04. リリーの結婚と地方貴族の諍い 1
大変お待たせして申し訳ありません。
4話目をようやく投稿です。色々と盛り込んだら1話で終わりませんでした。
「リリー、見合いをしてみる気はありませんか?」
そうアーヴァインが切り出したのは、彼女が実家から逃げ出して二年ほど後のことだった。
「見合いをしたからと言って、絶対に結婚しなければいけないというものではありません。お互いに相性というものがありますからね。それに主導権はあなたにありますから、気に入らなければお断りしてくれて構わないです」
リリーは嗜虐性のある男に売られるような形で、嫁がされかけた経験があるので、慎重に説明する。上手くいきそうならば嫁げば良いし、そうでなければ断れば良いと。
「今回のお話は、私が望まれているからきたものでしょうか?」
「いいや、そうではない。良い女性をと頼まれて婚家で上手くやっていけそうだと判断して話しています。ただしお相手と家に問題があってね。だから断ってくれても何ら問題無いとも思っています」
問題という単語を聞いて、リリーがびくりと肩を震わせるのに気づいて、アーヴァインは優しく微笑む。
「少し前に小麦が高値になって、食糧危機になるのではないかと、騒がれたことは覚えていますか?」
「ええ、覚えています。野草を食べて凌いだことですね」
「その野草を食事に取り入れて、国難とも呼べる事態を終息させた家と確執がある家です」
「……そのせいでお相手がいなくて、私のような家を飛び出した娘しか選べないということでしょうか?」
その当時、まだ社交界に顔を出していなかったリリーは、功績のあった家の事を知らないが、アーヴァイン大司教が国難と言うくらいだから、収束させた功績は計り知れないだろう。そんな家との確執ともなれば致命的なのは、世間知らずな小娘でも判ることだ。
自分がいつまでも世話になり続けているから負担になったのだろうか?
「確執の方は取り成すことができるから、リリーが気にしなくても大丈夫ですよ、筋道はつけています。お相手の方も、そんなに悪い相手ではないのですよ。ただ出自に問題があって、上手くやっていける女性を探すのが難しいだけです」
「出自の問題といいますと……?」
「いわゆる庶子です。当主の奥方は子供を一人しか産めなかったので、万が一のためにと家の外に、もう一人子供を作ったのです。そして嫡子が早逝したために、庶子が急遽、家を継ぐことになったのです。それと母親は平民です。当主の援助があったため、それなりに裕福な暮らしを送っていましたが」
「まあ……」
それは苦労するだろうと思う。
貴族と平民では考え方も生活習慣もまるで違う。貴族として生まれ、修道院で手を荒らしながら、平民出身の修道女と一緒に仕事を覚えたリリーだからこそ、その違いはよく判る。
「あなたを花嫁に推そうと考えたのは、相手を見る努力をするからですよ。母親が平民だからというだけで見下したりはせず、相手の内面を見ようとするところが好ましいと思うからです。お相手のことを調べましたが、周囲の評判は悪くない。働き者の好青年です」
アーヴァインがそう言うなら問題のない相手なのだろう。
気がづけばお受けしますと返していた。
* * *
アーヴァインがリリー=ロートンに見合いを勧める十日ほど前のことである。
「今日はお願いがあって参りました」
面会に来た男はかなり疲れた様子だった。
男の現在の状況を考えれば、当然ともいえる。
目の前の男の名はロバート=カーティス、伯爵家の当主だ。彼の長男が一躍時の人となった新興の貴族家に喧嘩を売ったことで、著しく家名を傷つけたのだ。お陰で貴族としての付き合いが難しくなり、領地にある港町の貿易にも影を落としている。
そのせいで近隣の欲深い貴族から、お家乗っ取りとも呼べるような婚姻を、圧力をかけられながら提案され、窮地に陥っている。
「ファーナム伯爵家との仲を取り持っていただきたく……」
少しの間を置いてカーティス伯爵が願いを口にする。
「夫妻にあれほどまで迷惑をかけた挙句、謝罪を受け入れさせようとするのは、随分と傲慢だとお思いでしょう。しかし領民のためにも、次期当主である息子のためにも、このまま没落を受け入れる訳にはいきません。我が家を乗っ取ろうとしている貴族家が、自分達の利益しか考えていないのは、彼の領地の状況を見れば一目瞭然です」
一度は断られた謝罪だが、家の置かれた状況を鑑みれば、謝罪を受け入れてもらい和解することは必須だった。でなければ早晩、カーティス領は立ち行かなくなってしまう。
カーティス伯爵の病死した扱いになっている長男と違って、父親はまともだ。後を継いだ腹違いの次男も。
それは今回の面会の何年も前、長男の離婚騒動の時からの付き合いで、アーヴァインはよく知っている。公には死んだことになっている長男が、実は領地で幽閉されていることも、屋敷から出る自由はないものの、身の回りの世話をする使用人をつけられて暮らし、様子を報告させながら気遣っていることも。
本人は子の教育に失敗したことを悔いているが、起こした問題は親だからといって判るものではなかった。普段は何ら問題を起こさない息子が、唯一、元妻を前にしたときだけ異常行動を起こすことを、誰が解りえるというのか。
カーティス伯爵家は、長男の起こした騒動の影響が一年以上も続いている。社交の季節はどこからも招待状が届かず、王宮主催の貴族家の当主であれば参加可能な夜会で、顔見知りに挨拶をすれば、迷惑そうにされる始末だ。
新たな跡取りである次男の顔見せをしたくとも、現在の状況では息子を社交界に出すことは叶わない。領民を思い、派手なことを好まず、身の丈にあった生活を良しとする実直な男には、きつい日々が続いていた。
カーティス伯爵が言った通り、娘を息子の妻にと圧力をかけているゴールトン伯爵は強欲だ。領民の生活が苦しいのは、限界まで税を搾り取られているからである。
豊作の年でさえ少ないとはいえ餓死者が出る状況は、他家の領民と比較せずとも良い暮らしではない。自分の欲のために他者を踏みつけることに、何らためらいを見せることもない、冷酷な性格をしている。息子たちも父親と似たり寄ったりの性格のため、社交界での評判が悪い。娘は社交界に出ていないため性格を知らないが、どれほど気立てが良かろうが、婚家を乗っ取る駒として送り込まれるのであれば、どこの家であれ歓迎されることはないだろう。
カーティス伯爵家の新しい継嗣は、両親に似た実直な性格だ。たった一人の嫡子の代わりとして、伯爵が家の外でもうけた子供だが、関係者の全員が気を使い、日陰の身であることが世間に露見することもなく、充分な教育を受けて真っ直ぐ育った好青年だ。金を湯水の如く使う贅沢な暮らしは望めないものの、恵まれた幼少期を送っている。現在は実父に迎え入れられた家で、次期領主としての勉強を実地で学んでいるところだが、自分で商会を興し、それなりに成功していた実力があり、長男よりも良い領主になりそうな様子だ。
長男夫婦の離縁騒動の後、自分の手の者を送り込んでいるアーヴァインは、伯爵家の現状をよく把握していた。
カーティス伯爵の願い通り、領民や新たな継嗣のために力を貸すのは悪くない判断だった。
「多分、ファーナム伯爵は誠実な態度を取れば和解に応じるでしょう。しかし夫人の過去を考えれば、あなたを妻に会わせようと思わないかもしれません。ですから実家である侯爵家の夜会辺りで仲をとりもてるようにしましょうか。自宅開催の夜会と違って、伯爵夫人とあなたが顔を合わせる可能性も減らせます」
そう言って柔らかく微笑む。
主催者であれば客との挨拶は夫婦で行うが、本家での夜会であれば夫婦揃っての挨拶ではなくとも、ギリギリ許容されるだろうと含ませて。
カーティス伯爵はアーヴァインに一任すると、頭を下げて退室した。
「随分と弱ってましたね」
「予想以上に大きな影響を受けたようだね。家族が皆、まともだからこそ余計に苦労する」
後ろ姿を見送った大司教と側仕えは、小さく溜息をついた。
カーティス伯爵家とファーナム伯爵家の和解まで、いくつかやることがある。
アーヴァインは一番効果的な方法を考えた。強引に進められている嫡子の婚姻を白紙化するのもその一つだった。