01. 入団直後 1
主人公:ネイサン=ファーナム
侯爵家次男で騎士団に入団。
柔らかな物腰と温厚な見た目で舐められやすいが、剣の腕は立つ。
「侯爵家の息子っていいよな、入団も書類を出せば終わり、入ってからも優遇されて」
聞こえるように言うのは、子爵や男爵といった下位貴族の息子や一代貴族である騎士爵の息子たちだった。
だがファーナム侯爵家は騎士になった者は、ネイサンが知る限りおらず、官吏はいても高級官僚として政治の中枢にいる者もいない。そんな訳でコネの類は一切ない。
高位貴族の出身で利があるとすれば、せいぜい身元の確認が容易であるということと、入団時から良い剣を持てることだけだ。
正直言って実家の爵位などなんの役にもたたない。腕の立つ騎士爵の息子を抑えて、役立たずの公爵の息子を王族の護衛に引き立てたとして、何の役にも立たないのと同じだからだ。
所詮は妬み嫉みの類であって、真剣に受け取る必要のないことだった。
今年の入団者の中で一番爵位が高く、細身の体格と柔和そうな風貌から目を付けたのだろうと当たりをつけている。身体の細さは気になる所だが、剣の稽古をつけてくれていた家の護衛からは、もう少し年齢を重ねたら、自然とがっしりするから気にするなと言われている。
そのうちではなく今であれば、侮られることが少なく、もう少し周囲からの風当たりは少なかったのにと思える。
気にすることではないかもしれないが、鬱陶しいことこの上ない。
「なんかお前、敵が多くないか?」
同期の騎士が声をかけてくる。
「実家が侯爵家だから恨まれているらしい。何でもコネ入団だとか。下位貴族の出身は入団するところから入った後まで差別されているんだとさ」
「そういうコトだったら俺の方がよっぽどコネがあるのになあ、莫迦な奴らだな!」
大きく笑い飛ばす。
同期の騎士――ライリーは男爵家の出身だ。父親と男兄弟全員が騎士団所属、遡れば祖父や曾祖父も騎士という筋金入りの武門の家だ。当然、上層部に親族や知り合いが何人もいる。
「そうなんだよな。知り合いのいない侯爵家より、知り合いのいる男爵や騎士爵の方が、よっぽどコネがあるんだが、奴らは気付かないらしい。侯爵家出身の利点なんか、最初から多少は良い剣を持てるくらいなのに」
「莫迦は相手にするな」
「初対面のときから相手にする気がないから大丈夫だ」
そう言って笑い合う。
実際、睨まれる意味が解らなかった入団直後から、一度として相手にしたことはない。多少、鬱陶しいと思っているくらいだ。
しかし相手はお構いなしだった。
「いつも偉そうにしやがって!!」
一緒に訓練を受けた後、何が気に食わなかったのか、相手が喧嘩を売ってきた。何時もの聞こえるような蔭口よりは、よほど気楽だった。
ついでに言えば相手にしないつもりだったが、一度くらい買って喧嘩でもしてみせれば、コネかどうか判り二度と絡まない可能性が、ほんの少しだけありそうだった。
「莫迦かお前は、新人がどうやって偉そうにできるんだ? そうやって僻み根性で心が卑しくなってるから、誰もが偉そうに見えるんだ。情けない奴だな」
「――!!」
「喧嘩を売っているのか!」
「売ったのはお前だ、阿呆」
普段の貴族らしい物腰からは想像もつかない友人の言葉と、その意図が判ったライリーは笑いを堪えるのに必死だった。
掴み合う二人の周囲には、加勢して多数でネイサンを傷めつけてやろうという新人と、そうなったら一方的に絡まれているネイサンに、加勢するしかないと思っている新人が、成り行きを見守っている。
「何をやっているかっ!!」
乱闘が始まると誰もが思ったその時、空気を壊すかのように声が響いた。
「喧嘩か?」
割れた人垣の中からネイサンと相手の騎士が掴み合っている姿が晒されると、冷ややかに一瞥する。
「……」
教育係を務める騎士の威圧に、周囲の誰もが口を開けずにいた。
「反論が無いという事は、俺の言ったことが間違ってなかったってことだな……」
そう言って周囲を見回したあとニヤリと笑った。
「随分と体力が有り余っているな。若いってことは素晴らしい。そんなお前たちに訓練追加の贈り物をしてやろう。全員、今から敷地を十周! 終わった者から帰って良し!」
そう高らかに宣言したのだった。
厳しい訓練が終わった後の追加に、新人騎士は死にそうになりながら寮に戻った。
訓練追加は新人騎士にとって、とてもキツいものだった。
これに懲りてネイサンに絡んでこなくなるかと言えば、全くそんなことはなく、変わらず絡んでくる毎日が続いた。
「いい加減、鬱陶しい……」
「ご愁傷様、まあ頑張れ。絡まれている内が花だ、多分」
「何だよそれ。花だと思うんだったら代われ」
相も変わらず絡まれるネイサンと、それを笑い飛ばすライリーは、既に新人騎士の訓練終わりの日常風景になっていた。
「別に代わっても良いけど、俺に絡むと血を見ることになるから奨めないな」
朗らかに笑うライリーだった。
「そうだよなあ、僕と違って本物のコネがあるライリーに絡んだら血を見るから、標的にはできないよね」
ネイサンは諦念の中、溜息をついた。
コネのある友人を少しだけ羨みながら。
一触即発の空気の中、それでも訓練は続き、もう少しで教育が終わるという時期だった。
毎日飽きずに絡んでくる同期たちが、ネイサンを待ち伏せしていた。
「お前みたいな貴族風を吹かす奴なんかが騎士団にいられても迷惑なんだよ」
「少なくとも僕は、群れなければ自分の意見の一つも言えないような、そんな弱い奴にあれこれ言われたくないな」
「言ったな! お前なんか俺一人で十分だ!!」
集団の中で一番がっしりとした体格の少年が前に出る。身長は同じくらいでも細身のネイサンとでは体格がまるで違う。
名をサイラス=ハイドと言う。実家のハイド家は男爵家の次男が独立した家であり、父は準男爵だ。ネイサンの実家であるファーナム家と同じ文官が多く、武官を輩出することが殆どない家系だ。どちらも高級官僚や大臣などがおらず、中央政治に深く関わることがないところや、独立すれば貴族の身分を失い平民になるところまで同じ、ただ男爵家と侯爵家と階級が違うだけだ。
結局のところ相手は身分差という嫉妬から、ネイサンに突っかかっているだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
面倒なことだ……。
ネイサンは小さく呟く。
だが面倒だからと途中で止めることはない。
サイラスは言葉を放つと同時に掴みかかってくる。その足を引っかけ、バランスを崩したところを殴り倒す。不意を突き、素早く動けばどうということはない。
「このっ!!」
地面に手をつくのと同時に掴んだ土をネイサンの顔めがけて投げつけ、目を潰すのと同時にサイラスが掴みかかる。
それをネイサンは半身になって除けるのと同時に膝蹴りを食らわせ、再度這いつくばらせた。
「猪みたいに直線的で単純だ」
細身で肉が無い体型をしているから、あまり鍛えてないと舐められたと思っている。
しかし単に背が伸び続けているため筋肉がつかないだけで、騎士になると決めた時からずっと剣の教師をつけている。体力づくりもかかしていない。
そもそも同期たちと同じくらい訓練でへばっているとはいえ、同じようについていくくらいの体力があるのだ。外見がいくら優男風だからといって、実際もそうだと思っているのがおかしいのだ。
喧嘩でも剣の立ち合いでも、新人同士なら一方的にやられないと思う程度には自信があった。
今も頭に血を上らせたサイラスと冷静な自分では、充分に勝機があると思っている。
「もういいっ! 全員でやっちまえ!!」
何度もサイラスが地面に膝をついた後そう叫ぶ。
「何をやっとるかぁあっ!!」
数人がかりでネイサンを傷めつけようとした直後、教育係の怒声が響く。
「またお前たちか……」
そう吐き捨てた騎士の顔は苦々しい気持ちが全面に出ていた。
本編ではヒーローらしい見せ場がラストしかなかった不憫な人。
実は騎士団の中でも強い方です。