11. 冬至と慰労会
「今日は皆さまの慰労会です。皆で頑張ったお陰で麦の流通量は正常に戻りました」
会場の一段高くなった場所から、王太子妃殿下の挨拶が始まる。
冬至の今日、王太子宮では夜会が開かれていた。冬場の集まりにしては参加者はとても多い。それは貴族向けの情報発信源が王都だったからで、領主である夫は領地に戻っても、夫人が残るといったことが多かったのだ。参加者を見れば普段は男女比が半々かやや男性が多いのに、広間は女性の方が圧倒的に多かった。
エミリアの友人も半数は社交の季節が終わるのと同時に領地に戻っていたが、今期は全員が王都に残っている。
「エミリアの言った通りの価格になったな」
王妃の挨拶が終わるのと同時に、ネイサンが話しかけてくる。
「私だけでなく、他の方々も大体同じ予測でしたわ」
実際、そこここで「価格がおかしすぎた」とか「ようやく普通に戻った」などという言葉が飛び交っていた。
夏頃は皆が深刻な顔をしていたが、今、同じ顔が晴れやかだ。
「一時期、妃殿下が寝不足で、目の下のクマが取れないなんてお付きの侍女が嘆いていましてけれど、昨年の今頃よりもずっと輝いて見えますわ」
「奥さんもクマが消えなかったことをご存じ無さそうですね」
悪戯っぽく囁くネイサンに、エミリアは思わず赤面する。
「そんなに酷い顔をしていましたか?」
「妃殿下以上にくっきりとしたクマが……。活き活きとしていたから止めはしませんでしたが。だからこそ友人方が積極的に動いたというのも、あるのではないでしょうか」
「……全然気が付いていませんでしたわ。後でお会いしたらお礼を言わないといけませんね」
二人で笑いながら話をしていれば、エミリアの友人が近づいてくる。同時に、ネイサンも友人と挨拶をしてくるとその場を離れた。
「ご機嫌よう、エミリアさま。ご活躍でしたわね」
「お陰様で領地の方はなんとかなりましたわ」
「こちらこそ、皆さまのご助力がありましたからこそ、食糧問題の解決が上手く行ったのだと思っております。王太子妃殿下の政策が成功したのは、皆さまのお手伝いや、組合の協力など、国が一つになったからではないでしょうか」
「エミリアは相変わらずね」
「本当に……。奥ゆかしさはあなたの美徳だけれど、謙遜のし過ぎは良くないわよ」
友人たちは口々にエミリアの努力と活躍を讃え、同時にその奥ゆかしすぎる言動を窘める。
「……確かにそうですわね。妃殿下やセイラ殿下の名誉のためにも、しっかりしなくてはいけませんもの」
「それだけではないでしょう? もう男爵夫人なのだし、ご主人は王太子宮の警備責任者なのですもの」
「もしかしたら子爵になるかもしれませんわよ。今回の事、妃殿下の右腕として活躍したのでしょう? ご褒美があってもおかしくなくてよ」
「流石に男爵に陞爵されて一年も経たずに子爵になるなんて有り得ませんわ」
エミリアは柔らかい笑みを浮かべて否定する。
確かに王太子妃からは「よく頑張ってくれました」と直々に言葉をいただいた。もしかしたら報奨金が出るかもしれない。ネイサンも警備の傍ら、王太子の側近として活躍したので、俸給が上がるかもしれない。
しかし陞爵は無いと思っている。
もしネイサンが騎士爵のままであれば、今回の功績により男爵位を賜る名誉もあっただろう。だが男爵になって半年ほどで子爵になるというのは非現実的なのである。
「エミリアさま、お礼を申し上げたいのですが」
友人たちと話していれば、見知らぬ夫人が数人で現れる。エミリアの友人たちにも挨拶をしているところを見る限り、食事の勉強会、通称「野草会」の参加者だと思われた。
「お陰様で、領内の被害が抑えられました」
一人が声を上げれば「私も――」と続く。みな男爵家などの下位貴族であったり、あまり裕福ではない家の夫人だった。高騰した小麦の影響を大きく受けるだろう家に、エミリアは救世主に見えたのかもしれない。彼女たちに料理を教えたのは、実際にはエミリアではなく、ブリトニーを筆頭とした派閥の夫人たちだ。皆、地方の中堅貴族の夫人たちだから、地方の苦労は良く知っているし、自分たちの実家や婚家よりも小さな領地でやりくりしている家が、どれほど大変かということもそれなりに詳しい。一族の中には実家よりも小さな領地の家もあるからだ。
彼女たちは直接教えを受けた夫人たちにも挨拶する。まだ若い夫人からエミリアたちの母親世代の夫人まで様々だ。
「皆さまが領民を思い、どうにかしたいという気持ちのお手伝いができて良かったです」
そう言うとエミリアはふんわり笑う。
間違いなく自分は食糧難を解決した中心人物の一人だが、使用人が偶然、知識を持っていたというだけのことである。確かに他の夫人たちよりも慰問に力を入れてはいたが、抜きんでるほどでは無い。偶然の結果をことさら自慢しても仕方ないのだ。
「皆さまの領民を思う気持ちが結果を出せたことを喜ぶと同時に、売り渋り必要以上に値を釣り上げた商人に勝ったことを誇りましょう」
ブリトニーがエミリアの援護を買って出る。
結果を誇るよりも謙虚になった方が、あまり社交に励むことの無いエミリアにとって、良い結果を生むのだと思ったからだ。
「確かにブリトニーさまのおっしゃる通りかもしれませんわ。自国の商人であれば、多少は圧力をかけられますものの、他国の商人では難しいですもの。あまり強い態度に出てしまって機嫌を損なうのも得策ではありませんし……。今回のように向こうから折れるように仕向けるのが一番でしたわ」
「需要が無ければ売れませんものね」
そう言って楽し気に笑う夫人たちに、ブリトニーたちも釣られて笑う。
夜会は穏やかで楽しいひと時をもたらすのだった。
本当は2章で終わりにするところが、途中からの方針転換を行った所為で、
主人公が幼な妻ではなくなってしまいました。
タイトル詐欺になってしまったので、良いタイトルを思いついたら、
タイトルを変えたいと思います。