関係者しかいないのは、今が昼休憩の時間だからだ。
若い騎士――テッド・アドラムは不満だったらしいが、しかし王太子宮の侍女が見学するのを選ぶか、大勢の騎士が見学するのを選ぶか二択を迫られ、前者を選んだ。
妙齢の令嬢が男だらけの場に来るのが難しいと、先輩たちに怒られた結果だった。
広い鍛錬場に対決者の介添人や証人など数人が集まった中でネイサンとテッドが剣を抜く。
キンッ! と甲高い金属音が響いた瞬間、決着はついた。
だが納得しないテッドが何度も挑む。あっという間に決闘というよりは稽古をつけられている状況に陥っていたが、立ち向かう騎士は気付いていない。二人を見守る騎士たちが生温かい目をしていた。
――なんというか、実力が伴っていない?
剣の素人であるエミリアの目にも、二人の実力差は一目瞭然だ。
「どうして彼はネイサン様に挑んだのでしょうか?」
「今年の剣術大会で、ネイサンが一回戦敗退したからですよ。相手がクライヴだったから」
対戦相手の名を聞いて合点がいった。クライヴはセイラ姫の兄である、ロイド王子の剣術指南もしている護衛騎士だ。ネイサンと共に王太子宮の双璧と言われており、騎士団の中でも有数の剣の使い手だと聞いている。
「本来なら、二人ともある程度勝ち進まないと対戦しない筈なんですけどね、今年は騎士団長の一声で組み合わせが決まって・・・・・・。テッドは四回戦まで勝ち進んだから、自分の方が実力があると勘違いしたんですよ」
その勘違いは少々、浅はかではないかと思ったが、騎士にとってはどうなのだろう?
疑問に思いながら騎士の解説を聞いていれば「今、思った通りで正しいですよ」と言われた。
「十代の中では割と剣の扱いが悪くない方ではあるんだがなあ・・・・・・」
「しかし個の戦闘技術がマシというだけでは話にならん」
ネイサン側の介添人の評価を聞いて、テッド側の二人は少々顔色が悪かった。実際の実力以上に、テッドを買っていたのかもしれない。
騎士たちの話を聞いている目の前で、ネイサンはテッドを右や左にと翻弄し、激しく振り回しているが、当の本人はその場から動かず涼しい顔をしていた。
「参りました……」
息も絶え絶えに負けを認めたテッドは、その場で膝を突いたと思った直後バタリと倒れた。胸が激しく上下しており、息が上がりすぎて動けないのが手に取るように判った。
だが怪我一つない。
「優勝候補と一回戦で当たったから、初戦で敗退しただけだと理解しておくべきだったな」
上から見下ろすように年長の騎士が言う。
「ちなみに去年はネイサンがクライヴに勝っている。弱いと思ったお前らの目が曇りすぎだ。相手の実力も測れない程度で、王族の傍に侍られると思うなよ」
厳しい言葉の数々に、地面に寝転んだテッドだけでなく、彼の介添人も一緒にばつの悪そうな顔になった。
「剣を交えているところを初めて拝見いたしましたが、その、凄かったですわ」
剣の稽古を見たことすらないエミリアには、初めての体験だったが、怖いという気持ちはなかった。ネイサン側が終始和やかな雰囲気だったからかもしれない。
「彼は同期の中では剣の腕が立つのを自慢して、稽古を少々怠けていたようです。今日、鼻っ柱を折りましたから、これからの頑張り次第では、良い騎士になるかもしれません」
剣を鞘に戻したネイサンが、エミリアたちの傍に戻ってきていた。
「そうだと良いですね。でも一つ納得できませんの。一回戦で敗退された方はほかにもいらっしゃったのに、何故ネイサン様だったのでしょうか?」
「最年少で王太子宮の警備に抜擢されたからですよ。今のヤツと同い年でね」
テッドは見た感じ十代後半だった。
王太子宮の騎士たちは比較的若手が多いが、それでも十代での抜擢されたネイサンは凄いのではないかと思う。
「同期で一番というのは、逆に言えば同期以外では一番になれないってことです。経験が浅いとはいえ、騎士になって何年も経っているのに、若手の有望株とも、若手で一番とも言われない時点で悟るべきだったんだ」
手厳しい意見だったが、実力が劣れば王族を無駄に危険に晒す場合もある。きつい言い方だったが、仕方がないと思う。
「無理言ってここまで来てもらって済まなかったね」
介添人の言葉に、気にしないようにとの意味を込めて微笑む。
「そろそろ戻らないと昼食を食べ損ねます」
ネイサンに言われて気付いたが、ちらほら騎士が戻ってきていた。多分、昼食を終えたのだろう。
「そうですね、あまりのんびりしていられません」
昼食からセイラ姫が戻る前に、急いで済ませて姫の私室に戻らなくてはいけない。二人は騎士たちに別れを告げて王太子宮に足を向けた。
「すみません、騎士団までご足労かけて」
「気にしないでください。初めての場所でしたから戸惑いましたが、嫌ではありませんでした」
「しかし――」
その言葉の後ろは、二度と顔を合わせたくない相手と会うかもしれない不安があったのでは、と続けようとしたのだろう。
だが本当に気にしてはいなかった。
ギルソープ隊長が予定を調整し、絶対に顔を合わせないように気を使うといってくれたのもあるし、何かあればネイサンが守ってくれるのではという気持ちもあった。
交際を始めたばかりだというのに、既に信頼感のほうが不安感よりも大きい。
隣を歩く騎士を見上げながら、この気持ちがどこからくるのだろうと考えるのだった。