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02. リプセット商会 1

 夜会より二か月ほど遡る。


 ブリトニーは妹の嫁ぎ先であるリプセット商会に足を運ぶ。仲の良い姉妹だが、しかし単に遊びに来たとは誰も思わない。事実、妹であるティナの顔を見るのはついでであり、本命はその夫であるニコラスとの商談だった。


 リプセット商会はブリトニーの実家がある領地の貿易港に店を構える商会だ。主に宝石の輸入を手掛けている。宝飾品の加工と販売を行う婚家であるエレンディア家の良い取引相手であった。


「邪魔をするわよ、ニコ」


「また来たのか、トニー」


 幼馴染であり義弟でもあるニコラス=リプセットは、ブリトニーにとって大切な取引相手であり気の置けない友人だ。


 それはニコラスも同様で、義姉というよりは親しい友人という方が近い感覚で接している。お互いにニコ、トニーと愛称で呼び合うのも昔から変わらない。


「船が港に戻ってきたというから、仕入れたものを見せてもらいに来たのよ」


「相変わらず耳が早いな、隣とはいえ違う領地に嫁いだっていうのに」


 大海を渡る船が帰港したのは二日前だ。それから荷下ろしをして整理がついたのが今朝、商品を見るのに丁度という絶妙さでブリトニーは現れたのだ。


 思うに未婚の、実家にいたころからブリトニーは時機を見るのに聡い少女だったなとニコラスは思い出しながら、目の前の幼馴染が目当てにしている商品を取り出して机に置く。


「開けるわよ」


 そう一言断ってから、ブリトニーは机に置かれた箱を次々と開けていく。


 中身は全て紅玉だった。粒は小さいが照りが良く美しい。


「綺麗な石が入ったわね」


「いつもとは違う産地なんだ。色、透明度、照りどれをとっても前よりいいだろう」


 そういいながらニコラスは何箱も追加して机に置く。


「そうね、この国では小さい石は好まれないけれど、これならいけそうだわ」


 この国――セルティア王国では大ぶりな宝石を多く使ったものが好まれる。小さな石は貧乏くさいという訳だ。しかしブリトニーはその評価に異を唱えている。繊細な細工の美しさを知らない愚か者の意見だと。


 確かに中心になる石が大きいのは豪華で強い印象を与える。


 でも全て大きな石で揃える必要があるかといえば違う。主役になる石を引き立てるために小さな石で取り巻いたり、女性的な優美さを感じさせるのも良いと思うのだ。


 全体として均整のとれた美しさが必要なのだと、ブリトニーは声高に主張している。


 男性陣からは冷笑でもって迎えられたが、女性陣からの支持は勝ち取っている。


「流行らない石でも君なら流行らせることができるだろう? 手を出さないのは勿体ないくらい良い石だったから買い付けてきたらしい。それとこっちが誰もが欲しがるような一級品の大きな石だ」


 そうやって出てきたのは小さな箱だった。中には赤ん坊の拳ほどもあるような半球状の紅玉だった。


 鮮やかな赤の中に六条の光を(たた)えている。


「凄いわね、大きさもだけど、色と輝きが見事よ」


「そうだろう、それでもっと凄いのがこれだ」


 更に追加で出てきた箱の中には、同じく六条の輝きを持つ紅玉が二個。前のよりも一回り小さいが同じ色で、合わせて作られたかのようだった。


「まあ! これで首飾りと耳飾りを作ったら素敵でしょうね」


 うっとりと見とれながら呟く。この石たちをどう飾り立てたらより美しくできるのか悩みながら。


「紅玉三石とこちらの小粒のものをひと箱で幾ら位になるかしら?」


「まあこれくらいかな?」


 ニコラスが指を四本立てて返す。


「もう少し三本、いいえ二本半くらいにならないかしら?」


「それはいくら何でも安すぎる!」


 商談に入った二人は金額でせめぎ合う。


 そんな中、ふとブリトニーの目に入ってきたのは、隅の方に置かれている、赤とはいえないような色の薄い紅玉だった。


「これは……?」


「色が薄すぎるが、それ以外は問題無いから仕入れてきたらしい。少し小さいが、透明度が高いし輝きがいいだろう?」


 確かに耳飾りにするにしても流行よりは小さい。しかし充分に大きいし、何より美しい。ブリトニーには似合わない可愛らしい色であるが。


「ねえ、これを私に預けない? 二か月後の新年会に合わせた、ティナ用の耳飾りなんてどうかしら?」


 妹のティナは姉と違って温厚で春の陽射しを思わせる優しい雰囲気の女性だ。強い赤の石よりも、むしろ薄紅色の方が似合うだろう。


「ああ、ティナには良いな。大きな石は重くて疲れると言っていたし、加工するには良いかもしれない」


「それと同じ色のこの石は首飾りに良さそうよ」


 一回り大きな石を選んでニコラスの前に持ってくる。


「確かに合うな」


「だったら、加工賃分、値下げしてくれないかしら? 机に乗っている分、全て一か月の間、抑えさせて頂戴」


「一か月もか! 荷の半分だぞ!?」


「今の流行は翠玉でしょう。一月くらい寝かせても問題ないはずよ。それに荷の半分と言っても、新しい産地で買い付けた分の半分でしょう? 今までの産地のものがあるのではなくて?」


「……」


 図星だった。目玉となる商品ではあるし、それなりに高額ではあるが、一月ほど置いておいても問題ないくらいにはリプセット商会は大きく、融通はきかせられる。


「……わかった。でも一か月だけだぞ、一日でも過ぎたら売り飛ばすからな」


 ニコラスが折れて商談は次にブリトニーが訪れるまで一時中断になった。


 とはいえ今回はブリトニーが勝つ形で取引が終了しそうな雰囲気だ。



 一月よりも十日ほど早く、ブリトニーはリプセット商会を再訪した。


「こんな感じでいかがかしら?」


 そう言って差し出したのは、見事としか言えないような細工を施された出来立ての宝飾品だった。


 ニコラスから預かった大き目の石は全て使い切った贅沢な逸品に仕上がっている。石こそ大振りだが、それ以外は繊細で、重量を抑えながら豪華さを醸し出している。


 妹のティナが重いのは疲れて嫌だと言っていたのを、反映させたのだ。


 耳飾りには小さな真珠を追加し、上品だが、頭を動かせば小さく揺れ動く可愛らしさも持ち合わせたものにしてある。首飾りは正面もだが、後ろの留め具隠しの飾りを大きめに作り花の意匠にしてある。中央に少し暗すぎる赤を、花弁に金剛石を使った豪華なものだった。


「相変わらず素晴らしいものを作るな。君の所の職人は。ところでこの真珠は?」


「私の手持ちのものを使ったわ。留め具にしては大きいけれど、柔らかな雰囲気が素敵でしょう?」


「トニーの言う通りだ。絶対に似合うな、コレは」


 ニコラスの敗北宣言だった。


 最終的に一月前に机に乗った全ての紅玉は指二本分ほどの金貨で購入でき、帰る時のブリトニーはホクホク顔だった。


 だが真珠だけでなく金剛石も持ち出しだったので、さほど強欲な取引ではなく、当初より少し値引きされた程度の金額ではあった。


本編を書いている最中、ルビーを和名の紅玉と書きましたが、素直にルビーで良かったなと後悔を……。

番外編を書いている最中、うっかり「紅玉」を英語翻訳したところ「Jonathan」と返ってきました。

いきなりリンゴですよ……。

翻訳は難しいですね。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 紅玉、、、食べたくなりました!! 最近はスーパーでも見かけなくなりました。 タルトタタンとか食べたい、、、
[一言] カッコつけるから…
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