04. 夫との甘くない会話
更新が遅くなってすみません。
ブリトニーは満面の笑みで夫を迎えた。
工房で作らせていた紅玉の宝飾品が仕上がってきたのだ。デザイン画を見ているからどういうものが出来上がるか知っていたが、実物を見たら溜息が零れた。
画よりもずっと素晴らしいのだ。
「ご機嫌だね、ブリトニー。何か良いことでも?」
「ええ! 先日話した紅玉が出来上がったのよ」
満面の笑みでこたえたのに、アーサーはやや狼狽えた表情になる。心なしか腰も引けていた。
「……そうなんだ。後で見せてもらうよ」
「いいえ、今すぐに見てもらいたいわ!」
夫の腕を取り私室に案内する。夫に休息を取らせるところまで気が回らないのだ、嬉し過ぎて。
「出来上がったのよ、見て!」
座らせた夫の前に二つの箱を差し出す。出てきたのは美しい紅玉だった。
じっくりと見た後、アーサーは大きな溜息をつく。
「随分と大きいね……。高かったんじゃないか?」
「ええ、それなりの値段がしたわ。二百枚ほどかしら」
勿論、金貨である。
「浮気未遂の代償としては、ちょっと高すぎやしないだろうか?」
「そう……かしら? でも一目惚れだったの!」
「うん、凄くきれいだ。でもちょっと高すぎるかな」
そう言って再び大きな溜息をつく。
三個の極上の石、特に一つは特大だ。そして六条の光をたたえる希少価値。妻の言った金額が値切りに値切った後の、石の代金だけなのは想像に難くない。
それもエレンディア家の家業――宝石加工、宝飾品製造、販売に絡んだ取引の結果であることも、容易に想像できるのだ。
「値切った代償に、ニコラスに何を渡したんだ、あとその工賃は?」
「ニコラスが仕入れた石をティナ向けに加工したのよ。だから石代はあまりかかってないわ!」
「あまりってことは、手持ちの石を使ったのかな? それとも追加購入した石?」
「手持ちの物よ、死蔵していたものを使ったの。真珠を四粒と金剛石を少々」
段々とアーサーの言葉は尋問めいてきたが、それで怯むブリトニーではなかった。いつも強気な妻は、少々のことではへこたれないし挫けない。
「買うにしても、流石にそれは高すぎると思わないか?」
真珠はとても高価だ。紅玉や翠玉の鉱山のように、一か所で一定量の算出ができる宝石とは違うからだ。
その昔、小粒の真珠がとある国の国家予算に匹敵したなどという逸話もあるほど高価なものだった。今となってはそれほどの価格ではなく、せいぜいが同じ大きさの金剛石と同等価格程度であるが。
「思わないわ。だってオマケで小粒の紅玉を全部つけてもらったもの」
そういうと、引き出しにしまっておいた箱をいくつも机に置いた。
中には麦粒ほどの小ささのものからソラマメくらいのものまで、色味ごとにまとまって収められていた。
「最近の流行は翠玉だって知ってるよね?」
「ええ、だからそれもついでに仕入れてきたわ」
そう言いながら追加で開けた箱には、大粒の四角く研磨されたものが鎮座しており、周囲にやや小さいが充分に指輪の中石になる大きさの、色の良いものが何個か入っていた。
「これは紅玉のオマケじゃないよね?」
「当然よ、工賃が十枚ほどの腕輪を作って交換してもらったの、石は紅玉のオマケでついてきたものよ。追加で金剛石を使ったけれど、それでも工賃と材料費を合わせて六十枚を超えることはないわ。
アーサーは工賃と追加した石の値段から、おおよそ百五十枚くらいと大体の売値を想像する。次に苦み走ったニコラスの顔が浮かんだ。一回の仕入れの半分くらいの利益を吹っ飛ばしただろう義弟を哀れに思うのと同時に、机上の宝石をどのように加工して売るか考えた。
紅は女性に根強い人気のある色だ。
とはいえ紅玉は今の流行からは大きく外れるのだ。紅い石の良さを広めてからでないと買い叩かれる代物だった。
まずは流行している翠玉を売った後に、戦略を立てて売り出すのが良さそうだった。何せ今年の社交の季節は終わっている。本格的に大きな石を売り出すのは来年なのだから。
「王都で翠玉が三つほど売れたよ」
二人きりの晩餐の最中、夫が微笑みながら報告してくる。
「確か全部、男性向けの指輪でしたわね」
出来上がった商品を思い出しながら尋ねる。色の良さで選んだ翠玉は意匠を工夫して実際よりも一回り大きく見える。流行の金をたっぷりとつかった太目の指輪は、王都の店に並べた後、そう時間をかけずに売れたのだろう。
「良かったわ。でも流石に一番大きなものはまだなのではなくて?」
「それが運の良いことに売れたようだ。王宮の新年会で指にはまったものを見られると思う」
「指輪に加工、ということは男性のお客様が買われたのね」
平均的な女性の親指よりも短辺の大きな石が似合うのは、男性の手だろうと当たりをつける。
「その通り、夫婦でお揃いの指輪を誂えるみたいだよ。在庫の中に揃いになりそうな石があったから、夫人の分はそちらを使ったようだ」
少し前にニコラスから仕入れた中で、一番高額なものが売れたのだ。
国内で翠玉は高値が続いている。思ったよりも早く腕輪にかかった経費が回収できたのだから、嬉しいのは当然だった。
「紅玉の方もいくつか売れたよ。流行ではないとは言っても、女性に人気の色だからね、常に一定の需要はあるんだけどね」
「そうでしょうね、ティナが良い広告塔になってくれているし、港町ではこれからも少しずつ需要が増えると思うわ」
ブリトニーは日常使いの耳飾りを妹に贈っている。濃紅、薄紅、無色の三石を使って花のような意匠にしたものだ。小さい上に揺れたりしないで耳にぴったりとつく形だから邪魔にならない。
妹は「お姉さまとお揃いなの」とお気に入り振りを発揮して、よく身につけてくれている。お陰で実家の領内では、紅玉を使った日常遣いの、割と手ごろ価格のものの売れ行きが良い。
実家の領地にある港町は、貴族こそ少ないものの社交界に出入りするくらいに裕福な平民は多く、生活の邪魔にならない宝飾品は人気があるのだ。
小説内では金貨1枚を10万円換算にしています。