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―9―

 事故の日から約二年。

 “わたし”が失った、トキくんに関わる記憶はいま、戻っているのか。それを確かめるのが、ここで再会するというこちらの提案に応じた彼の目的のひとつだった。


「こうやってトキくんと普通に話せてるってだけじゃあ、答えにならないかな?」


 わたしはずるいとは思いつつも、イエスともノーとも答えずに、反対に質問を返した。

 すると彼は、何か思い当たったらしく、わたしにこう問いた。


「ひょっとして、イエスかノーかでは答えられない理由がある……の?」


 わたしは口元にだけ笑みを浮かべた。


「やっぱり、トキくんは察しがいいね。答えを言うのは簡単なんだ。けど、たぶん信じてもらうのが難しいと思ったんだよ」

「それって…………」

 《 なんでまた、そんなふうに思うんだ? 》


 わたしたちのやり取りにアルテが口をはさんで、彼の気持ちを代弁した。


「いまのわたしが、プロの声優だから」

「ああ、なるほど。わかってたのか」

 《 ……話が見えん 》


 それでトキくんの方は合点がいったようだけれど、アルテの方は意味をつかめなかったらしい。尻尾をハテナマークのまま振り回している。


「アルテ、どうしたの?」


 それを見て、蒼依が心配そうにトキくんに訊いた。やはり蒼依には、アルテの“声”が聴こえていないらしい。


「いきなり話に割り込んで璃那に質問したが、答えの意味をつかめなくて困ってる」

「なるほどね。アルテには、あたしの言葉は理解出来る?」

「ああ、問題ない」

「だったら、あたしが説明してあげるわ」


 そう言うが早いか、蒼依は返事も待たずにアルテを自分の膝上に座らせて、顔の横に指を立てて、諭すように解説を始めた。

 直接対話出来ないので、トキくんが通訳する格好になった。


「いい、アルテ? まず、声優っていう職業については知ってる?」

 《 それについては問題ない。トキヤから聞いたことがある。役者の一種で、メディアを通して声だけで演技を表現する仕事だと 》

「そう。俳優が、舞台やメディアを通して全身で演技を表現出来るのに対して、声優はメディアを通して声だけで演技を表現するのだけど、決して声だけで演技してるわけじゃないのよ? それに、声優として業界で成功出来る人っていうのは俳優のそれよりずっと少ないの。狭き門なのよ?」

 《 非常によくわかった。――だがアオイのやつ、若干キャラが変わったような気がするのは気のせいか?》

「ノーコメントだ」


 たぶん気のせいではない。蒼依は“わたし”に(あこが)れている上、自分は声優としての“わたし”を誰よりも応援していると自負している。

 普段のクールな仮面は、声優業界など“わたし”の関わる話をし出すと簡単に()がれ落ち、内に押さえ込んでいる熱が顔を出す。先ほど悠紀姉とのゲーム業界の話で姉妹ゲンカに発展しかけたのも例外ではない。


「アルテ、なんだって?」

「非常によくわかったって言ってるよ。続けて大丈夫だ」

「そう」


 蒼依にアルテの“声”が聴こえなくて良かった。思考に感情の熱を帯びた蒼依は、真実を確かめようともせずにトキくんの翻訳を鵜呑(うの)みにした。


「声優っていうのは俳優と同じく、(れっき)とした役者なのよ。だから、長年の夢を実現させたプロの声優である璃那姉さんが今夜これまで見せていたのが全部演技である可能性を、トキは捨て切れないってことなのよ」

 《 なるほどな。――そうなのか? 》

「まあ、そういうことだ。つまり璃那は、俺がそう考えてるのを見越して、自分からは答えを明かさなかったわけだな」


 しかし、仮に演技だったとして、わざわざそんなことをする理由も意図も、まったくわからないだろう。


 《 だが少なくとも見た目には、記憶を失くす前のリナなんだろ? 》


 アルテはそれを、悠紀姉に訊いた。それは、悠紀姉にはアルテの“声”が聞こえているとアルテが知っていたことを意味する。すると、さっきまでは敢えてスルーしていたのか。


「そうね。けど――兎季矢くんはどう思うの?」

「演技ではない……とは思っています。ただ、璃那本人だとも思えないんです」

「それはどうして?」


 そう訊いたのは蒼依。


「明確な理由はない。ただ、プライベートまで演技する理由も意味もないだろ。あとは……まとってる雰囲気が璃那と違う……ような気がするんだ」

 《 後半、はっきりしねえ答えだな 》

「明確な理由はないって言ったろ。感覚的なものでしかないし、仮に別人だったとして、じゃあ誰なんだ? って話だ」

 《 もうひとりのリナ、って線はどうだ? 》

「もうひとりの璃那? 根拠は何だ?」

 《 ミヤコなら、チカラでパラレルワールドか過去からその世界のリナを召喚することが―― 》

「みゃーこ先生が異世界から召喚した。ハイ消えた♪」


 アルテの推測をさえぎって、悠紀姉がどこか楽しげに仮想の机にそうするように、中空を叩いた。


 《 ダメか? 》

「残念ながら、みゃーこ先生にそこまでの能力は無いのよ」

 《 そうか。俺様を召喚するのとはワケが違うか…… 》

「もし可能だったとしても、タイムパラドックスとか、色々面倒だ。都さんがそんな手段を選ぶ可能性は薄い」

 《 それもそうか 》

「まだわからないの? もうあまり時間がないのよ?」

「まあまあ蒼依ちゃん。――でも兎季矢くん、あまり時間がないのは事実なのよ。演技でも別人でもないとしたら、ルナの雰囲気が違う気がするのはなんでだと思う?」

「うーん……」


 悩みながらも、トキくんはひとつの答えを思いついていた。でも言いづらそうにしていた。


「…………これも、別人説と同じくらい突拍子のない説なんですが……」

「うん?」

「もしかしたら、いまここにいる璃那は、璃那とは別人格、なんじゃないかと」


 と、ここで


「…………」


 それまで、しばらく事の成り行きを見守るように黙っていたわたしが、小さく身じろぎした。


「違うよな」

「……………………当たり」

「うん、まさかと思いながら言っただけだからいいんだよ――って、え?」


 あまりに小さな呟きでよく聞こえなくて、聞き返すまで時間がかかったようだ。


「当たりだよ。いまここにいるわたしは、璃那本人とは別人格さ」

「…………………………真面目に?」


 トキくんは数秒、目が点になり、言葉が喉に詰まったようにわたしに問い返した。


「真面目に。璃那はあの事故の日に、わたしという、トキくんとの記憶を持ったままの人格を切り離したんだ。わたしが表に出ていられるのは、ひと月に一度。十六夜月が空にある間だけ」

「《 なっ…… ! 》」


 それは彼にとって、あまりにも衝撃的な告白だっただろう。だけど事実だ。

 アルテが、蒼依の膝からわたしの肩に飛び移った。


 《 何言ってやがる? 『璃那は』って、アンタが璃那なんだろ? 》

「うん。まあアルテとは初対面だし、違いはわからないかもね。でも」


 アルテを両手でつかんで、自分と対面させ、そこまで言って言葉を切る。そして、アルテをトキくんに向けるように持ち直し、わたし自身も彼を見つめ、


「トキくんは気づいたんだよね?」


 気づいてくれたことが嬉しくて、笑顔でそう言った。


「まあ……雰囲気の違いでなんとなく。けど、そういうことなら確かに、簡単には信じられないよ」

「そりゃそうよね。あたしも、最初はそうだったもの」


 蒼依がそう言いながら、うんうんと二つうなずく。


「私も。てっきり演技だと思ってたの」


 そうだった。思ってた。姉妹の言葉はどちらも過去形だ。そう、二人は知っていたのだ。

 不意に、蒼依の視線がトキくんを刺した。


「トキ。アンタ気づいてた?」

「何を」

「悠姉が、ここに来てからさっきまで、彼女をなんて呼んでいたか」

「そんなの、『璃那ちゃん』に決まって…………あ」


 《違う》。彼は気づいた。再会してから、悠紀姉はずっとわたしを『ルナ』と呼んでいたことに。蒼依も“わたし”も分け隔てなく、妹をちゃん付けで呼ぶひとなのに。


「じゃあ、二人とも知ってたんだな」

「ええ。ごめんね?」

「知っていたのは、そのことだけじゃないわ」

「なに?」


 悠紀が申し訳なさそうに謝る一方で、蒼依は、彼の方を見ずに、自分の左隣に向けて言った。


「そうでしょ、ルナ姉さん」

「ええ、大丈夫だよ蒼依。全部打ち明ける。トキくんに全部打ち明けてもらうんだもの、それにはまず、わたしが全部打ち明けないわけにはいかない」

「…………」


 まっすぐなわたしの瞳に見つめられ、彼は固唾(かたず)を飲んで、わたしの次の言葉を待っていた。

 不意に、そよぐくらいの風が一陣、わたしたちの間を()うように吹き抜けた。明らかに、自然界の風ではない。きっと、母さんのチカラによるものだろう。


 風が去ってすぐ、わたしが口を開いた。


「トキくんは、今夜の再会を企画したのは悠紀姉さんだと思ってる?」

「は?」


 思ってもみなかった質問が飛んで来て驚いたのか、トキくんは思わず変な声をあげた。


 普通に考えれば、訊かれるまでもなく企画者は、昨日、“わたし”の声を真似て彼に電話した悠紀姉だと思うだろう。しかし。


「違うの?」

「ええそう。この再会を企画したのは悠紀姉さんじゃなくてわたし。正確には、璃那本人。トキくんの記憶が戻るのを、ずっと待っていたんだよ」

「そうか……」


 彼も、その可能性を考えないわけではなかっただろう。しかしそれは言わず、代わりに疑問を口にした。


「でもどうやって、俺の記憶が戻ったのを知ったの?」


 彼からすれば、昨夜の電話は、あまりにもタイミングが良過ぎたはずだ。


「それは簡単だよ。璃那とわたしの主治医は、都先生なんだもの」

「……そうか。都さんは、アルテの主人マスターだ。主人は、自分の使い魔と感覚を共有出来る。つまり都さんは、アルテを通して俺の経過観察をしていたってこと?」

「そうね。そしてその結果を、ルナ姉さんに伝えてたのよ」

「そうだったのか……」


 これでトキくんは、あれは確認の意味での電話だったとわかっただろう。

 悠紀姉が“わたし”の声を真似て電話を掛けたのは、彼との記憶が抜けた人格の璃那の存在を隠すためでもあったとも。


「じゃあ本当はアルテのことも、前から知っていたの?」

「都先生から聞いて、存在だけはね。会ったのは、今夜が初めてだよ」


 トキくんとの記憶を失った“わたし”のことは、母さんが()ていた。つまり師弟揃って、“わたし”とわたし、璃那とルナのサポートをしていたのだ。

 都さんがアルテの感覚を通していまこの場を()ているかはわからないけれど、母さんの方は間違いなく、月を通してこの場を視ている。さきほどの不自然なそよ風が何よりの証拠だ。


「璃那がこの企画を考えていたのは、いつから?」

「事故の日。トキくんが店を出ていった直後だよ」

 《 それはさすがに嘘だろ 》

「嘘じゃない本当だよ。死に別れじゃない限り、再会のチャンスはあるもの。もっとも、あの事故でトキくんがわたしとの記憶を失ってしまったのは、誤算だったけどね」

「…………」


 これには、驚きを隠せなかったようだ。“わたし”があのときすでに、再会する機会を考えていたなんて。


「じゃあ、あのバイク事故は?」

「……その質問は、どういう意味かな。何か不思議な点でもあった?」


 わたしの返答には、少しばかり間があった。質問の意図をはかりかねていたわけではなく、トキくんがどこまで気づいているかを試しているような、そんなニュアンスで訊き返した。


「あのとき。璃那が駆けてきたことと、あの場にバイクがやって来たこと。どちらも不自然だった」

「不自然って、どこが?」

「璃那は“モメトラ”が使えるだろ。あの日は満月だったし、空に月も出ていた。人目もなかった。俺のところまで移動するのなんて、一瞬あれば充分だったはずだ。なのにわざわざ、走ってきた。それにあのとき、バイクのエンジン音は遠くから近づいてくる感じじゃなかった。突然、近くから感じた」

「…………やっぱり、気づいていたんだね」


 わたしは観念したようにかぶりを振って、ため息混じりにそう言ったけれど、満足していた。


「記憶を取り戻すまで、ずっと忘れていたけどね。――なあ蒼依? 確か“モメトラ”は、視界内であれば、任意の物体を任意の場所に瞬間転移することも出来るんだよな? そしてその物体は、静止している必要は無い」


 自分の推理の証人――というわけではないだろうけれど、トキくんはわたしではなく、四人の中で一番チカラについて詳しい人物に確認した。


「ええ、その通りよ」

「なら、それらのことを合わせて出てくる答えはひとつだ。だけど確証がなかった」

 《 待てよ。それはどういうことだ? 》


 ここで、想定内の“声”があがった。


此処(ここ)でわたしに会えて、わたしの記憶が戻っていたなら、その確証が得られる。トキくんはきっと、そう考えていたんだよ」


 アルテの横槍に、わたしは特に動じることなく、冷静にトキくんの思考を読んで、アルテに言って聞かせた。


 《 それくらいは俺様にもわかる。これでも一年間、ずっとトキヤを見てきたんだからな。わからねえのはルナ、アンタの方だ。そんなばかげたことが事実なのか? 》

「ばかげてるかな」

 《 ばかげてるだろ。今までの話を全部合わせると。


 当時アンタは、トキヤを追って駆けてきて。

 近く走っていたバイクを〝モメトラ〟でライダーごと自分がいる車線に呼び寄せて、そのまま自分に向って来させた。


 ってことになる。つまりは“事故の自作自演を図った”んだろ? 自分の命を懸けてまでそんなことするなんて、ばかげてるにもほどがあるだろうよ 》


「待ってよ。自作自演はその通りだけど、命なんて懸けてないよ?」

 《 ほぉう。じゃあ訊くが、もしトキヤが助けに入らなかったら、どうする気だったんだ? 》

「そんなこと、考えもしなかったよ」

 《 なんだと? 》

「だって。


 ああいう危機的な状況で、

 トキくんがわたしを、

 璃那を助けようとしないわけがないもの」

「…………」


 彼からすれば、とんでもなく恥ずかしいセリフが耳に飛び込んできて驚いただろう。トキくんはしばらく言葉を失っていた。

 我を取り戻してアルテに目をやると、にやけて意味ありげに目を細めたその視線とぶつかっていた。


 《 …………ほほぉう 》

「なんだよ、その妙な反応は」

 《 いやなに。計算づくとはいえ、あんなまっすぐなセリフを聞いちまったら、今度はそこまで自分を信じてくれていた女を振っちまった奴の行動がばかげてるように思えたもんでな 》

「そうかよ」


 アルテに正鵠(せいこく)を射抜かれて、トキくんはばつが悪そうにしていた。だけどなるほど、アルテのような第三者から見てもそう思うんだ。


 《 ああ。それにこの麻宮三姉妹は、そのばかげた行動の理由が知りたくてこの場を設けて、ここにいるんだしな。――そうなんだろ? 》

「うんうん♪」

「まあね」

「その通りよ」

「……むう」


 三者三様に同意を示されて、トキくんは(うな)った。しかもその直後、アルテにとどめを刺された。


 《 念のために言っておくが、三姉妹だけじゃねえからな? 》

「ああ。そうなんだろうな」


 アルテも、きっと都さんも、そしてわたしたちの母さんも知りたがっているのだろうということを、彼もわかっているのだろう。


 《 それがわかってるなら、このあとお前がどうしなきゃいけないかもわかってるよな? 》

「ああ」


 “わたし”は、相手に何かしてもらうにはまず自分から行動を起こさねばならないと考えるタイプだ。別人格といっても、わたしと“わたし”の違いはトキくんとの記憶を持っているかいないかだけで、性格や思考に違いはない。

 対してトキくんは、相手が何かしてくれたらその分を、それ以上を返さないとならないと考えるタイプだ。

 それに、元よりすべて明かすつもりで、こちらが提案した再会に応じたのだろうと思う。彼は、区切りをつけるようにひとつ息を吐いて、語り始めた。


「……『君は幸せに出来るのか?』って言われたんだよ」

 《 誰にだよ 》

佐藤風貴(さとうかざたか)。璃那たちの親父さんに」


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