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―4―

 


 トキくんと三度目に会ったのは、わたしが二十二歳の時。トキくんの方でアクシデントがあって、約束より、一年遅れてのことだった。

 だからといって彼を責めるつもりは欠片もない。何せ、放火による火事で、家族と住まいをいっぺんに失ってしまったのだから。


 わたしは、高卒とほぼ同時期に晴れて声優になることが出来た。有難いことに、アニメーションのキャラクターボイス以外にも、外画(がいが)(海外作品の吹き替え)や、ラジオのパーソナリティーやナレーションなど、いろんな声の仕事をさせてもら――ってはいなかった。パソコンゲームのキャラクターボイスをさせてもらっていたくらいなので、世間からの認知度もファンの数も、決して多くはなかった。けれど後に起こる事故のことを思えば、むしろそれで良かったと思っている。

 悠紀姉と蒼依も上京してきて、ともにSE――システムエンジニアの資格を取得して、コンピュータ関係の仕事に就いていた。

 東京での暮らしにもすっかり慣れて、秋葉原の一角に顔馴染みのカフェができたそんな時に、[待たせてごめん、やっとそっちに行けるよ]と彼からメールが届いた。


 その時は夢にも思わなかった。まさか彼の方から別れを告げられるなんて。



 その日も満月だった。夕刻前の秋葉原の空は、黒く濁った灰色雲が通り、にわか雨を降らせていた。

 そこは世界的に有名で賑やかな電器街とは真逆の、秋葉原駅の北東側にひっそりとたたずむ、小さなカフェ。

 入口に看板はなく、目印を知らないと、そこが店であるとは気づきにくい。壁と同化するように白塗りされたドアには、同じく白く塗られたカウベルと【本日貸切】と小さく手書きされた白木のプレートが掛けられていた。


「いらっしゃいませ」


 ドアを開けると、そこはまるで、昭和の時代にタイムスリップしたかのような、レトロという言葉がぴったりな空間。

 ドアのそばに姿勢よく立っていたのは、一見しただけでは店員とも店長とも判断つかないであろう穏やかな女性がひとり。


「あ、ルナちゃん。悠紀ちゃんに蒼依ちゃんも。待ってたわよー」

「こんばんは、沙耶(さや)さん。すみません、わたし達のために貸し切りにしてもらっちゃって」

「良いのよ、それくらい。気にしないで」


 三者三様に私服姿のわたし達を見て相好を崩した女性は、長い黒髪をアップにし、白のシャツに黒のパンツ、濃紺のエプロンという制服をまとっている。見た目まだ十代後半かと思えるほど年若いけれど、彼女がここの店長、水無月沙耶さん。数少ない、わたしのファンのひとりでもある。


「席は奥の方でよかったのよね?」

「はい。彼も、もうすぐ来ると思いますから、案内をお願いします」

「わかったわ。いま香茶の葉を蒸らしてるから、茶葉が起きるまでもうちょっと待っててね」

「わかりました」


 わたし達が席に着いてしばらくして、テーブルに置かれたティーポットの中で茶葉が起きてきた頃。カウベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 お店の出入り口、少し離れたところから、沙耶さんの声がした。


「兎季矢さん、ですね?」

「え? ええ、そうです古瀬(ふるせ)兎季矢です」

「お待ちしていました」


 六年の間に声変わりしたのか、最初は彼の声だと分からなかった。沙耶さんの応対を聞きながら、言葉を失って棒立ちになっている彼の姿を想像した。


「初対面なのに、笑ってしまってごめんなさいね。あの子たちも最初ここに来たとき、お客様とおんなじ反応をしてたものだから、おかしくて」

「はあ」

「あの子たちなら、奥でお待ちかねよ。わたしはちょっと買い物で席を外すけど、ちょうど蒸らしていた香茶の葉がいい具合に起きるころだから、ぜひゆっくりしていってくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 彼女の、やんわりと、それでいて有無を言わさない感じで一方的に言われてしまい、うなずくことしか出来なかったことだろう。

 わたし達はテーブル席からトキくんを見て、三者三様に手を振った。


「待ちかねたわよ」

「やっと会えたね」

「思ったより元気そうでよかったわ。さ、座って?」


 六年でさらに背を伸ばしたトキくんは、席のそばまできたところでなんの前置きもせずに真顔でこう告げた。


「今日は、お別れを言いに来たんだ」


 その瞬間。三人の表情が固まり、ほぼ同時に、店内の空気が凍りついた。

 そこから三秒数えたくらいで空気が緩み、笑顔のまま固まっていた悠紀姉が眉をぴくりと動かして、短く言った。


「いま、何て?」

「今日は、お別れを言いに来たんだ」


 一言一句違わず、口調も変えずに繰り返すトキくんに、三人同時の大声が店内に響いた。


「「「なんでっ?!」」」


 当然の疑問でしょう?

 あの告白の日から約五年間、わたしはトキくんの言葉を信じて、彼が学業を修了するまで待っていた。

 ところが、五年目に思わぬアクシデントがあったために、そこからさらに待つことになって、計六年。

 今日やっと再会出来たと思ったら、頭ごなしの別離宣言。驚きのあまり、理由を問い(ただ)したくなるのは当然でしょう。

 しかしトキくんは、それには答えずにこれだけを言った。


「やっと再会出来たのに、いきなりこんな勝手なことを言ってごめん。でも、前から決めていたことなんだ」


 わたしは放心して、(うつ)ろな瞳でテーブルを見つめたまま。蒼依は(いきどお)りに身を震わせて。それぞれ言葉が出てこない様子だったけれど、悠紀姉は違った。明らかに怒っていたけれど、理性でそれを抑え込みつつ、諭すように彼に問いかけた。


「ねえ兎季矢くん。昔、璃那ちゃんがあなたに打ち明けたこと、覚えてる?」

「……ええ。ちゃんと覚えてますよ」


 昔、病棟の屋上で、わたしが自分のチカラを明かし、彼も自分のチカラを明かした時にわたしが打ち明けた事実。


「『信じてもらえないかもしれないけど。

 わたしとその家族は、月の内部に存在する都の一族、ツキビトの血筋に連なる者なんだ。

 不老不死の身でありながら、この星に降りてこの星の人間と恋に落ちたがゆえに不老不死を失くしたツキビトの子孫。

 だから、月明かりを源としたチカラが使えるんだ。

 そして、そのツキビトと恋に落ちたこの星の人間の子孫もまた、ツキビトと同じチカラの種か苗を、生まれながらにして持ってるんだよ』ですよね」

「そう、それ」


 そして彼こそがそのツキビトと恋に落ちたこの星の人間の子孫であり、わたし達ふたりの出逢いはそれを理由にうちの家族によって仕組まれたものであって決して偶然ではなかったことも、そのときに明かした。


「実はあれには続きがあってね。ツキビトと、それと恋に落ちて結ばれたこの星の人間が(つい)になるように、それぞれの子孫も対になるさだめなの。そして璃那ちゃんと対になるのが、兎季矢くんあなたなのよ。それでも、別れるっていうの?」

「…………」


 彼は無言で(きびす)を返し、


「今さらそんなこと言われても、もう決めたことですから」


 これだけを告げて、足早にカフェを出ていった。



 彼を追って外に出ると、月が出ていた。平日ということもあってか、辺りの交通量は少なく、人通りはない。彼の姿を探すと、駅へ向かう横断歩道を渡りきっていた。わたしは力いっぱい叫んだ。


「トキくんっ!」


 けれど彼は振り返ることなく、駅を目指して歩みを進めていた。

 そこでわたしは、一計を案じた。

 すると間もなく、二つの悲鳴が同時に聞こえた。


「璃那ちゃんっっ!」

「璃那姉さんっっ!」


 声は悠紀姉と蒼依のものだったけれど、切羽詰まった叫びを無視出来なかったのか彼がこちらを振り返ると、歩行者用の信号が青で点滅する中、彼に向かって駆けていたわたしに向かって、バイクが突っ込んで来ていた。



 彼の“声”は、ただ叫んでいた。


 《――助けなきゃ!》


 そのあと何をどうしたのか、彼は「まったく覚えていない」という。無意識の行動だったためか、そのときのことは思い出せないままだそうだ。

 ことの一部始終を見ていた悠紀姉と蒼依の話によると、彼は二度、宙を翔ぶように跳んでわたしを助けたらしい。たぶん、無意識のうちにチカラを使ったのだろう。でなければ、幼いころから運動神経の(とぼ)しい彼に、一回の跳躍で数十メートル離れたわたしのところに着地する芸当など、出来るわけがない。

 そのままわたしを抱きかかえてふたたび跳ぼうとしたが、突っ込んできたバイクにはねられそうになり、それを避けようとしてバランスを崩してしまった。あらぬ方向へ飛んでいって、建物の壁に頭を強打。結果、彼はわたしを横抱きするような格好で倒れていた。

 ついでにライダーは、大きく道をそれて転倒したあと、道端の植え込みに突っ込んでいた。



 救急車と救急病院は、蒼依が速やかに手配してくれた。そこで()てもらった結果、わたしたち二人に大した外傷はなかった。その代わり、脳にかなりのダメージが認められた。

 目覚めたときには二人とも、お互いの記憶だけを失っていた――。



 あの日から約二年。

 お互いが失った、お互いに関わる記憶はいま、戻っているのか。それを確かめるのが、わたしが案じた、わたし達が三度再会する目的のひとつだった。


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