03. リプセット商会 2
昨日、投稿しなかったので、本日二話目の投稿
ニコラスとの商談が成立してから更に半月後、再度ブリトニーはリプセット商会に顔を出す。
「どうしたトニー、船はまだ帰港してないぞ」
「今日は買い付けじゃないの、あなたに見せたいものがあって」
そういって差し出したのは、一つの箱だった。革張りのそれは手が込んでいる。一見して直ぐに高額な宝飾品を収納しているのが判る。
中から出てきたのは、ブリトニーが言い値で買った紅玉を使った腕輪だった。
中石に薄紅色の大き目のものを。周囲は金剛石と淡い色の紅玉で取り巻いている。鎖部分は全て小さな紅玉だった。無色から徐々に色が濃くなり、また透明に戻るグラデーションだ。何連にもなっている太目のものだが、あまり重厚さは感じられなかった。
「……これは?」
「ティナに似合うと思って。それにこの前のものとお揃いみたいじゃなくて?」
「……そう見えなくもないな」
「とても、とーおっても似合うと思うの」
にんまりとブリトニーが笑う。
その笑みにニコラスは苦々しい顔をしたまま大きなな溜息をつく。
「……何が欲しい?」
「翠玉を一つ、後は形と巻きの良い真珠があれば」
「……仕方ないな、持ってけよ!」
立ち上がったニコラスは使用人に石を持ってこさせる。立ったついでに小さく壁を蹴ったのを見たブリトニーは満面の笑みを浮かべるのだった。
* * *
「お姉さま、もう少しニコに優しくしてください」
妹のティナは困り顔で姉に訴える。
ニコラスとの商談の後、屋敷に向かい、久しぶりに姉妹水入らずのお茶会を楽しんでいた。
「それは出来ない相談ね。ニコと私は永遠の競争相手だもの、仲良しこよしなんて柄じゃないわ」
「もうっ、昔は婚約していた仲だというのに、どうして二人とも競い合いたがるのかしら」
「気は合うのよ、でも心の底から結婚しなくて良かったと思うわ。仕事でも家庭でも競い合うなんて、心が休まらないもの」
ブリトニーとニコラスは幼いころからの婚約者だった。気が合う上にお互い好意を持っているが、それは恋情ではなく友情と名のつくものだった。
悪い相手ではないが、結婚は何か違うとどちらもが思っていたが、婚約を解消するのは難しい関係でもあった。港町を治める領主の長女と、その町で一番の豪商であり男爵位を持つ家の嫡男の婚姻は、政略上欠かせないものだった。その上に幼馴染で関係も悪くないとなれば、誰もが結婚するものと決めてかかっていた。
そんな中、ティナが密かにニコラスを想っており、ニコラスもティナのことをまんざらでもないと気付いたブリトニーは、どうにかして二人をくっつけたいと思ったが、そうなると自分があぶれてしまう。外から見ればティナは姉の婚約者を奪う形になり悪評がつきまとうだろう。どうしたものかと思っていた時に浮上した新たな婚約者がアーサーだった。
穏やかな性格の彼はブリトニーの心を癒す優しい人だった。
向こうも自分のことを悪くは思っていないと感じ、思い切って話をしたところ、ブリトニーとニコラスの婚約が解消され、新たに二組の婚約がまとまる。関係者全員が満足する良い結果だった。
今でもブリトニーとニコラスは親しい友人のまま競い合う仲で、疲れを癒すのがそれぞれの配偶者という関係に納まっている。
「ニコはティナにとても優しいでしょう? でも私には今も昔も厳しいままよ」
「それはお姉さまがニコに厳しいからだわ」
「それは違うわ、ニコが厳しいから私も厳しくなるのよ」
もうっ! と怒ったティナは、しかし全く怖くない。
ブリトニーは大きく笑って、可愛い妹を宥めるのだった。
それにしてもどうしたものかしらね……。
ブリトニーは大きな溜息をつく。
ニコラスから購入した石の代金は、全て自分の資産から出している。
とはいえかなりの高額出費だ。しかも工房での工賃や、真珠や金剛石、地金といったその他の材料も持ち出しだった。
特別な記念日、例えば結婚十周年などであれば、少々高めの買い物であっても、夫は快くみてくれるだろう。
しかし日常的な買い物としては、かなり値段が張り過ぎていて、知られれば説教は必至だ。いくら自分の資産からといっても大目に見ることはない。
どうしたらいいのかしら……。
再び大きな溜息をつく。
自分用にと購入した三個の石と、それを使った宝飾品を作り終えた後、まとめ買いした小さな紅玉を使った一般向けの宝飾品の製造と販売を行いたいが、作業に取り掛かったが最後、バレてしまう。
困った、大いに困った……。
悩むこと二週間、アーサーがメリーアの奸計にはまったのだった。
そしておねだりに成功した。
今回の一連の取引はブリトニーの完勝(笑)