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―8―

 

 《 なぜかは知らんが、お前らが話し始めるとリナはその場から距離をとって、しばらく黙ってたんだよ 》


 ほんの一瞬で居場所が移って相当混乱したのか、アルテはトキくんが訊いてもいないのに、彼が蒼依たちと話していた間にわたしが何をしていたのかを彼に説明していた。


 《 なのにいきなり『ちょっとごめんよ、アルテ』って言われて何かと思ったら――一体なにがどうなったんだ? 》


 別にどうということもない。“モメトラ”を使っただけだ。

 そうして自分とトキくんの位置を入れ替えて、同時に、アルテを鳥かごの中に転移させた。トキくんが説明してくれているとは思うけど、それでもアルテは驚いたよね、ごめんなさい。



「もう慌てたよ。てっきり再会の挨拶(あいさつ)だけかと思って、しばらく黙って蚊帳の外にいたら、話がどんどんレールからそれていっちゃうんだもの」と、わたし。

「ごめんなさい」


 自分を(しか)る相手がわたしだったからだろう。蒼依が素直に謝ったのに対して、


「だって蒼依ちゃんがぁ~」


 悠紀姉は半分泣き顔で、言い訳をしようとした。


「うん、そうだね。蒼依はいましなくてもいい話をわざわざ蒸し返して、この場の空気を険悪にしようとしたよね。でもそれはわざとだから」

「わざと?」


 まるで母親が子供を(さと)すような妹の言葉に、現在二十六歳のコドモなオトナは半泣きをやめて目をぱちくりさせた。


「ええ。わたしを蚊帳の外から引っ張り込むためにね」

「そうだったの?」

「そうだよね、蒼依?」

「……まあ、そうだけど」


 疑問と確信の視線を向ける二人の姉から注目を浴びた蒼依は、それらから逃げるように顔を(そむ)け、呟くように答えた。


「ほらね?」

「なぁんだ」


 片目を瞬かせて微笑むわたしと、誤解が解けて晴れやかに笑う悠紀姉。一方の蒼依は歯噛みして、誰にともなく忌々(いまいま)しげにぼやいていた。


「ルナ姉さんだって、悠姉が鈍いフリをしてるのはわかってるくせに。なのにわざわざ本音をばらすなんて、完全に意地悪だわ」



 そうして。わたしがこの日何度目かの“モメトラ”でトキくんたちを呼び寄せると。


「じゃあ、本題に入ろうか」


 悠紀姉が高らかに宣言するように、告げた。

 口火を切ったのは悠紀姉の問いとトキくんの返答だった。


「まず兎季矢くんに確認。昨夜の電話で言ってたこと、本当なの?」

「はい、嘘でも冗談でもありません。お陰さまで、二年前に失った記憶は完全に取り戻しました」


 そして話の時間軸は事故のあった二年前まで巻き戻り、トキくんが一人で日常生活を過ごせるまでに回復した一年前まで進んだ。


「――あのあと、徐々に記憶を取り戻していったんです」

「そうなんだ……よかった。本当に」


 悠紀姉は笑みを浮かべてそう言ったけれど。それはいつもの無邪気な少女のような笑みとは違い、母性のこもった、慈愛に満ちた微笑だった。


「でも、いつごろから?」


 そう訊いたのは、わたしだった。


「コイツがひょっこりウチに現れたころから、少しずつだよ」

「アルテが?」

「うん」


 トキくんが鳥かごの中の仔猫を指さすと、悠紀姉が彼の肩に手を置いた。


「ねえ兎季矢くん。ずっと気になってたんだけど、その子もしかして……」

「悠紀姉、アルテを知ってるんですか?」

「アルテっていうのね。名前は今日初めて知ったわ。でもたぶんその子、みゃーこ先生のところの猫じゃないかしら」


 悠紀姉が『みゃーこ先生』と呼ぶ人物に、わたしも心当たりがあった。


(みやこ)さん、ですか?」

「そう、松下都先生」


 みゃーこ先生こと松下都は、子供のころのトキくんの担当看護を自ら買って出た准看護師だった。さらに言うと、能力者でもあり、母さんの教え子のひとりであり、今では、実は抑うつだった悠紀姉のカウンセラー、心療内科医でもある。

 赤みがかった茶髪のショートカットで瞳が大きい美人だが、天真爛漫(てんしんらんまん)で明朗快活。そしてはた迷惑なほど世話好き。それでいて、説明のつかない不可思議な雰囲気をその身にまとっていた。

 当初、トキくんは当時准看護師だった彼女の厚意に嫌気こそ差さないまでも、心を開くまでには至らなかった――のだけれど。

 それは、入院して二日目の夜に一転した。自分と友達になることを条件に、消灯時間後の病棟屋上での星見を彼に約束したのである。


 《 なんだ、ユウキもミヤコを知ってるのか? 》


 時間軸をいまに戻して出されたアルテの問いかけは、なぜかそのままスルーされた。


「兎季矢くんも知ってるでしょ? みゃーこ先生も、私たちと同じ能力者だってこと」

「え」

「え?」


 文字通り開いた口がふさがらなくなったトキくんの反応が意外だったのか、悠紀姉は笑顔を崩さずに不思議がった。

  彼は外れかかった顎を力任せに直し、力いっぱい言い放った。


「み、都さんも能力者だったんですかっ?!」

「知らなかったの?」

「まったく!」


  《しかし、そう考えれば納得のいく部分が、いくつかある》と彼は思った。


「そうなんだ。じゃあこれも知らない? 兎季矢くんの入院中の一件に、みゃーこ先生も一枚かんでたってことは?」

「そうだったんですかっっ?!」


 さらに驚いた。

 当時のトキくんは手術を受けるのをしばらく嫌がっていた。そんな最中にわたしと出逢い、惹かれ、わたしと会うために都さんの助けを借りたこともあったのだそうだ。そうしていくうちに彼は心変わりし、手術を受けることを決意した。

  しかしその日。すべてはわたしの家族によってそうなるように仕組まれた計画だったのだと、わたしの口から告げられたのだ。

 その計画に、実は都さんも絡んでいた。


「そっか。知らなかったのね……バラしちゃまずかったかしら……でもまあ、もう時効よね、さすがに」


 意外そうな顔から、気まずそうな顔をして、開き直った顔へ。傍目にはどの表情も全部にっこり笑顔にしか見えない人。それが他人の目から見た悠紀姉。


  《それでもさすがに一年も一緒にいると、それぞれの表情に微妙な変化があることに気づけるものだ》。場違いと知りつつも、彼は感心していた。


「都さんが、あの件にどう絡んでたっていうんですか?」

「依頼者だったのよ。兎季矢くんに何としても手術を受けさせたいから助けを借りたいって」


 もう時効だと開き直ったからか、悠紀姉は当時の裏話をあっさりバラした。


「依頼者って言ったって……繋がりは? 悠紀姉さんが都さんと知り合う前の話しですよね?」

「ううん? あれ、これも言ってなかった? みゃーこ先生はね、母さんの教え子なのよ?」

「……初耳です」


 有り得ない話ではないだろう。わたしたち(三姉妹)の母親は、わたしたち(トキくんとわたし)がかつて入院していたころに医大で婦長をやっていたし、それ以前に、旭川医科大学看護学科主任講師の経歴も持っているのだから。


「と言うかむしろ、寝耳に水です」

「ああ。あれって目覚ましにちょうどいいよねー」


 いきなりの話題の飛躍。悠紀姉をよく知らない人なら、ここで戸惑うか『そういうことじゃなくて』と返すところだろう。それでも、慣れればトキくんみたいに、


「実際にやったことあるんですか?」


 と、まったく気にせずに飛躍した話題にそのまま乗っかることが出来るようになる。慣れというのは恐ろしい。


「ううん。やられたことは何回もあるけど。誰からか聞きたい?」

「大丈夫です。想像に難くありません」


 一緒に生活していたころ、蒼依がほぼ毎日、水を汲んだヤカンを持って悠紀を起こしに行っていたそうだ。


「そんなこともあったわね」


 当の本人が他人事のように言う。やられた方は覚えていても、やった方は覚えていないものだ。真逆の場合もあるけれど。


「でもみんな、アルテとは初めて会ったんですよね? 悠紀姉と蒼依にはまだちゃんと紹介してないけど、どの程度知ってるんですか?」

「わたしは全然知らなかったよ」

「あたしもあまりよくは知らないわ」


 蒼依は、都さんとの接点自体が薄かった。わたしは――


「私は名前だけ知らなかったのよ。みゃーこ先生の付ける名前をことごとく嫌がってたみたいでね。診察に行く度に先生も『まだ決まってないのよー』って言ってたし」

「ことごとく、ですか」

「ええ、そうみたい」


 どれだけ変な名前を付けていたのだろう。


「じゃあ名前以外だと、どんなことを知ってますか?」

「んー……そうねたとえば、アルテくんが、ファミリアみたいな存在なんだってこととか」

 《 アルテくん言うな 》

「ファミリア?」


 残念ながら仔猫の文句は、馬の耳に吹いた東風のように悠紀姉の耳を通り抜けたようで、華麗にスルーされた。それはともかくファミリアって確か――


「聞いたことない? じゃあ、使い魔って言ったらわかる?」

「ああ。はい、それならわかります」

「ちょっと待って。じゃあアルテちゃんって――」

 《 ちゃん付けもやめろ 》


 すかさずアルテは抗議したけれど、またも華麗にスルーされた。ひょっとしたら悠紀姉や蒼依には、アルテの“声”が聞こえていないのかもしれない。

 ともかく。都さんが能力者で、アルテがその使い魔だということはつまり。


「そう。アルテくんはみゃーこ先生がチカラで召喚した存在ってこと」

「召喚……」

「そう言えばアルテ、俺様はアルトゥアミスの一族だ、なんて言ってたよね」

 《 うむ、事実だ 》


 思い出したわたしに、アルテは鷹揚(おうよう)にうなずく。


「たぶん、半分は事実なんでしょうね。みゃーこ先生は昔からそういうの好きな人だったし」

「……確かに。ロマンの塊みたいな人ですからね……」


 ロマンティストというなら、トキくんもわたしも人のことを言えた義理ではない。でも彼女のロマンティストぶりは、確かにわたしたちの上を行っていた。


「アルテが使い魔みたいなものってことは、コイツ自身にも何かしらの能力が?」

「みゃーこ先生が言うには、記憶障碍(きおくしょうがい)を抱えた人が記憶を取り戻す、その助けを促すチカラを持ってるんだそうよ」

「……何か、ものすごくピンポイントな能力ですね」


 明らかに、トキくんの記憶治療に役立つチカラじゃないか。


「兎季矢くんの記憶が戻った理由、わかっちゃったわね。それだけ愛されてるってことじゃない?」


 口の片端をつり上げて小悪魔っぽく笑い、そんなことを言う。


「勘弁してください」

「んふふー。やだ♪」


 そうかと思えばこうやって、いたずら好きな子供みたいに振る舞うものだから、トキくんはリアクションに困っていた。そして、無理やり話題を変えるつもりか、彼は白羽の矢をわたしに向けて放った。


「そんなことより、璃那」

「え、わたし?」

「そうだよ。璃那の方は戻ってるの? 俺との記憶」

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