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 実は札幌に転院することになったというのは真っ赤な嘘で。実際にはわたしの退院に合わせて一家が札幌に引っ越すことになっていただけだった。

 わたしが退院してからトキくんと連絡を取り合うようになるまでは、1ヶ月も間を空けなかった。トキくんが退院したと、都さんを通じて母さんに連絡があってから次の満月の夜。見事な月夜だったので、もしかしたらと思ってトキくんの“声”を探ってみたら、思った通りヒットした。


 《こんばんはトキくん。久しぶりだね》

 《え、ルナ姉?》


 いつの間にかわたしを呼ぶ名が、『ルナお姉ちゃん』から『ルナ(ねえ)』に変わっていた。よりフレンドリーになってもらえていて、嬉しかった。でもそれを気取られまいと、ちょっと意地悪なことを言ってみた。


 《んー? どういうことかな、それは? キミを『トキくん』って呼んでこんなふうにお話出来る女の子が、他にもいるのかな?》

 《いない……と思うけど。でもどうして? もしかして、近くにいるの?》

 《ううん、遠くにいるの。でもね、今夜なら、こういうことが出来るんだよ。名づけて〝遠隔テレパス〟》

 《そのまんまなネーミングだね》

 《むぅ。いいでしょ別に。どうせわたしは、蒼依みたいなセンスないもの》


 わたし達のチカラに決まった名前はない。例えば“テレパス”は、蒼依が名付けた。


 《今夜は満月で、綺麗な月夜だったから、きっとトキくんも観てるんだろうなと思ってさ。ダメ元でトキくんの〝声〟を探してみたんだけど。当たりだったみたいだね。窓から観てるの?》

 《ううん、屋根の上》

 《そっか。じゃあ、わたしと同じだね》


 チカラの源が、満月当夜とその前後に最も強まるということは、このときに伝えた。


 《空にまん丸お月様が見えてたら、距離的な制限は無いに等しいんだよ》

 《お互いが観てる月が、アンテナの役割をしてるってこと?》

 《アンテナかぁ。蒼依はお月様を『〝テレパス〟を反射させる鏡』って言ってたけど、そうとも言えるかもしれないね。相変わらず、理解が早くて助かるなあ。話が通じるって楽しいね》


 それから月に一度はこんな風に、“遠隔テレパス”でお互いの近況を話し合うようになった。トキくんが悠紀姉や蒼依と知り合ったのもその期間。

 念動力を応用した空飛ぶチカラを彼が蒼依から聞き習い、雲の上に行けるようになってからは、十三夜から十八夜くらいの間であれば連絡を取り合えるようになっていた。

 しかしそんな日々は、唐突に終わりを告げた。



 中二の夏。急に、月夜にトキくんと連絡が取れなくなった。その原因は、わたしにある。

 わたしの進路について、両親の意見が対立したことによって家の中がゴタゴタして、“遠隔テレパス”どころではなくなっていた。

 思い返してみれば。中卒で上京なんてとんでもない! という父さんの意見が正しい。無謀もいいとこだ。当時のわたしは、自分の夢に対して焦りすぎていた。母さんは、私も一緒に行くから問題ないわよ! と味方してくれたけれど、何もそれを理由に離婚しなくても。この期間に、母さんとわたし達三姉妹は、佐藤姓から麻宮姓になった。



 結局、高校に上がってから転校という形で上京するようにして、それまでは札幌に残る、ということになって、再びトキくんと通信出来るようになったのは高一の夏休み。その時は満月ではあったけれど、電話でやり取りした。電話には、トキくんのお父さんが出て彼に取り次いでくれた。麻宮姓に変わったことは知らないはずだから、佐藤姓で名乗った。

 “遠隔テレパス”ではなく電話にした理由は。わたしではなく悠紀姉さんがわたしの声を真似て電話していたから。これがもうそっくりで、彼は見事なまでに騙されていた。騙されていながら「直接会って話したいことがあるから、明日、十六夜に芦別で会えないかな」と言ってくれた。断る理由は何も無かった。むしろ率直に、嬉しかった。反面、申し訳無いなという気持ちがあった。もしかしたら告白されてしまうんじゃないかという、身に余る予感があったから。

 次の日の夕暮れ時。芦別駅で待ち合わせて、実に五年ぶりとなる再会の日。本当は二人きりで会いたかったけれど、悠紀姉さんは運転手だから仕方ないとして。なぜか蒼依もついて来た。



 五年の時を経て、身長がわたしを追い越していたトキくんの告白は、彼らしく、弱気ながらも直球だった。


「ルナ姉のことをずっと好きだった。いまでも。高望みかもしれないけど、僕と付き合ってくれませんか」


 

 四人は、トキくんの案内で芦別市の郊外にある丘の上まで行った。

 ついて来た悠紀姉さんと蒼依が気を利かせて、二人きりにしてくれた時。

 わたしはそれを真剣に聴いて、真剣に返事をした。


「ありがとう。わたしもトキくんのこと大好きだからすごく嬉しいよ。でもごめんなさい」


 わたしには、声優になるという夢があった。トキくんにも、そのことは何度となく話していた。

 今でこそ、札幌に専門学校があるから良いけれど。当時はまだ、北海道からでは声優を目指すには遠過ぎた。

 しかし、トキくんの告白の前にわたしは、上京して夢を実現に近づけるチャンスを得ていたのだ。

 だからこその『ありがとう。〜でもごめんなさい』だった。


 電話した時に、もしかしたら告白されるかもしれないと思っていたわたしは、たくさん、たくさん悩んだ。

 わたしの勝手な思い込みかもしれないけれど。恋人同士になってしまったら、今以上の遠距離状態はお互いに耐えられないんじゃないかと、わたしは思っていた。

 けれど今のままなら、今以上の遠距離状態でも大丈夫なんじゃないかとも、わたしは思っていた。


「だから。もうしばらくは今のまま。トキくんの頼りない姉貴でいさせてくれないかな……。それじゃ、ダメ?」


 その時のわたしは、自分を上目遣いに見つめ、悲しみと辛さと期待と不安を()い交ぜにしたような複雑な色を瞳に滲にじませていたと、後にトキくんは言っていた。

 その姿は、思い余って抱きしめてしまいたいくらい弱々しかったけれど、出来なかったとも、彼は言っていた。

 この時のわたしの迷いや怖れを、当時の彼は見抜いていた。そうでなければ、あんな表情にはならないよ。と。


「うん、ダメだね」


 不満そうに、当時の彼は答えた。


 わたしは「そう……だよね」とゆっくりうなだれた。

 そして、彼は続けた。


「――なんて言うわけ、ないでしょ」

「え?」


 わたしは弾かれたように顔を上げて、驚きに目を見張った。前言を(ひるがえ)した彼は笑顔だった。


「ルナ姉にとって声優になるって夢がどれだけ大切で大きいものか語るのをずっと聴いてた僕が、反対するとでも思った? 夢への切符と僕となんて、天秤にかけるまでもないじゃない」


 彼はひと息でそう言い切った。


 わたしは「そんなことない!」と、思わず大声で叫んだ。それでも彼は言葉を続けた。


「いいから行きなよ。応援するから。弟として」


 そしてさらに、こう続けた。


「それに、遠過ぎてダメだって言うのなら、僕が近くに行くよ」

「……え?」

「今は難しいけど……でも約束する。二十歳になる前までには必ず、僕がルナ姉の近くに行く」


 後に彼は言っていた。


「もしこのとき第三者が、たとえばアルテがこの場にいたら《 五年も先かよ 》とツッコミが入っただろう。自分でもそう思う。しかし当時の俺からすれば真剣にそう思っていた。そうするより他ないと思い込んでもいた。

 嘘偽りない本心を言えば当然、今すぐ引き止めるかすぐに追いかけていくかしたかった。このときでさえ、百八十キロも離れて暮らしているというだけで辛かったのに。告白した途端さらにその距離が何倍にもなるなんてそんな皮肉な話、冗談じゃない。

 けれど現実問題、当時の俺は中学二年生の真っ只中で、転校するアテもツテもない。そうかと言って、学生としての本分をすべて投げ打って追いかけて行ったんじゃ、いろんな人たちに迷惑がかかる。そんなばかな真似はしようとも思わなかった。

 仮に高卒で学生生活にピリオドを打つとしても、四年半はこの北の大地から出られない、出るわけにいかない。少なくとも、璃那が夢をつかむまでは会わない方がいいとまで、思い込んでいた。だから、一切の私情を振り切るように精一杯の笑顔で言ったんだ」


「だから、先に行っててよ」

「…………」

「行ってらっしゃい、姉さん」


 わたしは驚きに目を見開いて、しばらく彼を見つめた。

 やがて、瞳を涙で潤ませたまま微笑み、滲んだ声で、けれどはっきりと言った。


「うん、行ってきます」




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