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04. 婚約者の名誉

前話、ロイド殿下の立ち位置が書かれていませんでした。

王太子の長男になります。本文修正済みです。

(すみません、こちらの説明がアップロードから1時間ほど間違ってました。王太子の弟ではありません)

また騎士団の団長、副団長に関して1行ほど文章を追加しています。

どちらも話の筋には影響しません。


「ネイサン=ファーナム! 婚約者の名誉をかけてお前に決闘を申し込む!!」


 突然の決闘申し込みに、ネイサンは少々面食らう。


「えっと、君の婚約者って誰だっけ? 僕は多分、顔も名前も知らないと思う」


 騎士の名前は判る。一年後輩のダニー=エドモンだ。王城勤務だが王太子宮配属のネイサンと違って、官吏たちの勤務する外に開かれた場所に配属されているため、滅多に会うことは無い。


 そもそも顔や所属などは知っているが、婚約者には会ったことがないどころか、存在すら知らなかった。


 それなのに婚約者の名誉をと言われてもピンとこないのは仕方がない。とはいえ申し込まれた決闘を受けないという選択肢は騎士に無い。


 釈然としないまま、二人の休暇が合う十日後に決闘が行われることになった。



「エドモンの婚約者のことは判った?」


 ネイサンはダニーと近い職場に配属されている同期のサイラスに尋ねる。


 入団直後、色々とやりあった二人だったが、サイラスが嫌がらせに対して謝罪をする形で二人は和解し、今では親しい間柄だ。


 決闘はともかく、理由もわからず婚約者の名誉をかけられても、困るというのがネイサンの本音だ。


 そこで友人の中でもダニーの配属先と近い場所に配属されているサイラスに声をかけたのだった。


「エドモンは半年前に婚約したらしい。相手はローラ=エドワーズ、伯爵令嬢らしいが知っているか?」


「ローラという女性は知らないけど、エドワーズ伯爵の方は名前だけなら知ってる。地方貴族の一人で、平均的な子爵家と同程度の規模の所領しかない小貴族だな。エドモンの実家も伯爵家だが、家格的には少しエドワーズ家の方が落ちるか」


「詳しいな、さすが侯爵家」


「貴族なら男爵以上の名前を知ってて当然だよ。流石に子供たちの名前までは知らない」


「だけどライリーは知らなかったぞ」


 父親が準男爵でしかないサイラスは貴族年鑑など見たことがなく、王宮でみかける有力貴族くらいしか名前を知らない。


「ライリーは勉強しなさ過ぎなだけ。最近は言葉遣いがようやく貴族らしくなっただけマシだけど、相変わらず貴族っぽくない」


 男爵家の末っ子ライリーはサイラスより爵位は上だが、もっと庶民的な言動だ。


 しかしネイサン同様、王族の警備に配属されて随分と洗練されてきてはいる。


「でも判らないな、なんで僕なんだろう? 社交に顔を出さないし、寮生活だから顔を合わす機会も全然ないんだけど」


「それは本人に聞くしかないよ」


 収穫が婚約者の名前だけという、成果のうちに入らないような結果のまま決闘に挑むことになった。


 介添人は同期のライリーとサイラスの二人、向こうも同期の友人二人を介添人に指定したようだ。立会人は名前しか知らない先輩騎士だった。


 危なげない剣はこびで勝利を掴んだネイサンだったが、それでも釈然としない気持ちはそのままだった。


 観客席のどこかにダニーの婚約者であるローラ=エドワーズもいるのだろうが、顔を知らないネイサンに、探す術はない。


「畜生、負けた。ローラのことは大切にしてくれ」


「大切にと言われても、僕は彼女のことを知らない。そもそも決闘を申し込まれたとき、君に婚約者がいることも知らなければ、エドワーズ伯爵家にローラという娘がいることも知らなかった。後から君の婚約と、相手の名前を知ったんだ」


「どういうことだ? 君が好いとローラに言われたのだが?」


「それは本人に聞いた方が良いんじゃないか?」


 婚約者の名誉をかけた決闘は、決着がついても疑問は残ったままだった。


 二人が話し合っている間に、ライリーは当事者である女性――ローラ=エドワーズを連れて現れる。


「ローラ、どういうことだ?」


 ダニーが尋ねるが、本人はおろおろするばかりで、口を開こうとしない。


「男二人が君のために闘ったのに、何も言わないのは卑怯じゃないか?」


 黙り込むローラを諭したのはライリーだ。当事者ではないが、友人のことを気にかけている。今回の決闘はネイサンが女性の名誉を汚したというのが理由なのだ。


「別に、闘って欲しいなんて言ってません。ただ婚約を見直して欲しいと言っただけで……」


「それで無関係なネイサンを巻き込んだのか? 見ず知らずの女性の名誉を汚したと(そし)りを受けさせたのは、どう責任を取るつもりだった?」


「私は名誉を傷つけられたなんて言ってません!」


「ただネイサンに秋波を送られたと言っただけ? 婚約者のいる女性を口説いたと噂されるくらいは大したことがないから巻き込んだ?」


「だって、そうでもしないと婚約を見直してもらえないじゃない!」


「その結果、見ず知らずの女性の訴えでネイサンは騎士を馘になり、実家のファーナム家は賠償を支払うんだ。婚約が嫌だから他人を傷つけても良いなんて、一体、どういう教育をしているんだ、エドワーズ家は」


「家は関係ありません!」


「関係があるんだよ。既に当事者同士の問題ではなくなっている。決闘になったから騎士団の全員が知る事態だし、騎士の進退にも関わる。このまま何もしなくてもエドモン伯爵家にもエドワーズ伯爵家にも話は伝わるよ」


「――!!」


 日頃、女性に優しい態度で接するライリーだが、今は一切の容赦がない。


 流石に男と話すような強い口調ではないが、内容は厳しいものだった。


 決闘でネイサンが令嬢の名誉を傷つけた疑惑が持ち上がったのだ。事実であれば退団まではいかずとも王太子宮の配属から外される上、将来にも暗い影を落とす。


「私……」


 それだけ言ってローラが泣き崩れた。


 ひとしきり泣いて落ち着いたあと、関係者全員に謝罪する。


 とても丁寧な言葉だった。見ず知らずの相手を振り回す結果になったが、本来は非常識な言動をする女性ではないのだろう。泣き出す前の頑なな態度も、虚勢を張っていたに違いなかった。


「申し訳ありませんでした。私、修道院に行きます。そこからファーナムさまの名誉のために、騎士団に手紙を書きます」


「いや、何もそこまでしなくても……」


 修道院と聞いて狼狽えたネイサンはローラを止める。確かに色々あったが、自分より年若い令嬢に人生を諦めさせる気は無い。


「事情さえ判れば、どうにかできると思うから、まずは話して欲しい」


 ダニーも婚約者を気遣う。浅い付き合いの相手だが、情が無い訳ではないのだ。


 この場に連れてきたライリーでさえ、ローラの今後を気にし始めた。


「……実は、男性が怖いのです。そのダニー様は筋肉質でとても男らしく、騎士として鍛えた証なのですから、とても素晴らしいことなのですが、それでも……どうしても怖くて」


「それで騎士の中では割と優しそうな顔のネイサンに?」


「はい、ファーナムさまのことをお慕いしていると。相手も私の事を心ならず想ってくださっていると言いました。一度、拝見したことがあるだけでしたが」


 入団してから数年経ち、細身だったネイサンも身体に筋肉がつき、がっしりとした体型になったが、温和そうな顔は相変わらずだ。体格がよくなったとはいえ、筋骨隆々とまではいえないし着痩せする。そのお陰か厳つそうな雰囲気はまるでない。


 男性に怖い印象を持つ女性が、敢えて騎士の中から相手を選ぶとしたら、ネイサンは候補の中の一人に選ばれるのは間違いない。


「父がとても厳しい人で、何かあると直ぐに大声で怒鳴るのです。その度に母は委縮してしまって。私も怖くて仕方がありませんでした。兄も父と同じで、義理の姉のことを怒鳴りつけて萎縮させて、それで怖そうな男性がどうしても駄目で。なのに婚約者が決まったのが騎士で、とても怖くて。それに私も結婚したら毎日夫から怒鳴られ続けて生活をするかと思うと、どうしても耐えられないって……」


「私はそういう男ではない」


「でも訓練のときのお姿はとても厳しくて、他の騎士に大声で怒鳴られて。お仕事中もいつも厳しい目で睨まれていますし」


「訓練のときは大声でないと相手に声が届かないからです。それに怒鳴るのは後輩が甘い動きをするから。実戦で隙を作れば死にます。死なせないためには厳しく鍛えなくてはなりません。勤務中も同じです。隙を突かれて何かあれば、誰かが傷つけられるのです。たとえ王族ではない一介の役人だとしても、罪の無い人が傷つけられることは、絶対にあってはいけないのです。ですから仕事中も厳しくしております」


 幼い子供に教えるように、優しく婚約者に説明する。


 何とも非常識な行動ではあったが、長年染みついた恐怖が、ローラの心をおかしくしたのだろう。


「でも私、ダニーさまにもファーナムさまにも酷いことをしてしまいましたわ。ダニーさまのお心を弄び、ファーナムさまの経歴に傷をつけて」


「私は弄ばれていません」


「僕も誤解が解ければ何でもないでしょう」


「とはいっても家には連絡したのでしょう? こんな不品行を父に知られたら、間違いなく修道院に送られます」


「家に連絡が行かなければ良いんだろう? 実家に連絡が行くとして、その前にまず上官で話が止まる。今すぐに動けば大丈夫だ。今回のことは誤解から生まれたことだった、そういう方向に話を持っていこう」


「そうだな」


 男達が同意する。


 今回は単に追い詰められた女性が引き起こした事件だった。大事にする必要はない。


 そこには悪意も害意もなく、ただ恐怖に支配された心が起こしただけのことだ。


「上官には俺の方から話を入れておくよ。明日にでもエドモンからもう一度、話をすればいい」


「助かる」


 ライリーとネイサンが連れだって部屋を出て、婚約者たちだけを残した。



「本当に強い男は自分より弱い相手を怒鳴って満足したりはしないのだがな……」


 報告を受けた上官はそう言って溜息をつく。


「外部の見学者はいなかったことだし、決闘の見学も少なかった。そう外部に漏れる話でもなかろう。もし何かあった場合は、私の方から適当に話をしよう」


 そう請け合い、此度の決闘騒動は幕を下ろした。



 * * *



「今回は丸く収まって良かった」


「俺は話を聞いて、女の方が二股だったのかと思った」


 寮の部屋で酒を酌み交わしながら、騒動を振り返る。


 外で飲みたいところだが、どこで話が漏れるか判らないから部屋飲みだ。


「結局、エドモンは婚約者と結婚するんだろう?」


「みたいだ。最初はお互い、相手をよく知るところからやり直すって」


「婚約者に避けられながらの半年だったから、何もしらないだろうし、良いんじゃないの」


「そうだな」


 ダニーとローラはやり直すらしい。


 両家の親は決闘騒動を知らない。知ればひと悶着あるかもしれないが、その時に二人の絆が深まっていれば乗り越えられるだろう。


 親の決めた婚約だが、お互いを思いやり愛のある家庭を築いてくれればと、二人は願うばかりだった。

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[一言] 一歩間違えれば色々危なかった
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