05. 義姉と実兄の力関係
「お義姉さま、お久しぶり」
実家に立ち寄ったブリトニーは二か月ぶりに義姉であるセリーンに会う。
「今、紅玉を流行らせているみたいね」
「ええ、そうなの。全員が翠玉ばかりなんてつまらないもの。流行を押さえつつも好きな石を身にまとえるようにしたいと思わない?」
「同感ね。流行の石だけなんて本当に嫌。石に罪はないとはいえ、好きでもなければ似合うものでもないのに、身に着けないといけない風潮なんて滅んでしまえば良いのに。義務の装いなんて本当につまらないわ」
ブリトニーや妹のティナ同様、義姉もまた身分相応の装いのために、好きでもない宝飾品を身に着けることに苦痛を感じる性質だ。
セリーンは翠玉の前に流行っていた青玉が好きだ。
しかし流行が去って身に着けづらい雰囲気になったことを、流行が変わって二年経った今でも腹を立てたままだ。
「流行以外は駄目という風潮を打破するために、お義姉さまにも協力していただきたいの」
「それは是非、話を聞かせていただきたいわ」
ブリトニーは微笑みながら提案し、セリーンが乗る。
「流行ではない石を身に着けることを提案したいの。まずは普段使いの宝飾から」
そう言って一つの箱を差し出した。
セリーンが開ければ、紅玉と青玉を使った耳飾りが出てくる。ブリトニーを思わせる紅い石とティナを思わせる薄紅、そしてセリーンの好む矢車草の青い石の三石を使っている。石だけではなく、形も二人のものとは違い、青玉を大きく目立たせたものになっている。
「私やティナとお揃いよりも、お好きな石が主役の方が良いと思って」
「ブリトニーの言う通りよ。私はこちらの方が好きだわ」
義妹二人の耳飾りを知っているセリーンは即答する。
早速身につけさせてもらうわねと断りを入れた後、嬉しそうに耳に飾った。
「石や雰囲気もだけれど、これなら流行が紅玉に変わっても使えるところが良いわ」
「ええ、きっとお義姉さまはそう言うと思ったの」
「流石だわ。すっかり一流の商人になったわね、ブリトニー。欲しくても手に入らないものを用意できるなんて。流行の終わった青玉を扱った新しい宝飾品なんて皆無だし、この意匠なら長く使えそうね。とても嬉しいわ」
同じ物ばかり身に着けていては、それしかもっていないのかと侮られるというのは王都の話であり、地方では普段使いのお気に入りを大切に使う貴族も多いのだ。貴族とはいえ地方に住む者は割と倹約生活を送っていることも多い。
「こうやって他の石を合わせることで、青玉も使えるのね……。次の指輪はほどほどの大きさの石と小さめの石を使ったものにしようかしら。色の濃い翠玉と青玉を押さえておいてくれると嬉しいわ」
「判ったわ。他に欲しい石があれば、できるだけ希望のものを探しておくけれど」
「そうね……だったらブリトニー好みの紅をお願いするわ。次の流行を自分の手で作り出したいのでしょう?」
「ありがとうお義姉さま!」
セリーンのさり気ない心遣いに、感謝を口にした。
血の繋がりはないとはいえ、セリーンはブリトニーやティナと仲が良い。
自分の好きな紅玉を次の流行の主役にしたいブリトニーの気持ちを汲んで、注文を入れたのだった。
セリーンの夫でありブリトニーの兄であるドミニクは、少し渋い顔をするかもしれないが、町の税収に貢献している実妹を邪険にはしないだろう。
何度も意匠を相談し、使う石の候補を持って打ち合わせを行い、完成したのは更に数か月後。ギリギリ社交の季節に間に合った形だった。
中央に翠玉を、上下左右に青玉、その間に紅玉という鮮やかな色合いの指輪が完成した。セルティア王国の流行からすれば、小ぶりの石を複数使った指輪は、他人の目からは安っぽく映るかもしれない。だが全体的な雰囲気は重厚である。
良い石ばかりを選んだが、一つずつの石は割と小さいためお手頃価格になっている。
「安っぽいな」
妻の指輪を見たドミニクは一言ぽつりと漏らす。
ブリトニーやセリーンは、ドミニクや父であるイーノックがそういった評価を下すことを想定済みだった。
大きな石を使った全てが大振りな意匠こそがセルティア流であり、小さな石や繊細な作りは安っぽいと見なされるのだ。
安上がりだからだ。
実際、今回の指輪も複数の石にせず、中石一つの作りにすれば、値段は十倍以上に跳ね上がる。
「あなた、妹の気遣いを無下にするようなことを言わないで。流行が終わってしまった青玉を身につけられない私を思って、一から作ってくれたものなのよ」
「……そうか、すまんな」
妻からの苦言でバツの悪そうな顔になるのがドミニクという男だ。着飾ることに全く興味は無く、身分に相応しい装いをすることだけを意識している。
だから伯爵家の当主として、高価で流行に則った物を身に着ける。
要は侮られないように体面を保っているだけのことだ。
「この指輪はお兄さまみたいに安っぽく感じる人も多いと思うけど、同じくらい流行ではない石を身に着けたいという人の心を捕らえると思うわ。何色も使ったものは珍しいから、それも目を引くと思うの。良くも悪くも話題を提供するわね」
「そういう話題を提供する役割は中央の有力貴族に任せておけば良いんだ。我々地方貴族は大人しく堅実な生活が似合っている」
「確かにそうね。でも妻が好きなものを身に着けられるように協力するのは夫の務めよ、お兄さま」
「義妹が手伝ってくれるのに夫が手伝ってくれないのはつらいわ」
セリーンが微笑みながらブリトニーの側につく。
「ということでお兄さま、実は指輪と同じ意匠の胸飾りもありますの。こちらは全て金剛石なので話題にも上りませんし、安っぽくも見られませんわ」
そう言って箱を差し出す。
出てきたのは大振りの宝飾品だった。胸飾りと言っても裏に鎖や紐を通せるようになっているため、首飾りとしても髪飾りとしても使える。
「ブリトニー……加減というものを考えろ」
そう言って大きな溜息をつく。
色違いのお揃いだと一目で判るそれは、セリーンに似合いそうだ。
そしてティナに作った薄紅色の紅玉の宝飾品の一揃いよりも、今回の指輪と胸飾りの方が良心的な価格だ。石は金剛石のみなので、流行に左右されることもない。
伯爵家なら衝動買いできぬ程ではない微妙な価格である。
妹として商売相手ではない兄に手加減した結果とも言える。
「素敵ね、衣装を誂えるのを減らせば良いわ。色も形も昨年からさほど変わっていないもの。目立つところだけ手を入れればなんとかなるわ。簡単にできてしまうから侍女に任せなくても、私がなんとかできてしまうし」
セリーンはそう言うと微笑む。
ブリトニーの義姉は裁縫が得意でセンスも良いのだ。
自分で何が似合うかをよく理解して着るだけでなく、簡単な手直ししかしていないのに、全く違って見える衣装に変えてしまう。
時々、ブリトニーも義姉に頼るほどの腕前だった。
衣装はかさ張る上に誂えるのに時間がかかるため、社交シーズンはやりくりが大変なのだ。収納するにも場所をとる。
しかしセリーンに頼むことで一気に解決する。
義姉に宝飾品を贈るのは宣伝してもらうためだけではなく、そういった衣装の手助けのお礼も兼ねていた。
ドミニクは苦虫を噛み潰したような顔のままだ。
「お義姉さま、こちらは胸飾りのオマケなの。勿論、身内だからこそなのだけれど」
そう言って新たな箱を開ける。中には胸飾りと相似形の耳飾りが一対入っていた。
「新しい宝飾品を探す手間が省けましたわね」
セリーンのその一言で、ドミニクは頷くしかなかった。
「お前、家族間で商売をするのを止めろ」
「あら嫌だわ。商売の心算だったら価格は三倍になりましてよ、お兄さま」
ブリトニーはにっこり笑う。
嘘は言っていない。
実際、実家に持っていく宝飾品は使っている石や地金の代金や必要経費だけで、利益はまったく考えられていない。
兄を相手に商売をする気は毛頭ないからだ。
ただ美しい義姉を更に美しく飾りたいだけなのだった。
実兄登場。
家庭内の主導権は妻に握られている模様。