05. 若手騎士の挑戦状
差替版の5話になります(5/30投稿)
「ネイサン・ファーナム! お前に決闘を挑む!」
まだ若い騎士が王太子宮の騎士に挑んだところに、エミリアが居合わせたのは、ほんの偶然だった。
一体、何事なのかとどきどきしながら様子を伺う。
若い騎士はまだ十代後半に見える。見知った顔ではないから、王太子宮や王妃宮の騎士ではない。
何があったかと思う以前に、勤務時間中に何をしているのだろうという気持ちが強い。仕事を放り出すような自覚のない騎士など、相手にしないだろうと思っていたのに、ネイサンはあっさりと決闘を受け入れた。
「騎士は挑まれたら逃げないんですよ」
歩哨に立っていた騎士が、合点がいかぬ顔をしていたエミリアに教えてくれる。
「実力が物を言う世界ですからね。剣でもって自分の正当性を主張するんですよ。騎士団ではよくあることです。決闘とは言ってるものの、実際に殺しあうものではなく、ちょっとした立会いを少しだけ形式ばらせた程度のものです」
「まあ、そうなのですね。でも仕事の手を中断させるような方相手に、真摯に対応する必要はなさそうに思うのですが」
職務に忠実な侍女は、そうではない相手に手厳しい。
「休憩時間を狙ってきていると思いますよ。外してますが」
苦笑しながら説明が入る。一応は仕事の邪魔をしないような気配りをしていたらしい。
「ネイサンは温厚そうな見た目をしているから、舐められやすいんですよ」
そして騎士団では自分の主張のために決闘で勝負をつけることがあると初めて知った。
「決闘は構わないが、都合の良い日はあるか? 場所は鍛錬場で構わないかな?」
「場所はここだ! お前の無様な所を見せ付けてやりたい」
大変偉そうな物言いに、随分と失礼な騎士だとエミリアは不快になったが、言われた本人も含めて周囲の騎士たちは苦笑を浮かべるだけだった。
「それとも負けるところを見せるといられなくなるから無理か?」
挑発的な言葉だった。
「侍女として認められません」
騎士たちのやりとりに、騎士ではなく、しかも女性であるエミリアが口出しするのはどうかと思ったが、絶対に言わなくてはいけない。
「恐れ入りますが、一言いわせてくださいませ。こちらには幼い王女殿下がいらっしゃいます。騒ぎになることは避けていただきたく存じます。穏やかな気性の方でございますので、決闘騒動など耐えられない可能性がございます。遠慮していただけますでしょうか」
怖いと思ったが、騒動だけは絶対に避けねばならない。特に知らない騎士が不用意に王太子宮に出入りする事態は絶対に駄目だ。たとえ庭の片隅だったとしても。
「女が口を出すな!」
「侍女殿の言うことは一理ある。王族を優先できないようでは騎士失格だ、帰れ」
申し込まれた本人ではなく、ほかの騎士が追い返しにかかった。
「時と場所を弁えれば、いつでも相手にはなる。もう少し冷静になったら出直して来い」
ネイサン一人だけが猪突猛進な騎士に一定の理解を示した。
歩哨たちに立ちふさがられて、若い騎士が踵を返したが不満そうだった。
「騎士の前に立つなど、無茶をしてはいけません」
闖入者を見送った後、ネイサンはエミリアを嗜めた。
「しかし王太子宮で騒ぎを起こすのはいけませんわ。セイラ殿下は殊の外、男性が苦手でいらっしゃるのですから。もし他所でという話でしたら、口を挟むことはありませんでした」
姫は怖がりで泣き虫だ。
侍女としては好奇心の目を摘まぬように気をつけつつも、幼い主が恐怖を感じないように、脅威となるものを排除する必要を感じている。
たとえ相手が騎士であっても、譲れない線というのがあるのだ。
「エミリア殿は意外にお強いですね」
「いえ、私は弱いです。でも……殿下のためには強くありたいと思います」
侍女としての義務以上に、敬愛して止まない姫を守りたいと思っていた。
「それを強いと言うのです」
ネイサンはとても優しく言う。
「でもあまり無茶をしてはいけません。殿下が心配されます」
「・・・・・・気をつけます」
セイラ姫の私室まで一緒だったから、送ってくれたのかと思えば警備の交代だった。
軽く会釈をしてエミリアは中に入った。
夕食を摂るために姫の部屋を出たとき、ネイサンも交代の時間を迎えたようだった。
「エミリア殿、良ければお付き合いしていただけないでしょうか」
食堂の近くまできたときだった。突然の話に一瞬、動きがとまる。
普段の食事は侍女仲間と摂るが、姫が家族と一緒に摂る夕食に付く当番だったため一人だ。
そういう場合、セイラ姫付きの騎士と出くわせば一緒に食事を摂ることもある。今日もそんな感じで一緒に、という流れだった。
「……すみません、吃驚しすぎて反応ができませんでした」
エミリアは小さく頭を下げた。
「私なんかが交際を求められるなんて、思ったこともなかったので」
「こちらこそ驚かせてしまって申し訳ありません。返事はいつでも・・・・・・。しかし「私なんか」というのはよろしくありません。職務に忠実で、芯の通った方ですから、きっと僕以外にも声をかける騎士や文官は出てきますよ」
ネイサンの言葉に「まさか」と返しそうになる。
貧弱で華のない自分に、声をかけてくる殿方が何人もいるとは思えなかった。
自分が声をかけられるとは思いもよらなかったというのが、正直な気持ちだった。
エミリアの中で、騎士は遠く怖い存在だ。
だが王太子宮に出仕してからというもの、折り目正しく紳士的な騎士たちを目の当たりにして、少し気持ちが解れてきたのは事実だ。
特にネイサンは圧迫感がまったくなく、うっかりすると文官と間違えそうな雰囲気である。
でも――。
自分は一度、結婚に失敗した女だ。
優秀な騎士に相応しくはない。
そう思うと、差し出された手を素直に取ることはできなかった。
――断ろう。
傷物の自分にネイサンは勿体無い。寂しくはあるけれど……。
そこまで考えて、自分の中に辛いという気持ちがあるのに気付いた。
頼りになる同僚というだけでなく、恋情もあったのだろうかと思い動揺する。
どうして・・・・・・。
自分の中に芽生えた感情に、どうしたら良いか判らなかった。