初めてのお茶会
次章の前に甘々な日常を書きたかったのです。
休暇明けから、エミリアとネイサンは屋敷の馬車を使い、二人一緒に王宮に出仕する。帰宅も一緒だ。不寝番は互いの上司が調整し、同じ日に合わせてくれる。
二人はそういった周囲の気遣いに応えられるようにと、独身時代以上よりも仕事に励む。
今まで以上に仕事が楽しい……。
「エミ、とっても幸せそう。恋愛結婚って良いものね」
「エミリアと一緒に仕事をするのが、前よりもとても楽しいわ」
セイラ姫は自分の侍女の幸せな笑みに魅せられ、同僚たちはエミリアの幸せな結婚にあやかりたいと夢を膨らませる。
たまに夫婦二人で顔を出す夜会も、以前と違ってとても楽しい。二人揃って夫の実家であるファーナム侯爵家の関係者に挨拶をしたり、夫の仕事関係者に挨拶をするのは、とても新鮮なことだった。ネイサンの結婚相手に、友人、知人の一人娘への婿入りを勧めていた親戚たちも、王太子妃の覚え目出度いエミリアを好意的な目で見ているし、ネイサンの同僚たちは一年以上も音信不通だったにも関わらず、取り乱さず待ち続けたエミリアに、武人の妻として一目置いていた。
またエミリアの友人は、エミリアが年齢相応の衣装を纏うようになり、明るい笑顔を見せるようになったのは、夫の人柄が良いからだろうと、好意を持ってネイサンを歓迎した。
夕食の最中、何気ない風にネイサンが提案する。
「生活も落ち着いた頃だし、ずっと変わりない付き合いを続けてくれる友人を招待するのは、良いことに思えるのだが」
ネイサンは女性の付き合いをよく判っていないが、判らないなりに妻を大切にしてくれる友人たちを、自分も大切にしたいと思っていた。
「でもせっかくのお休みを、私が使ってしまうのは如何なものでしょうか」
「友人をもてなすのも、女主人の大切な仕事だろう。それに変わらぬ友情を持ち続けてくれる方たちを、大切にするのは当然のことだと思いませんか」
柔らかい笑みを浮かべながら提案する夫は、心から妻を気遣っていた。エミリアはその気持ちに感謝するのと同時に、夫の愛情を感じる。
確かに友人を自宅に招くのも女主人の仕事である。以前は招かれるばかりで、招いたことは一度も無い。それは大変に失礼なことである。だが友人たちはエミリアの事情を知っていて、触れないでいる優しさを見せてくれていた。新婚とはいえ結婚してもう数箇月が経ち、そろそろ社交の季節も終盤だ。一度くらい招くのは必要だろう。
「ではお言葉に甘えて、お友だちとの茶会を開かせてくださいませ」
エミリアは食事を終わらせると招待の手紙を書き、招かれた友人たちは揃って参加の返事を出してきたのだった。
茶会の当日、エミリアは朝から庭でテーブルを飾る花を摘む。派手さはないが、菓子や茶器の邪魔にならない小さな野花を思わせる花だ。
お茶はさほど高価ではないものの、美味しいと評判のものを用意し、菓子は料理人の得意なものにした。
昼食は食事室で一人寂しく摂ったものの、使用人から「奥様は愛されていますね」と言われて幸せな気分になるのだった。
ネイサンは邪魔にならないようにと、朝食後、実家に顔を出している。兄から「妻の交際に夫が口を出すものではない」と言われているのだ。
十歳以上年上の兄は、奥手な弟に様々な助言を与え、その大半は正しい言葉だった。結婚を機に独立したネイサンだが、一人だけで頑張るという言葉に、兄は「そんな寂しいことを言うな」と侯爵家の別宅を提供し、騎士爵の給料では賄えない馬車の維持費や使用人の給金を出している。
だがそれらの金額は、ネイサンが男爵位を得れば自力でどうにでもなる額でもあり、自立の道標を示してもいた。だからネイサンは申し訳なく思う反面、兄からの援助無しにどうにか家計を維持できるようにと、仕事に邁進していた。
結果、上官の覚えは更に良くなり、数年先の王太子宮の護衛責任者に任命しようと思っていたのを、前倒しすることを検討されるに至っている。
「お忙しい中、来てくださって嬉しいわ」
集まった友人一人ひとりに挨拶をして、エミリアは部屋に招き入れる。
内装も調度も、義兄夫婦が住んでいた頃から変わらないが、テーブルクロスやクッションなど、自身が刺繍を施したものを、いくつも部屋に置いていた。
部屋から見える庭は、派手さや華やかさはないが、落ち着いた雰囲気だ。
「素敵なお屋敷ね」
「お義姉さまのセンスが良くて、殆ど変えていないの」
「確かにこれだけ素敵だと、どう手を入れようか悩んでしまうわね」
部屋も庭もエミリアの感性で選んだものではないのは明白だったが、優しい気持ちになるそれらが、エミリアの目に好ましく映り、変化を望まなかったのだろうということは、付き合いの長い夫人たちには一目で判った。その中で自作のクッションなどを配置して、居心地の良さを追求しているのも、また理解した上で良い屋敷だと褒めていた。
夫人たちはエミリアが顔を出していなかった間の社交界の出来事を楽しいものだけを選んで伝え、エミリアは王太子宮での出来事を楽しく話すのだった。
時間はあっという間に過ぎ、陽が傾きかけた頃、会はお開きになった。
「楽しすぎてすっかり長居をしてしまったわ」
帰り際の友人の言葉に、エミリアは嬉しくなった。初めてのお茶会は成功で、皆に楽しんでもらえたことが、一つの自信に繋がったのである。
「奥様、楽しそうだね」
帰宅したネイサンは、エミリアの出迎えを受けて茶会の成功を知る。
「ええ、とても楽しかったわ。緊張したけれど、お友だちを招くのは良いものね。でも一人で昼食を摂るのは寂しかったわ」
新妻の甘えた言葉に、たまの別行動も良いものだとネイサンは思う。その夜、初夜のように長い抱擁とそれに続く熱い夜になったのは、使用人全員の想像の範囲内である。