英雄と海洋生物
インド連邦共和王国。とある大陸の中央辺りに位置し、大洋に大きく突き出すように国土を持つ。この国は太古、ガナラージャ帝国と呼ばれていた。悪名高い身分制度『カーストシステム』により9割の国民を虐げることにより、1割の支配階層のみが裕福な暮らしをする、そんな極悪国家だった。
それが如何にして『連邦共和王国』などという奇妙な国家形態になったのか。その歴史にはある一人の人物と、一つの海洋生物が関わっていた。
その人物は『ナムァーコ・キューカンバール』。後に『泳がぬ海の王』と呼ばれる寂れた漁村の村長である。
彼の仕事の一つに税の取り立てに来た役人に村人全員分を取りまとめてから渡す作業がある。毎月5日に来るこの役人はもちろん汚職をしている。税とは別に袖の下を渡さないと船だろうが網だろうが、目に付いた物を叩き壊すタチの悪い男だった。
ちなみに税率は7割、役人の要求は8割。その上、賄賂を別に寄越せと言う始末なのだ。
そんな役人が今月もやって来た。しかし税の分はどうにか用意できたが、賄賂の分が足りない。ナムァーコ村長は止むを得ず長女の嫁入りの祝宴に用意していた魚、自ら釣り上げた黒鯛を差し出した。
「ふざけるな! 貴様のような下賎な者が触れた魚など食えるか!」
役人は黒鯛を叩き落とし踏みにじった。それだけでは飽き足らず村長を殴り倒し足蹴にした。
『ああ、ワシらはなぜいつも……こんな目に……真っ当に働いて、きちんと税も納めておるのに……』
そんな時、地べたを這いずる村長の視界にうつったのは、ウニだった。
トゲはツンツン、中身はスカスカ。そのくせ海中の貴重な昆布を食い荒らすため駆除の対象となっていた。当初はウニは美味だと聞いていたため村人も期待をしていたのだが、見事に裏切られた。量は少なく味もよくない。その上鋭いトゲで怪我をする者が続出したのだ。
今では村長一家が糊口をしのぐために食するのみとなっている。税を払えない家の分まで村長が払っているため、村長一家は村で1番の貧乏なのだ。
『ウニか……ワシらもウニのように強靭なトゲを纏えば……役人なんかに負けないんじゃろうか……例え中身は無くても……』
役人が蹴ることに疲れ、帰っていくまで村長はそんなことを考えていた。
そして翌月。また徴税の役人がやって来る。
その月、村長は仕事もせずに倉庫にこもりっぱなしだった。家族はナムァーコの頭と体調を心配したが、村人は税を心配している。普段は自分が出せる程度だけ出していれば、後は村長が何とかしてくれていたのに。今月はそれが無さそうなのだ。
そしてとうとう役人がやって来た。
「村長はどこだ?」
役人の質問に言い澱む村人。
「ワシならここじゃあ!」
その姿に役人だけでなく村人までもが息を飲んだ。
頭にはトゲ付きヘルメット。肩にはトゲ付きプロテクター。胴体もトゲだらけの鎧を装備している。
「お前……村長なのか……?」
「ふっ、違うわい! 今のワシは! ナムァーコ・キューカンバールではない! ナムァーコ・ウニと呼んでもらおう! いや、お主にはそう呼ぶこともできぬがな!」
次の瞬間、村長は役人に抱きついた。当然役人は穴だらけになって死んだ。
「よし! 見たかお前たち! ワシら漁民でもこれさえあれば役人に勝てるんじゃ! この勢いで役所に攻め込むぞ!」
村民の反応はイマイチだ。誰だってそんな危ないことなどしたくない。今まで通り貧しくても安全に生きていくのが自分達の幸せなのだから。
「まあ、どちらにせよワシが役人を殺した以上、この村の者は皆殺しにされるなぁ。それでもいいんなら好きにするがいい。ワシとともに甘い汁を吸いたい者だけが付いて来い!」
まず、村長一家が立ち上がった。妻、長女、長男、次男だ。
次に村役と呼ばれる3人とその家族が立ち上がった。そうなると日和見な村民も立ち上がらざるを得ず、全員がウニスーツを身に纏ったのだった。
その日、異様な出で立ちの一団に数でも装備でも、そして練度でも勝るはずの役人達は敢えなく敗北した。
一度点いた火はたちまち帝国全土に燃え広がり、各地でウニスーツを纏い奮闘する民の姿が見られた。
なお、膨大な数の民にウニスーツを作るのに村長1人で間に合うはずがない。皆で作業を分担して流れ作業で作り上げたのだ。ちなみにこの作業は印内製手工業と呼ばれ、インド建国時における国力増加政策にも多大な影響を与えた。
こうして極悪なガナラージャ帝国を倒したナムァーコ・ウニは『泳がぬ海の王』と讃えられインド連邦共和王国の初代国王として即位した。にもかかわらず新たに妻を娶ることもなく、ハーレムを作ることもなく、生涯妻を大事にし続けたと言う。
なお、村役として村長に追随した三家族は御三家として新たな地位を得た。その他の村民は元の村を与えられ税率を5割に下げることで褒賞とした。もっとも、どの村も税率は5割になったのだが。
長女は予定より5年遅れで結婚した。相手は予定通り、村役の一家の次男である。
長男は建国後に病死したため次男が2代目国王となった。
長女と結婚した男は自分の長男を3代目国王にするべく画策したが、あっさりと粛清された。
その後、紆余曲折を経て『連邦共和王国』と形を変えはしたが、建国の志を忘れぬよう銅像が建てられた。
初代国王にして始まりのインド人、ナムァーコ・ウニ。そして彼が愛した海洋生物、棘皮動物ウニ。
その銅像の名前は……
『インド人とウニ』