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02. 入団直後 2

「入団に際して、コネが有効だと思っているのはどれくらいいる?」


 朝一番で上官が問うが誰も声を上げない。


 ネイサンにやっかむ新人たちは目線を下に向け、やり過ごそうとしている。


「誰もいないということは、問題行動を起こしている連中は、単に言いがかりで仲間を害そうとしている、そう思っていいんだな」


 そう言って再度口を閉じれば、しばらくしてようやく不満の言葉が出てきた。ネイサンは今期の新人の中で一番、実家の爵位が高いのだ。


 伯爵家出身は数人いるが全員地方貴族で領地が小さく、伯爵家の中でもどちらかと言えば貧乏な方だ。子爵家の方が羽振りが良い家もある。残りは全員が下位貴族や一代貴族である準男爵家や騎士爵家の出身だった。


 結局のところ、ネイサンに不満があるというよりは、実家の財力を妬んでいるだけだ。


 確かに親から入団祝いにと贈られた剣は高価で良いものだった。装飾の少ない剣は、安物に見られがちだが、騎士や騎士を目指す者が見れば、一目で良い物だと判る。


 騎士になりたいと言えば、良い教師がつけられたのも、裕福だからだと理解している。


 だが結果を出したのはネイサンの努力だ。決して実家の力に頼ったものではない。尤も実家に頼ったところで入団試験に通るような不正は無理なのだが。


「そんなに不満か。だったらいっそのこと決闘でもしたらどうだ」


 一通り不満が出尽くした時を見計らって、上官が一つ提案をした。


 不満を持つ新人は全体の六割近くもおり、ネイサンやライリーを始めとするコネ入団ができないことを知っている面子からすれば、呆れる結果だった。


「騎士団では口よりも力が優先される。戦場ではいくら口が達者でも生き残れないからな。まあ強ければ何でも良いって訳ではないし、仲間を危険に遭わす奴は許されないから程度問題ではあるが」


 そう言って新人たちを一瞥すると、再度口を開く。


「今回の件は「気に入らない」というだけのことだろう? だったら決闘でもして負けた方は我慢する。我慢できなければ退団でもすればいい。どうするサイラス=ハイド、ネイサン=ファーナム」


「僕は決闘を受け入れます」


「俺も決闘を受けます」


 二人とも自分の名前が呼ばれた直後に間髪入れず提案に乗った。


 それぞれの介添え人が決まり、訓練場の中央に移動すると、二人に剣が渡される。


「――!!」


 訓練係から渡された剣は真剣だった。


 サイラスは一瞬躊躇して受け取り、ネイサンはそのまま受け取る。決闘が真剣で行われることを知ってるか否かの差だった。


 多くの新人たちもサイラス同様、真剣を扱うことに驚いている。模擬剣でもまともに当たれば大怪我になるし、最悪は死ぬのだが、真剣は掠っただけで大怪我の可能性がある。何より剣の鈍色の輝きを自分に向けられるのがまだ怖いのだ。


 外野の野次を無視して、二人は対峙する。


 合図と同時に、互いが剣を繰り出した。一合、二合と打ち合う度に金属音が辺りに響き火花が飛ぶ。


 土を蹴る音が合間に鳴る。


 サイラスが力押しで相手を追い詰めようとするが、ネイサンはするりと躱した。


 先に疲れが出たのはサイラスだった。軸がぶれ始めたその時、ネイサンの鋭い突きが剣を大きく弾き、バランスを崩す。


 その隙を見逃さず、相手の眼前に剣先を突き付けた。


「……参った」


 絞り出すように声を上げたサイラスは自分の負けを認める。


 周囲を見渡せばライリーたちが「やったな!」という顔でネイサンを見ている。


 その後ろ側ではいつの間にか集まっていた先輩騎士たちが、面白そうな顔で決闘を見学していた。


「勝負がついたようだから言っておく」


 上官が新人たちを見ながら口を開いた。


「確かにコネというものはある。しかしファーナムにそんなものはない、実家の爵位は高くても伝手がないからな。そして一番、新人の中でコネがあるのはライリーだ。そもそも家名ではなく名前を呼ぶのが彼だけなのは、クォーク姓の騎士が多いことが原因だ」


 一斉にライリーに注目が集まる。


「更に言えば、騎士になるのは高位貴族よりも下位貴族の方が割合としては若干だが多い。コネのある騎士を探すなら、侯爵家のファーナムよりも、男爵家や騎士爵家の友人から探した方が早い」


「!!」


 自分達の嫉妬が全くの的外れだったことを知った新人たちは、はっとした顔つきになる。


「さて、お前たちの空っぽの頭が、まるっきり見当違いのことを考えたのは、騎士団がどういった場所か理解していないからだというのが明らかになった。そこでだ、コネの良さを体験させてやろう。先ほど声を上げた者、全員、向こうの騎士について行け」


 指示した方には、にこやかに笑っている数人の騎士がいる。


 ネイサンを含む残った面子は通常訓練を開始し、移動した面子は動揺が収まらぬまま訓練場を出て行った。



 夕方、移動した同期たちが寮に戻ってきたとき、疲労困憊し歩くのがやっとの生きた屍状態だった。


「お前、上官に泣きついたのかよ」


 ヘロヘロになりながらも、ネイサンの顔を見つけて恨み言をぶつけてくる。


「知らないよ」


「お前らが羨んだコネそのものだよ」


 ネイサンを庇うライリーは、いつもの調子で突き放す。


「お前らが死にそうな訓練、俺は入団前から同じくらい扱かれてたからな。あれが俺の普通なんだ」


 ライリーの言葉で周囲が一瞬、しんと静まり返る。


「大体な、自分の弟や息子が弱かったら恥ずかしいだろ、だから自分のために扱くんだよ! 一回くらいで恨み言なんか言うなよ、情けねえな」


 自分のため……ライリーのためではなく、自分のために息子や弟を扱く、そんな言葉が一気にライリーへの同情に変わった。


「俺、武器と水を持たされただけで山の中に放り出されたこともあるんだぜ。十歳のときに。自力で山を下りて来いって」


 わざわざ剣を持たされるのだ、遊び目的で行くような場所ではないのだろう。


「下山するまで三日もかかるし、獣はうようよいるし、夜は狼の群れに襲われたりして、あれは大変だった……」


 思い出しながらライリーは遠い目になる。


「食事なんか自分が狩った獲物しかないから、道中、兎を仕留めたり猪を仕留めたりして食いつなぐんだけど、手早くやんないと他の獣が血の臭いに釣られてやって来るし、あれは大変だった。本当に大変過ぎて二度とごめんだ」


 大変だと二度言うライリーは、心底嫌そうだった。


「そんなにコネが羨ましいってんだったら、兄貴たちを紹介するから言ってくれよ」


 そう言えば、誰も何も言わなくなった。



「……大変だったんだな」


 ネイサンを始めとする友人たちはライリーを労る。


「もう思い出したくない。俺、末っ子だったから兄貴たち全員から可愛がられて……」


 可愛がるという言葉が文字通りでないことは、全員が判っていた。


「多分だけど、今日のあいつらは初めてだからすごく手加減されたと思う。それで愚痴を言うなんて甘ったれすぎだよ」


 その日、一番荒れたのは扱かれた連中ではなくライリーだった。

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[一言] ライリー、強く生きろ
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