表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/46

14. 憂鬱な夜会

「昼間は暑くても、夜はまだ少し冷え込みますね」


 馬車から降りたエミリアは、空気の冷たさにぶるりと震える。


 ネイサンが伯爵位を得たころから、二人は多少積極的に夜会に顔を出すようにしている。以前の男爵になりたてのときは国が大変な頃だったから、社交は殆ど無く、数少ない夜会に顔を出さなくても許される状況だった。その前のネイサンが騎士爵だった頃は、騎士の俸給だけで社交に励むのは難しく、周囲から容認される立場だったから、特に何か言われることはなかった。


 しかし新興の伯爵家であり、昨年、一躍時の人となったエミリアは、今季の社交ではあちこちから声がかかる。それでもネイサンの王宮勤めを理由に社交を控えめにしてはいるが、数日に一度は必ず夜会に出る羽目になった。急に社交に精を出す必要に迫られた夜会は、二人に取って苦行に近い。


 それでもネイサンはまだ、昼の集まりには仕事を理由に断れるから良いが、領地経営と家政のために侍女を辞めたエミリアは、昼の集まりにも顔を出すから大忙しである。


 高位貴族の招待には、義母や義兄嫁のダルシーに相談して決め、伯爵でも地方貴族や家格が低めの家や子爵、男爵家の招待は、ブリトニーに相談して出席を決めている。


 皆から今季いっぱいは教えるが、来季以降は自力で頑張りなさいと言われているから、貴族の派閥や相関関係などを憶えるのが大変だ。王妃付きではないとはいえ、少し前までは王太子宮で侍女を務めていた。だから一応は各派閥の重鎮たちの名前くらいまでは頭に入っているのだけが幸いだ。


 しかも今まで派閥内の夫人たちと楽しく社交を楽しんでいただけのエミリアに腹芸は難しい。家族や友人たちに助けられながら少しずつ頑張っているが、慣れるのにはまだ時間がかかりそうだ。


 今日の夜会も今まで付き合いの無かった家の招待である。


 中に入れば主催者は直ぐにみつかり、夫婦そろって挨拶に伺う。


 当たり障りのない言葉を交わしその場を辞すれば、義兄であるファーナム侯爵とその妻ダルシーの姿をみつける。


「初めてお伺いしましたが、流石由緒ある家の邸宅ですね。とても目を引きます」


 豪華なシャンデリアを始めとする内装は、豪華で品がある。古い物と新しい物が混在しているが調和が取れており、家人のセンスの良さが光っている。


 とても美意識が高い。だからこそ他の貴族にも厳しいのかもしれない。


 王都にほど近い領地ということから都会人と自認する伯爵家だ。ネイサンやエミリアの実家と同じ伯爵家とはいえ、王家の姫が降嫁したこともある由緒正しい家であり、家格は先方の方が上だ。ファーナム侯爵家も王家の血は入っているが、祖母や曾祖母が降嫁した姫だったというだけで、王家との直接的な縁組は一度も無い。そんな理由で招待主のロールフ伯爵家は、ファーナム侯爵家に対しても格上だと態度で示して(はばか)らない。


 であるというのに先日ネイサンが拝領したのは、ロールフ家よりも王都に近い土地である。王都までの街道が通った領地は交通の要所であり、通行税が良く入る。また土地が肥え実り豊かだ。大変気前が良いと言える待遇だ。


 しかしアイヴィー姫と先日結婚したグレアムの立てた功績に一役買っていることを考えれば、破格とまでは言えない。とはいえそれが面白くないと思われているのだろう、挨拶のときにあまり好意的な感じは受けなかった。前侯爵夫妻である義父母も、現侯爵である義兄夫婦も付き合いは憂鬱だと溜息をついている。


 だが貴族たるもの嫌いな相手とも笑顔で付き合えるだけの社交術は必須技術だ。エミリアとネイサンは笑顔を貼り付けて頑張ろうと、お互いを鼓舞しながら会場である広間を歩き、知り合いを見かける度に挨拶をするのだった。


「あまり親しい方はいらっしゃいませんね」


「予想した通りだが、ちょっと時間を潰すのが面倒臭いな」


 二人は溜息をつきながら、どうやって過ごそうか悩み始める。


 一通り会場を回ったが、地方の中堅貴族は皆無で、流行の先端を行くような常に王都に居て情報収集に余念がない家ばかりが招待されているようだった。


 相手の隙を虎視眈々と狙っているような、そんな人たちでもある。


 本当は直ぐにでも帰宅したいが、中々そうもいかない。


 ファーナム伯爵家は新興貴族なのだ。顔を売る必要があるし、王太子派の貴族としてあまり変な真似はできない。王太子妃は国内の公爵家の出ではあるが、当時、王太子妃の座を争う中にロールフ伯爵の娘がいたことから敵愾心を抱かれている。


 完璧令嬢と噂されていた令嬢は、自分が妃になるものだと親子そろって思い込んでいた。政略が絡めば、たしかに有力候補ではあった。


 しかし国王の方針で王家の子たちは、自分たちで将来の伴侶を選べたのだ。王太子は恋愛の末、公爵令嬢だった令嬢を妃に選んだのだが、そのことを恨んでか、未だにチクチクとした嫌味を言われる。


 令嬢は結局、政略で同じ家格の嫡男に嫁いで、既に三人の男児に恵まれている。


 それでも尚、あれこれと嫌味を言われるので、王太子夫妻は付き合いに嫌気を差し、ロールフ伯爵家とその親戚を放置気味だ。特段、優秀な者がいないので、放置しても王太子夫妻が困ることは無かった。気付かれないように、王宮に出仕している一族の者たちには、微妙な部署や地位に配属している。国王の退位と同時に閣僚を一新すれば、全員が閑職に左遷である。



「ファーナム伯爵、昨年はご活躍でしたな」


 二人がのんびりしていれば、国王の愛妾を妹に持つ侯爵から声をかけられる。甥は王太子派に付いたホレス王子だ。父である前侯爵は、利権を狙って娘を国王に侍らせた欲深い男であるが、娘である愛妾も望んでいたことだったから、それで不幸になったのが誰もいないのが幸いだ。


 もっとも国王が国政に私情を挟むのは子供に関係すること以外には無く、前侯爵が恩恵に(あずか)ることはついぞ無かったのだが。


 現侯爵はホレス王子を駒にいろいろと画策しているようだが、二年前までは国外に出ていた上、帰国すればウィスタリア王国の貴族に利用されそうになった。ほとぼりが冷めるのを待てば王太子の庇護下に入るなど、その目論見が上手く行っているとは到底思えない状況だった。そんな感じで小者感満載の侯爵だが、父子揃って基本的に政治にはさほど干渉することはない。家の繁栄だけが興味の対象なので、無暗に王太子や王妃と敵対することもなく、王家としては表面的で浅い付き合いを続けている。


「ご機嫌よう、閣下。昨年はホレス殿下もご活躍でしたよ。まだ若いのに将来有望だと王太子殿下も褒めておられるようですね」


「王太子妃殿下も、義弟であるホレス殿下のことを殊の外、可愛く思っていらっしゃるご様子ですわ」


 言葉だけならタダである。少々、大げさではあるが嘘ではない。


 前侯爵は家の利益のためならば他者を蹴落とすことを厭わないところもあったが、現侯爵は現状維持ができれば良いと思っているのか、そういった傾向は無く、敵対さえしなければ割と付き合い易い相手である。


「甥は王子とはいえ庶子ですからね、身を立てることができて良かったと思いますよ。ただそろそろ適齢期ですから、良い嫁を迎えられればと、伯父としては思うのですよ」


「そればかりは外野があれこれ言っても仕方がないですよ。良い出会いがあれば、周囲が驚くほどの勢いで結婚することでしょう」


「いや、結婚は重要ですよ。恋愛などに(うつつ)を抜かすから、利用されることになるのです。ここは一族の年長者として、良い女性をあてがわなければ」


 侯爵は恋愛結婚の否定派のようだった。既婚の王子と王女が全員恋愛結婚であることや、全ての家庭が円満で上手くいっていることは頭にないようだ。


「良い女性をということなら、国王陛下が適任ではないでしょうか。嫡子も庶子も関係なく、大変子煩悩でいらっしゃるから、決して悪いようにはしないでしょう」


 ネイサンは侯爵の話を国王その人に振ることにした。


 ホレス王子の伯父が何を言ったところで、父である国王の方が立場としては強い。しかも国王は切れ者である。侯爵一人くらい、掌の上で転がすことくらいは造作もないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 大好きで、毎回楽しみに拝見しています。 [一言] >招待主のロールフ伯爵家は、 >ロールフ侯爵の娘がいたことから どちらでしょうか。
2020/03/13 19:40 退会済み
管理
[一言] まあ、頑張れ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ