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04. 姫の散歩と騎士

差替版の4話になります(5/30投稿)

「肩車をしましょう」


 ネイサンが言うと、セイラ姫は喜んで肩に乗る。騎士の中でも長身のネイサンの肩に乗ると、誰よりも高い位置から周囲を見渡せる。最初は恐る恐るといった体だったが、最近は姫のお気に入りの場所だ。


 左肩に足を揃えてちょこんと乗る姿はとても可愛らしい。

 ネイサンはスカート越しに姫の足をしっかりと支え、体勢を崩しても問題ないよう、安全に気を配っている。


「ネイサン、ミモザのところ」


 黄色い花を咲かせた木を指しながら、行きたい場所を伝えると、少し大またで木のそばまで移動する。

 姫は大喜びで花を至近で楽しむ。


 少し前までは木蓮を近くで見て大喜びだった。どちらも姫の背丈では花を近くで見ることは叶わない。


 肩車をしてもらうようになってから、姫を抱き上げる回数はぐんと減った。少し前まで興味の赴くままに歩き回って疲れると、侍女たちに抱っこをねだったものだった。四歳のセイラ姫は育ち盛りで、ぐんぐん背が伸びる。それに伴い体重も増え、短時間抱き上げるのは問題なくても、庭の端から私室まで抱いたまま戻るのは、エミリアを始めとする侍女には難しくなってきていた。だが抱っこされるのは侍女が良いらしく、いくら騎士が手を差し出しても頑なに拒むのだった。



「ネイサン様、いつもありがとうございます。セイラ殿下が成長あそばすのは大変喜ばしいことですが、抱き上げるには少々厳しくなってまいりました」


「騎士にとっては軽いですが、侍女殿には厳しいものがあるでしょう。こういうことはできるだけ頼ってください」


 エミリアが侍女を代表して感謝を伝えると、微笑みながらこれからも頼るように言ってくれる。とても頼もしい。


 最古参のニーナは少し前に退職して、今はエミリアが最古参の侍女になった。今回のように騎士に感謝を伝えることや関係各所への連絡は、最古参の侍女が行うのが暗黙の了解になっている。


 とはいっても次に古顔のクレアとは、勤め始めが数ヶ月しか変わらないのだが。


 ネイサンは知らないが、休みや夜勤で散歩に付き添わない日は、姫がほかの騎士に肩車をねだることはない。どうやら肩に乗るのは一人に決めているようだ。本人に伝えれば、夜勤の後、散歩に付き合ってから宿舎に戻るように気を回しそうなので、伝えはしないが。


「そうでしょうね、兄夫婦の子供たちもよく義姉に抱きついては「重いから無理」と言われてました。今はもう大きくなって、抱きついたりはしなくなりましたが」


 助かりますと伝えれば、甥や姪の話を楽しそうにする。


「ご実家にはよく帰られますの?」

「ええ、月に二度ほど。兄とは歳が離れているせいか今でも子供扱いで、顔を見せないと心配されます」


 ネイサンは細身であるが長身で、とても子ども扱いされるような容姿ではない。しかも数人とはいえ部下を持ち、将来を嘱望されている優秀な騎士だ。


 どれほど過保護な兄だろうかと思わなくもないが、愛情豊かなのかもしれない。結婚して子供がいても、弟のこともきっと手放し難いのだ。


 そう思うとエミリアはくすりと笑う。


「優しいお兄様ですね」

「ええ、得難い兄です」

 少し照れたように微笑み返す。


「ファーナム家は文官の家系ですから、一族を見渡しても武官になったのは僕くらいのもので。それで余計に心配なんでしょうね。いつも怪我はないかと聞かれます」


 騎士団は高位貴族の出身だからといって忖度はしない。近衛に配属される場合もあれば、国境警備に行くこともある。身内ならば心配の種も尽きないだろう。


「私は兄と不仲ですから、そうやって心配してくださるお兄様が羨ましいですわ」


 不仲というより他人行儀と言ったほうが近いかもしれない。

 父であるダルトン伯爵と同じく、妻を所有物だと思っている兄は、妻が夫に従うのは当たり前だという考えの持ち主だ。

 それだけでなく女が口答えするのを許さず、幼い頃はよく兄に怒鳴られた。泣くと手を上げられ痛い思いをしたものだ。年齢が長じるにつれ、エミリアは学習して怒鳴られるような言動を控えるようになり、兄の方も無闇に威張り散らすことはなくなった。


 だが会話を交わすこともなく冷え切った仲だ。家を出てからはまったくの没交渉である。


 もし兄が王太子宮に詰める騎士たちのように、女性に対して優しくあれば、関係は違ったものになっただろうと思う。


「騎士が女性に対して真摯なのは王家のお陰ですよ。王宮を中心に、少しずつ輪が広がっていくと思います」

 察したネイサンが柔らかく話す。


 ――強いだけでなく、細かな気遣いもできるのね。


 最近、会話の増えたこの騎士のことが、好ましく感じている。


 色恋ではなく、同僚として頼もしいといった感情だったが、騎士に対して身構えていた少し前の自分からの変化に、日にち薬とはよくいったものだと思うのだった。

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