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√真実 -005 詰問



「真実くん、ウチたちってどうして呼ばれたんだろ?」


 最後尾から不安そうに小声で真実に声を掛ける光輝。先程からちょいちょいと小走りしないと追い付かないのは、先行する担任の尾桟(おたな)の足が速いのと光輝の足が遅いからだ。なので真実は敢えて光輝の歩調に合わせてそれに答える。


「さあ。たぶん夜祭りの件じゃないかな。俺たち二人って事は、それ以外に思い浮かばないし」

「そう、なのかな。何だか違うような気も……」


 当然夏休み中に警察からも学校には連絡が来ているだろう。なので、事実の確認に呼ばれたんじゃないかと予想した。

 そんな真実に、先行していた尾桟が足を止めて後ろを振り返る。


「お前ら、遅いぞ! 飛弾はここ、黒生は職員室だ」


 随分と離れたのは尾桟が後ろを気にせず早足で進んだせいなのにと口には出さずに心の中で愚痴りながら、尾桟が示した部屋の標示を見上げるとそこは生徒指導室だった。

 生徒指導室? 光輝と別々? と眉を顰め首を傾げていると、尾桟がノックをしてドアを開く。促されるままに指導室に入ると、そこには眉間に皺を寄せた教頭と学年主任、生徒指導の各先生の姿が。

 その様子から、真実も光輝もこれから降り掛かるであろう難事を想像し、顔を強張らせるのだった。






「黒生さん、これから大きく分けてふたつの事について聞きますので、正直に答えてくださいね」


 尾桟に引き連れられて入った職員室は明日からの実力テストの為に本来は生徒立ち入り禁止の期間である事と、今しがた鳴ったチャイムにより始まった一時間目の為に、他の生徒の姿は皆無だった。また教員も大半が教室に出向いていて殆んど残っておらず(まば)らだったが、その残っていた教員全ての目を集める事となってビクッと怯える素振りを見せた光輝。


「大丈夫よ、これから聞くのはちょっとした確認だけだから。誰にもあなたを責めさせたりしないわ」


 だが、向かい合っていた人物の柔らかな表情と声色に、強張らせた顔を若干だが解いた。

 緊張は引き続きしていたものの、促されるまま職員室内の片隅に設置されていた来客用応接セットのソファーにちょこんと腰を下ろす光輝。元は各業者との打ち合わせ等に使われているそのソファーは少々硬めな物だったのでその小さな体が埋もれる事はなかったが、お尻の端だけで座っていた為に今にもずり落ちそうになっていた。

 対面に座るのは養護教員の飯山美鈴、所謂、保健室の先生だ。光輝を連れてきた尾桟もその隣に座ったのが完全には顔を弛まさなかった理由であったが、その尾桟はソファーに深く腰掛け背もたれに体を預けているところを見ると、今回は口を出さないようだ。だが腕組みをした尾桟の目は、チラチラと隣の美鈴へと向いていた。


「夏休み中の事について聞かせて貰いたいのだけど、良いかしら。先ずはひとつ目ね。ええっと、八月十四日、お盆の時ね」


 やはり夜祭りでの事を美鈴に聞かれた光輝は、たどたどしくもその時の状況を答えていく。

 真実と二人で夜祭りに行った事、神社でお詣りをして帰ろうとしたら行く手を阻まれた事、その者たちが以前真実が撃退した後に怪我を負わせられた因縁のある者たちだった事、光輝が一人逃げ出して助けを求めに走った事、最終的に道場の常連たちと共に知り合いの非番だった警官が男たちを捕らえた事……

 途中、尾桟が何度も口を挟もうとしたのを美鈴に止められたものの、言葉足らずではあったが最後まで説明しきった光輝に美鈴はフム、と手を顎に当てて考え込んだ。


「じゃあ何か? お前らは正当防衛だと言うのか? 馬鹿馬鹿しい、これ程まで警察沙汰を起こしておいて!」

「尾桟先生! 口を出さないでとお願いしましたよね。それに今の話に警察からの説明と矛盾するところはありませんでしたよ? 警察の方も正当防衛は確実に認められるだろうって仰っていたじゃありませんか! それを何です、我が校の生徒がそんなにも信じられませんか?」

「うぐっ! そ、そういう訳では……」


 自称二十六歳独身だと言う美鈴がベテランである尾桟の態度を批判して黙らせる様を見て、光輝は目を白黒させた。しかし、どうも尾桟は美鈴に対して弱そうに見える。

 だが、どうしてだろうと考える間もなく美鈴からの質問が続いた。


「よく分かりました、黒生さん。ではひとつふたつ質問を。助けを求めたのは知り合いだと言われましたけど、どうして? 夜祭りの中だったから周りには他にも大人がたくさんいたでしょう」

「……それはその……周りの人たちは気付いていた筈なのに助けに入ってくれそうもなかったし……お詣りする前に、その知り合いの一人に会っていてみんな来てるのを知っていたから……」


 それで頼りにならない一般の人たちじゃなく道場の人たちに助けを求めたんです、と説明し終えた光輝は泣き出しそうだった。それこそ再び大怪我を負うかも知れない中で、自分の選んだ選択肢が間違っていると言われているようだったのと、体を張って光輝を逃がしてくれた真実を否定されているようで悔しかったのだ。


「じゃあ、周りの大人は助けてくれなかったのね?」

「あ、でも入口の串焼きのおじさんは串を持って睨み付けてました」


 光輝がそれについて思い出したように答えると、美鈴はそうだったのね、と溜息を吐く。流石に警棒を相手に串で応戦するのは無謀だし、気が立っていたであろう男たちの前に出ていくのは危険極まりない。

 周囲の大人が尻込みするのも致し方なかったのかと納得する。


「それで飛弾さんが一人で対峙するしかなかったのね? 黒生さんの行動は結果的に言ってそれが正解だったのかも…… 周りの人たちに縋ったところで、騒ぎが大きくなって野次馬が増えるばかりで飛弾さんがピンチなのは変わらなかったでしょうからね」


 自分の意見を呟くように口にした美鈴の言葉が耳に入った光輝は、それまで溜め込んでいた溜飲が下がった気分になり、強張っていた顔が漸く弛んだ。それまで自分の取った行動が間違いではなかったのかとずっと自問自答していたのだが、第三者である美鈴に認められてホッとしたのだ。


「さぞ怖い思いをしたんでしょ? よく頑張ったわね、黒生さん」


 対面に座っていた美鈴が立ち上がり光輝の隣へと移って座ると、肩に手を回しつつ頭を撫でた。

 一応真実本人からはよくやったと誉められはしたが、もっと良い対処法があったのではと何度も自問自答し思い詰めていたのが漸く認められたのだから、ホロリと一粒の涙が流れるのも仕方のない事だった。

 そんな光景に、職員室にいた尾桟以外の教師たちは顔をホッコリとさせるのだった。



「さて、ではもうひとつ質問。黒生さんは飛弾さんとお付き合いしているの? ねぇ、教えて」

「ふぁっ!?」


 ニヤリとしながら声を潜めて聞いてくる美鈴に光輝は変な声を上げ、あまりこの話を美談にしたくなかったであろう尾桟はムスッとして聞いていたが、ハァ? と口を開けて光輝の隣に座る美鈴の方を見た。

 夜祭りに二人で行くのだから、その可能性は限りなく大きい。でなくとも惹かれ合っているのは想像に難くない。それを確認するように聞いてきたのだが、尾桟はそんな質問をするとは思っていなかったようだ。だが、スッとそのニヤけていた美鈴の顔が真剣なものとなった。


「ある意味、次に聞かなければならない件にも繋がる大事な事なの。ちゃんと答えて」





次話は明日のこの時間に投稿予定です。

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